最初はたかが小娘の言うことだと、右から左へ流していた医師たちも、いつしか真剣に、食い入るように小百合の話を聞いていた。


「宜しいですか、神の怒りだとかなんだとかより前にまず生水を飲むのはやめなさい!お腹壊してしまうでしょう!」


なにしろこの女、息子を立派に育て上げているのである。


「ファラオ‥‥天上様は随分と興奮していらっしゃいますがいかが致しましょう」


いつしか追ってきたメネスも小百合の講義を聞いていた。

確かにメネスは有神論者であり、神の怒りを信じて疑っていなかったが、それをも覆すほど、小百合の言葉には説得力があった。


「放っておけ。アレはもしや、天上として、イシスとして以外も使い途があるやもしれぬ。」


メネスは少しだけ安心した。小百合が来て、澱んでいた宮中の空気が和らいでいたのが分かったからだ。愛する国民の、1人でも多くの命が救われるかもしれないと、ほんの少しだけ目元を緩めた。


久々に見たメネスの表情に、トゥト・アンクは息を飲んだ。

民の為ならどこまでも非情になれ、自身の感情を殺して至高のファラオとして君臨する建国の大王、メネス。

それは勿論このレジルトに限ったことでは無いのだが、それはまた後に語られることである。

兎角して、トゥト・アンクがこの世界でメネスと出逢って8年、このように安心した顔を見たのは片手で数える程度。

本人に自覚は無くとも、小百合という存在は異質であり、明らかにメネスの心に入り込もうとしていたのである。


「これは、とても宜しくない状況ですね‥‥」


トゥト・アンクがぼそりと呟く。

本来彼は、小百合をすぐにノーマに送り出すつもりだった。

ノーマに潜ませている密偵から「皇太子が天上の華を探している」という情報を掴んだ彼はこれを機に大国であるノーマに恩を売り、自身らの持つ文明レベルでは対処し切れない軍事面、治水面で頼るつもりだったのである。

トゥト・アンクは無神論者だ。天上の華だろうがイシスだろうが奇術師程度にしか考えていない。いつ出るか分からない水に頼るよりも他国を頼る、そんな男だった。


「(あの女を置いていては、必ずメネス様の覇道の妨げとなる‥‥どうにかしなくては。)」


古来より王は女に狂う。今まで女に欠片の興味も示さなかったメネスが小百合に興味を示したこと、それは厳格なる理想の王を望むトゥト・アンクにとって一大事だった。

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