閑話
ここは神聖国家ノーマ、首都アニケドロス。
長く行方不明とされてきた皇太子・ネロの帰還は、病弱な皇帝に悩まされ、他国の侵略に怯えていた宮廷の面々、また国民を歓喜させるには充分な大ニュースであった。
毎日代わる代わる、ネロへの挨拶に地方の領主が訪れ、娘や親類を紹介され、貢物をされ、と、彼が応接間から動けない日々が続く。
ーーーネロは苛立っていた。
「まだ見つからないのか!」
給仕がいれたばかりの紅茶が入ったティーカップを床に叩きつけながら、プラチナブロンドの髪を掻き上げて彼は吠えた。
「落ち着かれませ。天上様は今全力をもって捜索しております。皇太子は安心して政務を行われますよう。」
「うるさい!無駄口を叩く前に探せ!見つけられなかったらその首、撥ねてやるからな!」
ひぃ、と、小さく悲鳴を上げながら兵達が散っていく。
皇太子の帰還はいいことだけではなかった。
ネロは確かにその身を成長させ、父ににて風格があり、母に似て美しい、皇帝になるに相応しい形になった。
しかしそれに、心は追いついていなかったのである。
小百合に甘やかされ、猫として過ごした時間。ネロはただの子供として生きてきてしまっていた。
我儘なのに中途半端に皇太子として自覚があり、人心を掴むカリスマ性のある青年、ネロ。
そしてネロは探していた。
「サユリという、青国の人間に近い顔をした女だ!座標は砂漠に落ちたはず‥‥兎角、レジルトを中心に必ず見つけ出せ!」
小百合を送り出して直ぐにネロは帰国し、小百合を迎える準備をしながら、レジルトの捜索にあたった。
が、消えかけの扉は見つかったものの、小百合は見つからなかったのである。
勿論それは既にレジルトのメネス王が小百合を連れ去った後だったからなのだが、そうとも知らないネロは大捜索隊を編成した。
この三日の後、「天上の華はレジルトが手に入れた」という情報がノーマにも届くことになるのだが、それはまだ現時点ではネロには知らぬことであり、彼は未だ、小百合が広大な砂漠で遭難していると思い込んでいるのである。
「ママ‥‥ママが、今苦しんでる‥‥助けないと‥‥ぼくがママを助けるんだ‥‥ぼくだけが、ママを救えるんだ‥‥」
母似の美しい顔を歪ませ、頭痛に苛まれながら、また彼は夜を過ごす。
夢の中では、愛しい母の腕に抱かれながら。
(閑話 終)
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