第八十五話「破局」

 先日のサリーとの熱い〈夜〉以降、ぼくのいるミラクル・オラクルの治療施設に宮美みやびが来ることはなくなった。宮美がサリーの秘書として同行している時に会うことはあるが終始無言であり、ぼくの方から話しかけても冷たく事務的な反応しか返ってこない。

 原因は……もしかしなくてもサリーとのアレだよな。結局宮美はあの場から逃げ去ってしまったため、サリーとの情事を見ていたわけではないのだから、なかったことにするのもできなくはない。けれど、正直ぼくにはそんなちんけな嘘をつく気にはなれなかった。

 結局、宮美はぼくの誘いを拒んだのだ。

 一方でサリーは、ぼくのすべてを受け入れてくれた。

 たしかに宮美は知的で美しくてぼく好みの女性だし、いろいろ世話を焼いてくれて感謝もしている。

 でも、宮美をまだ恋人として見ているかといえば、答えはノーだった。

 ふたりきりで逢いたいとメールしても、何やかやと理由をつけられ、断られてしまう。

 このままずるずると関係を続けていてもお互いのためにならない。

 向こうがぼくと話しあう意思がない以上、もう彼女との関係は破綻しているのだ。

 ぼくは意を決し、スマートフォンを手にとり、宮美に電話をした。ぷるるると無機質なデフォルトの呼び出し音がしばらく鳴り続き、やがて彼女は電話をとった。

『はい。鷹条です』

 彼女の口調はとてもよそよそしく、もはやぼくと彼女の間には、修復不可能な底なしの亀裂が生じていた。

「宮美。ぼくに何か言いたいことがあるんじゃないのかい。あるなら、はっきり言ってほしい」

『いえ。特にありません』

「もしかして、ぼくとサリーのことなのかい」

 こちらから切り出してみるが、宮美からの返事はなかった。

 ぼくは言うべきか否かしばらく逡巡して、やはり言わねばならぬと口を開く。

「君が本当にぼくを愛しているのか、わからない。君は結局、一度もぼくを『愛している』とは言ってくれなかったね。宮美。ぼくを助けてくれたことには感謝しているけれど、記憶を失ったぼくに対する同情心で恋人のふりをしているなら、もうやめてほしい」

 ぼくがそう言い放つと、宮美は数秒沈黙し、それから抑揚のない小さな声で、口を開いた。電話越しのため表情は見えないが、その声は若干震えている……ような気がした。

『よく、わかりました。ヒデルさん。今まで良くしてくださり、ありがとうございました。サリーさんと、どうかお幸せに』

「こちらこそ、今までありがとう。君に相応しい素敵な恋人ができることを、切に願っているよ」

 ぼくの最後の言葉を聴き終える前に、宮美は通話を切っていた。

 つーつー、と、空虚な機械音だけが、いつまでも受話器から流れ続けていた。

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