第四十八話「条件」
「気がついたかい」
ぼくたちが借りている
「
「ああ、ぼくたちが〈解放戦線〉から借りてるマンションの部屋だよ。居酒屋・
部屋の壁の中央に掛けられている、北朝鮮建国の父・
「昨日、うっ」
それでようやく昨日の一件を思い出したのか、
そう、
「結局、パパとママを死に至らしめたあの糞女は、のうのうと何の罰も受けずに生きているのね。パパを殺したあの忌まわしい人殺しも、〈解放戦線〉に加わってしまうのね」
やり場のない怒りと憎しみと無力感をなかば壁にでもたたきつけるように、
ぼくはすかさず弁明する。
「
「別に、もうどうだってよかったわ。あの糞女と糞男と一緒にいたら、私は壊れてしまう。でもここを出ても行くところなんてないし、〈党〉の刺客に見つかれば
その先は言わないで、と、ぼくは
「大丈夫だよ。
ぼくの
彼女の手をぼくが握ると、
「君は
「
「ありがとう。ありがとう」
自分を救ってくれたこの
「いいんだよ。君のような可愛らしい女の子が絶望の淵に立たされているのに、黙って見過ごすわけにはいかないのさ。
ぼくは
「私が……可愛らしい……? 嬉しい。そんなこと、今まで言われたことなかったから……」
「それは意外だね。君の周囲の男たちは女性を見る眼がないのだろう」
「何だ、ヒデル。今度はそのお嬢ちゃんを口説いてんのか」
いつのまにか部屋の入口付近にいた真茶が、ぼくを
「まったくお前はとんでもない女
「あ、あの。
無論真茶は日本語で喋っているので、
「ぼくが白馬の王子様のように
日本語がわからないのをいいことに正反対の朝鮮語訳をしてみたが、
真茶がぼくの肩にふてぶてしく腕を乗せて言った。
「ま、そうでもなきゃ、
「本気で言ってるのかい」
「もちろんさ。まさか、白金機関のエージェントともあろう御方が、復讐なんてよくないです、そんなことをしても死んだパパとママは生き返りません! ……なんて、戯言を言うつもりじゃないだろうな」
悪魔のように邪悪な笑みを浮かべ、真茶はぼくに顔を寄せた。
ぼくは考えた。
そうだ。彼女は殺し屋。彼女にとって、殺しは〈日常〉。
「そんなんじゃないさ。もし間違って
ぼくが
「気持ち悪い。本当に気持ち悪いやつだなお前は。
「あの……
遠慮がちに視線を泳がせ、
「なぜ」
まったく想定外の質問に、ぼくはつい
同日夜。〈解放戦線〉の皆と居酒屋・
「
ぼくが鋭い声でそう告げると、
「我々の仲間である
ぼくが高圧的に問い詰めると、
「本当のことを話すんだ、
「無津呂さんが
おそらくあの日、
「なるほど。しかしあなたが〈党〉の作戦を暴露したことで、弟さんのスパイ容疑は晴れなくなってしまったわけだ」
ぼくが意地の悪い笑みを浮かべて
「
「
ぼくは呆れを隠さず、
「まあ、いいでしょう。我々が今やるべきは無津呂の救出と、工作活動の継続。
「ずいぶんあっさり引き下がるんだな」
「合理主義なのでね」
ぼくが今するべきは、まず作戦を成功に導くことで、正義を執行することではない。勝たなければお話にもならないのだ。とは言え、作戦を終えれば、
「その代わり、ひとつ条件がある。
「ええ。もちろんよ」
「では、
「う。それは」
ぼくの提案に対し、
「
ぼくが
「俺は構わねえよ。まさか
そして逡巡している
「
「決まりだな」
そうと決まれば善は急げ、である。こうしている間にも、
突如、からんからんという音が鳴り響き、居酒屋・
「悪いな。今日はもう店じまいだ」招かざる客に
だが客の姿を見るや否や、ぼくたち三人、特に
扉の前に立っていたのは、朝鮮人民軍精鋭〈
恐慌状態に陥った
「
「ああ。姉貴のせいじゃないよ。最後に会った時に、こっそり発信機を仕掛けさせてもらった」
まったく悪びれもせず淡々とそう言ってのけた
「ごぽ」
直後、
ぼくは眼を疑った。
いつの間にか彼女の眼の前にいた、赤い全身タイツに身を包んだ謎の男が、〈拳〉で彼女の腹に、大穴を開けていたのだ。
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