第十七話「地獄谷」
「く」
突如左
「あっ」宮美の顔が恐怖に引き
が、意外にも彼女は決して悲鳴をあげたりすることはなく、すかさず
「だ、大丈夫ですか」
「かすり
「見いつけたあ」
屋敷の中から、黒獅子組の構成員とは一風変わった、ひとりの黒髪の青年が姿を現した。中心に
彼の右手にはバナナのように湾曲した弾倉が印象的な旧ソ連製のAKMSカービン銃が握られ、その銃口からうっすらと上がった
『あっ。む、
無線機の向こうからアルマが叫んだ。
「友達かい」ぼくはアルマに訊いた。
『ち、ちがう。あいつは
「ああ。そういえばいたね。そんな人」
以前読んだ〈ブラックリスト〉の記憶を引き出す。ヘリオスや他の組織の
「今となってはヤクザの用心棒、か。それとも」
「あー。勘違いすんな。俺は今回助っ人としてここに派遣されただけだ。ここの
地獄谷は
「てめえ。あのババアに似てやがるな。白金のクソババアに。もやしのようにまっ
『ヒデル。いま助ける』
アルマが無線機越しにそう言った直後、屋敷内に潜んでいた蜂やゴキブリといった攻撃用のドローンが一斉に地獄谷目がけて飛びこんできた。
対する地獄谷は、ポケットの中から小型のリモコンのような端末を取り出すと、屋敷の中へ向け、何かのボタンを押した。
ばたばたばた。かちゃかちゃかちゃ。
アルマの虫ドローンが、あっけなく、ひとつ残らず、地上に落下した。
『あっ。な、なんで』アルマが困惑したように声を
「ぎゃははは。こいつはすげえ。〈姉御〉の言ったとおりの超兵器だぜ。ゴキジェットなんざ眼じゃねえ。もし効かなかったら今ごろ俺様死んでたぜえ。笑いが止まんねえー。ぶひゃひゃひゃ」
地獄谷は狂ったように笑い続けていた。
そして先ほどの銃声と彼の馬鹿笑いのせいで屋敷内の組員たちが
「どうしたアルマ。何が起きた」ぼくは幾分鋭い声でアルマに訊ねた。
『あっ。あっ。わわ、わからない。いきなりコントロールできなくなって。こんなことは初めて。や、屋敷内の虫も全部やられた。に、逃げて。ヒデル。逃げて逃げて逃げて』
「ドローンガンって知ってるかあ? ドローン用の電波を打ち消す妨害電波を飛ばして操縦不能にする新兵器だ。今使ったのは屋敷全体のドローンを無力化できるちと特殊なやつでな。俺が造らせた」
地獄谷は得意げに語り、そして……
ぼくの頭に、AKMSの銃口を向けた。
「このままてめえをぶっ殺してやってもいい。が、俺も鬼じゃねえ。俺の雇い主は、てめえの腕を買ってる。ヘリオスに忠誠を誓うなら、生かしてやってもいいとよ」
「
「聞くまでもねえだろ」地獄谷はAKMSの引金に指をかけて言った。
「やめてください。私が戻ればいいんでしょう」宮美が叫んだ。
だが、地獄谷はそんな宮美の訴えを一笑、そして一蹴した。「馬鹿かてめえは。戦場で敵に銃を向けた以上、
地獄谷はぼくに視線を戻し、
「三つ数える。その間に選べ。俺と来るか、それとも死ぬか」
勝ち誇ったような笑みとともに開始される、死へのカウントダウン。
「いーち、にーい……」
ぼくはただただ、無念を噛みしめていた。
くそ。どうする。
どのみち死ぬのなら、せめて玉砕覚悟でこの男を道連れにしてやろうか。
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