第五章「赤」

 眼が醒めたとき、ぼくの眼前には、まったく未知の光景が広がっていた。

 まるでSF映画かなんかに出てくるような、現代のテクノロジーでは到底作れないような設備に、人間に代わって膨大な数の単純作業をこなす機械の群れ。そしてその機械が生み出すものは、さらに現代のテクノロジーでは製造不可能な代物だった。

 日曜日の朝にやってる子供向けの特撮映画やアニメ、あるいはSF映画でしかお眼にかかれないような、巨大な人型ロボットの、その操縦席と思われるコックピットに、なぜかぼくは座っていた。

「まもなく出発となります。降下先は世界戦争の最激戦区、アサド共和国の首都オスマンです。覚悟を決めてください」

 巨大ロボのコックピット付近の桟橋に立っていた、ひとりの知らない女が、ぼくを見おろしながらそう言った。

 おかしな女だった。老人でもないのに真っ白い髪をしていて、眼が工場内の灯りを反射してか、薄く金色に輝いていた。その頭の後ろには太陽のような形の奇っ怪な金色の髪飾りが見え、まるで彼女から後光が差しているかのような錯覚を、ぼくに与えた。

「待ってください」

 わけがわからず、ぼくはわめいた。無理もない話だ。ようやく帝の追手から逃れたかと思ったら、いきなり巨大ロボットのパイロットとして、いつのまにか始まった世界戦争の最激戦区とやらに放りこまれるのだから。

「どうしました?」

 白髮の女は首をかしげ、不思議そうにぼくを見つめ、訊いた。

「覚悟も何も、ぼくにこんな、大層なものは運転できません。家に帰してください」

 頭が混乱していたので、いきなりこんなところにいる疑問の解消よりも、とにかく単刀直入に要求を告げるぼく。

「あらあら」

 白髪の女は手に持っていた金色の扇子を拡げ、口元に当てると、サディスティックに眼を細め、ぼくを責めるように言った。

「あなたは私に、世界を救いたい、と。そう言いましたね。あれは嘘だったのですか?」

「そんなこと言ってません。家に帰してください。死にたくありません」

 眼尻に涙をためて、ぼくは必死に彼女に訴え続けた。

「言いました。ここにいる皆さんの前で。彼らが証人ですよ。ねえ、皆さん。そうでしょう?」

 白髪の女がそう言って周囲を見渡すと、薄暗くてよく見えなかったが、彼女の髪飾りと同じような金色の太陽の仮面を被った大柄な男たちが無数にいて、彼らは不気味なほど統率のとれた動きで、一斉に、彼女に一礼した。

「はい。白金しろがね様のおおせのままに」

 白金、というのがこの白髪女の名前だろうか。たしか御庭番のリーダーの金髪男も同じ名前だったと思うが、彼の親戚かなんかだろうか。

「はい。陪審評決百対ゼロ。私の言い分が正しいと証明されました」

 白金と呼ばれた彼女は、口元に当てた扇を閉じて、ぼくに差し向けた。露になった彼女の口元には、あの憎き帝陽輝に似た、高貴さと邪悪さが入り混じった支配者の笑みが浮かんでいた。むちゃくちゃだ。あの仮面の男たちは白金の下僕にちがいない。

 ぼくの抗議の声などおかまいなしに、白金は話を進める。

「さあ、あなたの覚悟を、私に見せてください。我が白金グループの技術力を結集して創りあげた自立機動兵器アポロンとあなたの手で、すべてを終わらせるのです。戦争はすべての犯罪を凌駕する巨悪です。世界の平和のために、あなたの命をこのわたくし白金しろがねヒヅルに預けてください」

 退路はない。彼女の眼と、ぼくの周囲にずらりと並んだ仮面の男たちの無言の圧力が、そう物語っていた。ぼくが生きのびるためには彼女の要求を飲んで、このわけのわからない巨大ロボに乗って、戦うしかないと。

「円藤縁人、行きます」

 生きるために、ぼくは戦う。

 唐突に世界の平和なんて言われても今ひとつピンとこないけど、まだ死にたくないという気持ちだけは、確かだったから。

 巨大ロボットの足元が、まるで落とし穴のようにパカっと左右に開き、その遥か下に、煙に包まれ、焼かれた街並が見えた。ここは巨大な飛行船の中だったらしい。

 そのまま重力に任せて、ぼくとこのアポロンなる巨大ロボは、戦場へと落下していった。


「うわあああ」

 ごつん、と、鈍い音を立てて、ぼくの頭は何かと衝突した。

「うっく」と、何者かがうめくような声が聴こえたので、ぼくは周囲を見渡した。

 窓ひとつない、ぼくが白虎学園で幽閉されていた独房とよく似た、コンクリート造りの無骨な部屋だった。そこに錆びてボロボロのパイプベッドがいくつか並んでおり、そのうちのひとつに、ぼくは寝ていたらしい。となると、さっきの白金とかいう変な女も巨大ロボも夢だったということか。何だか妙にリアルな夢だったのですっかり現実と錯覚してしまったが、まあ何はともあれ夢でよかった。

 足元にはスチール製のこれまた錆びついた戸棚があり、中に医療用の器具らしきものがぎっしり入っている。その脇には大きな古時計があり、時刻は八時半を差していた。しかし窓がなく、光源が薄暗い切れかかった白熱灯の光だけだったので、昼か夜かもわからない。ここは地下なのだろうか?

「っつう」と、小さな声がした先を見ると、ぼくの寝ていたベッドの脇で、赤月が頭をおさえてうずくまっていた。さっきの衝撃は彼女と頭をぶつけたのだろうとぼくは推測した。

 それから遅れて気づいたように、寒気が襲ってきた。そうだ。ぼくがたしか、白虎学園と祖母江町の間にある森の中で気を失って……。あれからどのくらいの月日が流れたのかはまったくわからないが、まさか何ヶ月も何年も気を失っていたわけでもないだろう。ついこないだ白虎学園を追いだされたのが十一月半ばくらいだったから、今はまだ冬で、ぼくは上半身裸だったのだから、寒くて当然だ。

 ……裸?

 そう、ぼくはベッドの上で、なぜか上半身裸で寝っ転がっていた。

「包帯を替えていただけです」

 赤月がいつもの無表情で、しかしどこか弁明するように、ぼくにそう言った。たしかに彼女の下敷きになった、おそらくはぼくが着ていたであろう寝間着の下に、血のついたガーゼと包帯が散乱している。この人形のような女がまさかぼくに発情して夜這よばいに来たなどということはたとえ惑星直列が起こってもありえないので、真実だろう。その証拠にぼくの腹部には新しい純白の包帯が、まるで女性の着物の帯のように太く幾重にも巻かれている。それを見てようやく思いだしたように鋭い痛みがぼくの腹を襲い、苦痛のあまり悶絶もんぜつした。

 赤月は何だか気まずくなったのか、それとも他の用事でも思いだしたのか、表情を変えないまま、無言でそそくさと部屋から出ていってしまった。

「なんなんだ、一体」

 ぼくの頭の中は、混乱の極みにあった。

「よかった、縁人さん。眼を醒ましたのですね」

 聞き憶えのある声が、した。

 声のした方を振り向くと、隣のベッドに、ぼく同様に包帯に巻かれた、夢葉の姿があった。

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