十四
「ぐわ」
ぼくの腹にナイフを突き刺した直後、八坂は突然短く
「首を狙ったのですが」
すばやく彼の肩から文字どおり飛び立ち、距離をとる赤月。ナイフの刺さり方からして、木の上から八坂を急襲したのだろう。
いきなり頭上の死角から襲われ、致命傷とまではいかずとも、明らかに八坂は動揺し、隙だらけになっていた。
折れた肋骨、撃たれた左足、ぶらんぶらんの右腕、そして今しがた刺された腹の激痛の
否。ここで負けてどうする。
千載一遇の勝機を逃してバッドエンドなんて、ゲームならともかく小説としては斬新すぎるし、あまりにも格好がつかない。
だからせめてこいつだけでも、地獄へ道連れだ。
ぶすり、と、必死に伸ばしたぼくの左手の中指と人差し指が、憎き宿敵・八坂の両の眼を
「きゃああああああ」
文字にしてみるとまるで女の子のような悲鳴を、しかし野太い声で、八坂は上げた。
完全に光を失った彼は無造作に、がむしゃらに、ひたすら暴れまわった。背丈はぼくと同じくらいなのに、広い肩幅、分厚い胸板、丸太のように太い四肢。腹こそ出ていたもののラガーマンのような体格をしていた八坂に、満身創痍かつ丸腰のぼくはとどめを刺せず、情けないことにそのままのけぞってしまった。まかりまちがって腹に刺さったナイフでも掴まれたら、彼の馬鹿力でぼくの
さて、どうやってとどめを刺すか、と、もたもたしているうちに、すぐに八坂の天をつんざくようにけたたましい悲鳴は止んだ。
「介錯しました」
八坂の喉元をナイフでえぐった赤月が、いつものように表情を変えず、静かにそう言った。
視界がだんだんと暗くなってゆく。
八坂を殺すことだけを考えて動いていたぼくの意識は、とうの昔に限界を超えていたであろうその満身創痍の肉体の崩壊に引きずりこまれ、闇の彼方へと消えていった。
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