第12話 不幸は誰かに押しつけろ5
今日はこれから、いまの私にとって数少ない楽しみである『勉強会』の集まりがある。
この勉強会は私が所属している情報工学科の学生で行われているサークル活動のようなもので、正式な名称は『情報工学部女子学生プログラム勉強会』という。女子学生という名称はついているものの、男子学生の参加を禁止しているわけではない。違う学部の学生も、別の大学の学生も参加自由な非常に開かれた集まりである。
ただ、情報系の学部は今も昔も女子の比率がとてつもなく低い学科なので、数少ない女子学生が気兼ねなく勉強できるようにと、二十年くらい前ここの学生だった女性エンジニアが設立したからそのような名前がついているだけらしい。
この『勉強会』は極めて真面目なもので、自分が作ったプログラム、あるいはその進捗状況を発表して誰かにレビューしてもらったり、『勉強会』に参加しているメンバーと一緒にアプリを作ったりというのがメインの活動である。
この『勉強会』が行われているのは毎週金曜日なのだが、月末の金曜日に関しては『勉強会』が終了したあとに息抜きというかなんというか、自由参加の飲み会を行っている。
基本的にこの『勉強会』に参加している人間は授業以外でプログラムの勉強をしたい真面目なタイプの集まりなので、飲み会といってもそれほど大騒ぎするわけでもなく、むしろそういうのがあまり好きではないという人間が多い。
私もそういうバカ騒ぎは苦手で、飲み会の類にはほとんど参加しないし、酒を飲んだらコミュニケーションが円滑になるというよく言われる俗説を微塵も信じていないのだが、この『勉強会』で行われるものだけは別だったりする。
大学生の飲み会でありがちな『とにかく飲んで騒ぐことが当たり前』というような空気がなく、そもそも話の合う似たタイプの人間同士が集まっているので非常に気楽なのだ。
私は今日、いまこの『勉強会』に参加している数人と作製中のスマホアプリの進捗状況を発表して、他のメンバーの進捗状況の発表を聞いたり、他のメンバーが完成したアプリに関するレビューを行ったりをして、有意義な時間を過ごすことができた。
自分のチームの発表が終わったあとに、見かけない顔が目に入った。眼鏡をかけた小柄で童顔の男子学生だ。まだあか抜けない雰囲気なので一年生だろう。他の発表を熱心に聞いているようだったが、発表の方に参加する気配はなく、一人で座っているところを見ると、恐らく今日が初めての参加と思われる。一人での参加にも関わらず熱心に聞いている彼のことが気になったので、私は声をかけてみることにした。
「一人で参加?」
彼は突然、見知らぬ人間に声をかけられて飛び上がるような驚きを見せたのち、少し戸惑ったような様子を見せながらも、
「は、はい」
少し上擦った声で彼は答えた。その初々しい反応に思わず笑ってしまった。
「へ、変ですか?」
「そんなことないよ。私も初めてのときは一人だったし。随分と熱心に聞いてたけど、情報工学科の一年生?」
「はい。島村っていいます。前期の成績があまりよくなかったので、ちゃんと授業についていけるか心配になって――それでそのことをここのOGの従姉に相談したら、ここのことを教えてくれたので参加してみたんです」
見知らぬ人間と話すことに慣れていないのか、言葉をかみながらも島村はそう答えた。
「へえ。参加してみてどうだった?」
「うーん。まだ授業でやっているのは基本的なことばかりで、ここでみなさんがやっているようなことはさっぱりで……もしかして迷惑でしたか?」
怯える小動物のような感じで質問をする島村。
「いやいや。そんなことないって。最近は私も含めてだけど、最初からある程度慣れてる人の参加が多かったけど、きみみたいな初心者も参加してくれないと、だんだん集まりが先細りしちゃうからね。人に教えるのも自分の勉強になるってよく聞くし。
「そうそう、金曜以外の日に参加できるなら、初心者向けの集まりをやってるよ。後輩に教えるのが好きな院生の人が主催してることもあるからかなりいいんじゃないかな。プログラムに興味を持った他の学部の学生も参加してくれてるみたいだし、結構評判いいよ」
「へえ、そうなんですか。それは知らなかったです。そっちにも参加して色々訊いてみます」
「初めから難しいことをやろうとすると、挫折の原因になるからね。運動不足だからって、いきなりハードなマラソンを始めるのはよくないっていうでしょ。あれと同じ。初めのうちはいま自分がどれぐらいできるかをしっかり把握して、それに見合ったことから始めないと。
「とはいっても、ある程度明確な目標もないといけないと続かないし、『こういうものを作りたい』っていう明確な目標があるとないとじゃ結構差がついたりするんだよね。イメージとしては今の自分にできそうな小さい目標をいくつか立てて、一つずつそれをこなすと同時に、その先にある最終的な目標を立てるって感じかな」
「そうなんですか。すごくためになります。どういう風に目標を立てればいいのかってよくわからなくて……」
まだあどけなさの残る目を輝かせるように感心してくれている島村を見ていると、こっちも嬉しくなってくる。
そういえば、考えてみると年下の相手に教えるというのは、まだ一度も経験していないことに気づいた。有名な学者が学生に教えるのは非常に有意義なことだとよく言っているのもなんだか頷ける気がする。なかなか悪くない感覚だ。
「ところで、先輩はどんなものを作ったことがあるんですか?」
島村がそんな質問をしてきたので、どれにしようかと少し考えてから、去年この『勉強会』で発表したスマホアプリのことを話すと、
「あ、それ知ってます! 僕それ使ってますよ。あれ先輩が作ったやつだったんですか!」
という、島村の思いがけない反応に私の方が驚きを隠せなかった。
まさか自分が作ったものを使ってくれている人間が目の前に現れることなど微塵も思っていなかったからだ。自分が作ったアプリはたいした数ダウンロードされたわけでもない。いまのスマホアプリ市場の大きさを考えると、まったく無名なアプリの製作者の目の前にそのユーザーが現れる確率は相当低いはずだ。奇妙なこともあるもんだ、と思う意外ほかになかった。
「す、すみません。大きな声出しちゃって」
「いいって。気にしないで。まさか自分が作ったアプリを使ってくれている人が目の前に現れるなんて思ってなかったからびっくりしちゃってさ」
びっくりしたというか、大きな声を出したいのはこちらの方である。事実、嬉しくて叫びたしたいのを堪えるのが大変だったくらいだ。なにしろ自分の作ったものを使っています! という人間が現れたのなら、嬉しく思わない人間の方が変だろう。どうしよう、滅茶苦茶嬉しい。
「じゃ、これで今日の発表は終わりです。このあとの打ち上げに参加する人は申し出てください」
という声が教壇の方から聞こえてきた。島村と話している間に他のグループの発表も終わっていたらしい。
「今日は月末の金曜だから打ち上げ――というか飲み会があるんだけど参加する?」
「えっと……先輩が参加するなら……」
子犬のような反応をしながらそう言う島村。やっぱりそのあか抜けない反応はなんとも言いようのない新鮮さを感じるものだった。
「参加するよ。じゃ、行こうか」
「はい!」
島村は嬉しそうに返事をする。年下に慕われるのは初めての経験だったが、自分に弟がいたらこんな感じなのだろうか、と感じていた。
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