第4話 お前の運を奪うぞ4
ひと通りこの銃を誰もいない場所で使ってみたところ、どんなものなのか大体理解できた。
まず『銃』という名称はついているものの、ほとんどおもちゃのようなものであること。なんというか、某少年探偵が乱用している麻酔銃といえばわかりやすいだろうか。射程は最大で十メートル程度、飛ばす針を確実に刺さる射程を考えると、その六割程度であること。
引き金をひいたときにチープな音が出るだけであること。
説明書の書いてある通り、十連射すると引き金を引いても針は発射されなくなり、再び使えるようになるまでに一分の時間を必要とすること。
一分経過すればまた十発使用可能になり、説明書の通りその回数に上限はないらしいこと。
ただし、十発使い切らないと針の残数の回復は始まらないようだ。例えば五発使った状態でどれだけ時間が経過しても針の残数は回復しない。
針は至近距離でも目視が難しいほど細いものであること。にもかかわらず、飛ばしたときには風の影響を受けないこと。当然、その理由は不明。
命中せずに落ちた針は放っておくと十秒ほどで消滅すること。これも当然、原理は不明。
自分に向けて撃ってみたところ、わかったこともあった。
まず、説明書に殺傷能力は一切備わっていないと書いてあったように、針が当たっても痛みをまったく感じないこと。多少なにかが当たったような感じはするものの、蚊に刺されるのと同じレベルのものだということ。
殺傷能力はまったくないが、どういうわけか衣服は貫通すること。どこまで貫通可能なのか、そしてその理由もやはり不明。
しかし遠距離での使用でも、確実に衣服を貫通できるのなら使い勝手はいい。
当たった針はすぐに気づくことができれば抜くことは可能だが、とても細くて目視は難しく、皮膚に刺さった状態で五秒弱経過すると刺さった部位にめり込んでしまうため相当の難度であること。
殺傷能力はないため、針が身体にめり込んでも身体には一切害は発生しないはずだ。
『運を奪う』という性質上、自分に撃っても効果はないこと。
誰もいない場所でおもちゃの銃を撃ちまくってわかったのはこれくらいだが、なかなかの収穫である。
音はしない、針は残らない、殺傷能力はない、となっているので、隠密性はかなり高いものの、見た目は割と本格的な銃であるため、使うときは当然だが、ただ持ち歩くときであっても用心は必要だろう。
とはいっても、すぐに本物でないことはわかるので職務質問されたときに見つかっても銃刀法違反で捕まるということはないだろうが――運が悪い自分の体質を考えると可能性は低いとはいえ、あり得る可能性はある。
できることなら警察にこれが見つかるという事態は避けるようにするべきだ。
念のために、それが起こったときに必要な対策は講じておく必要がある。
さて、ここから先は他人に向かって撃ってみないとわからない領域だ。
当然、今までの実験でこれが『本物』らしい確証はかなり高まっている。撃った針が自動回復したり、自動消滅するなどの『あり得ない』性質を考えれば、『本物』と断ずるには充分だ。
だが、自分にとって一番重要なのは、針の自動回復や自動消滅ではなく、『撃った相手の運を奪う』という性質である。いくらこの銃が色々と『あり得ない』性質を持っていたとしても、それがなかったのならば意味がない――というか、正確に表現するなら、自分がそれを求めた本来の意義を見失ってしまっている。
しかし、ここまで『あり得ない』性質が揃っておきながら、『運を奪う』という性質が備わっていないというのは考えにくい。
考えにくいが、使ってみないとわからないと効果が不明であるというのもまた事実だ。
どのように使うべきか。上着のポケットの中に入っている銃を手で弄びながらそれを考える。
進学してから下宿しているこの街は犯罪とはあまり縁のない平和なところであるけれど、それでも、犯罪と無縁ということはないし、そもそも見知らぬ男に銃のようなもので撃たれた、なんて事件が連続して起こって、その噂が広まったのなら――住民や警察の警戒心が高まるのは必至だ。そんなことになったらこの銃が持つ、ほとんど証拠らしい証拠を残さない、という性質が意味なくなってしまう。
だから、使うときは最大限の注意を払わなければならない――が、それを簡単に素人ができるものではない。
世の中というのは、この銃が持っている性質のように都合のいいものではないのだ。
考えただけでできるようになるのなら――それは虫が良すぎるぞ、と自分に言い聞かせる。
それでも――
それでも、この銃を使うのならば――いま現在、自分を支配する不幸をどうにかしたいとするなら、これは絶対に乗り越えなければならない壁であるのは事実だ。
表現のしようのない緊張を不安が入り交じり、嫌な汗が滲み出してくる。
本当にいいのか、と再び自問する。
そこに十メートル先にある交差点からスーツの男が一人出てきた。恐らくこの近くに住んでいる住人だろう。後ろにいるこちらに気づく様子もなく、疲れているのか、酒を飲んでいるのか、はたまた別の理由か足取りが重いように見える。その姿を見て、チャンスだ、と直感する。
振り向いて自分の後ろを確認してみる。誰もいない。まわりにある住宅を見回してみる。どこもカーテンは閉まっているし、ベランダに出ている者もいない。いま、この場所は開かれた空間にある密室である。
やっぱりチャンスだ。
そう思えば思うほど、心臓の鼓動は速まり、体温が数度上がったかと錯覚してしまうほど身体が火照り、手がぶるぶると震えてくる。
いまここでやらなければいつやるというのだ。こんなところで臆病風に吹かれているようでは不幸をどうにかするなんて来世になったってできやしないぞ――そのように自分に言い聞かせて鼓舞をする。
少しだけ歩みの速度を上げ、男との距離を詰める。八メートル。男は気づかない。さらに詰める。六メートル。まだ気づかない。念のためにもう少し距離を縮めたほうがいいだろう。しかし、近づきすぎてはいけない。四メートル。ここだ。この距離なら外さない。当てられる。ポケットに入れてある銃をしっかりと握り、一度深呼吸をし――
素早くポケットから取り出して、目の前のいる男の背中に銃口を向け、引き金を引いた。
先ほど試し撃ちしていたときにはチープに聞こえたはずの音が、どういうわけか自分の耳にはやけに大きく聞こえ、気づかれたかもしれない、と一瞬だけ思ったが、重い足取りでビジネスバッグを片手に歩く男は後ろに人がいることすら気づいていないようだった。
成功――したのだろうか。
歩く速度を緩め、撃ったときよりも少しだけ距離を置いて男の様子を窺う。
本物の銃のように反動があるわけでもなく、かなり近い距離で、なおかつ針は風の影響は受けないことはわかっていたものの、焦りと緊張からしっかりと狙いをつける余裕など一切なかったので、ちゃんと当てられた確信は持てなかった。
男の様子になかなか変化が見られないので、やはり外してしまったのか――と落胆をしていると、
男は足もとに転がっていた空き缶を踏んで、まるで曲芸かとなにかのように一回転して、手をつく暇もなく顔面からすっころび、鞄の中身を派手にぶちまけ、たまたま空いていた側溝にその中に入っていたと思われる書類がいくつか突っ込み、転んだ際にポケットから飛び出したスマホが、そのすぐあとにたまたまそこを通りかかった原付に下敷きになって粉砕され、スマホと同じようにポケットに入っていた財布が、これもまた運の悪いことに近くの下水溝の隙間に入り込んで奈落の底に落ちて消えていった。
あまりにも突拍子もない偶然がいくつも重なるというギャグマンガのような出来事を目前として、とても現実とは思えないほどそれは滑稽で馬鹿馬鹿しいものだった。
あまりにも馬鹿馬鹿しく滑稽な姿が痛々しく思えてしまい、回れ右して走り出し、先ほど男が出てきた交差点にそそくさと逃げ込んだ。しばらく足を止めることができず、なにかに取り憑かれたかのように走り続けた。
息が上がって足が止まったところで、今度は狂ったような歓喜が湧き上がってくる。
――本物だ。
ポケットに銃が入っているのかを確認する。自分の手があの重さを感じとった。しっかりとその手で握り込む。それでも確信が取れずにポケットからそれを取り出した。間違いなく自分の手にその銃が握られている。ちゃんとある。落としていない。
叫び出したい衝動をなんとか押し留め、上がった息と気持ちを落ち着かせてから歩き出す。
あんな馬鹿馬鹿しいことが偶然起こるわけがない。この銃は本物だ。これに撃たれたあの男を襲ったあの出来事は俺に運を奪われてしまったからあのようなあり得ない災難に見舞われたのだ。
きっと、あの男自身もそのように思っているはずだ。運が悪かった、と。
なにしろ、あの出来事の引き金になったのはたまたまあの男の足もとに転がっていた空き缶を踏んだことなのだ。正確にいえばその前に俺がこの銃を使って運を奪っていたことがそもそもの原因ではあるのだがそんなことはさして問題ではない。
そもそも男は後ろを歩いている俺のことになんか気づいていなかったし、今しがた起こった災難のことをあの男はこのように思うことだろう。なんて運が悪いんだ、と。
「ふ、ふふふふ」
あまりの歓喜で笑みが抑えきれずに漏れてしまう。
これを使えばなんだってできるじゃないか。そのように考えるだけで果てしなく気分が高揚する。
それになによりも素晴らしいのは放っておけばそのうち奪われた運は回復するということだ。
いくらあり得ない出来事が起こったとしても、人間というのはよくできたもので熱いものでも喉を過ぎれば忘れてしまうのだ。あの男もあのような災難に遭ったことは何年経っても覚えているかもしれないが、それになにか原因があるとはまったく思わないはずだ。六時間経てば運は回復して、あのような災難がまた降りかかることはないのだ。この銃を使って再び運を奪うことをしない限り。
そうだ、と重要なことを思い出した。
この銃は撃った相手を不幸にするものではない。不幸が襲いかかるのはそのときの運をすべて奪われてしまうから、結果的に不幸になるのだ。
奪った運は誰のもとにいくのかといえば、この銃を撃った俺のもとである。
あの男がどれほどの運を持っていたのかは知らないが、ゲームのように運を数値で表せるのならば、いまの俺は通常よりも運が高いはずだ。
奪った運は奪われた運と同じように六時間で蒸発してしまう。
なら、今のうち本当に運がよくなっているのか確かめるべきだろう。
急いで部屋に戻ってスマホを手に取り、それなりに楽しんでやっているソーシャルゲームを起動して、レアが出る確率が一パーセントとされている十連ガチャを引いてみることにする。
予想通り――だったが、なんとも運がいいことに、その一パーセントを一発で、しかも一度で五体も引けたのだ。
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