第3話 お前の運を奪うぞ3
帰宅して、早速あの店でもらった『運がよくなる』らしいものがなにかを確認してみた。
黒い箱に白い文字で『ラックロガー・ニードルガン』と書かれている。
銃とはなんだかあまり穏やかなものじゃないな――ラックロガーは直訳すると運を奪うという意味だが、果たして――
少し胸を高鳴らせつつ黒い箱を開けると、その中に入っていたのは確かに『銃』といえるものだったが、掌と同じくらいの大きさしかない。
小さなものなのは確かだが、手に取ってみると、妙な存在感と、おもちゃの銃には感じられない重量感がある。
銃? まさかそんな。本物なのか?
こんなものが俺の『不幸』をなんとかできるものか? 様々な疑念が渦を巻くなか、ふと銃が入っていた部分のしたに説明書らしき冊子が入っていることに気づく。
そういえば――
これを受け取ったとき、あの店主がちゃんと説明書を見ろと言っていたことを思い出す。
「…………」
この銃が一体どのようなものであれ、とりあえずこれを見るとしよう。
重量感のあるデリンジャーのような銃をいったんそばの床に置いて、箱の中から冊子を取り出した。
その冊子には個性を感じさせないフォントで『取扱説明書』とだけ書かれている。中を開いてぱらぱらとページをめくる。やはり中に書かれている文字もどういうわけかやたらに無個性なフォントが使われていて、内容も同じく無個性なものであった。
説明書が必要以上に個性的で主張し過ぎているのも考え物だが。
ざっと目を通したところ、書かれていることはこんなものだった。
この銃を他人に向かって撃つと、撃った者が撃たれた者の運を奪うことができる。
撃たれた者はその瞬間から、そのとき持っていた運の総量がゼロになる。
撃たれた者が持っていた運は、撃った人間にすべて加算される。
この銃には一切殺傷能力は備わっていない。
一度に撃てる針は十発。ですが上限はない。
運は流動的かつ揮発性なので、どちらの人間も六時間で元の数値に戻る。
運を奪う場合、その相手は使用者と同じ生物種でなければ奪うことはできない。
誰であっても運は必ず上限があり、なおかつ個人差がある。
使用の際は必ず用法容量を守り、自己責任でお願いする。
説明を守らずに使用したことで発生する損害に対して、当該は一切責任を負わない。
どうやら、あの店主は『運がよくなる』と言っていたが、どうやらそれは他人から『奪う』ことらしい。
冊子を置いて再び銃を手に取る。
すっぽりと手に収まるほどの大きさしかないのに、黒く光る小さな銃には本物としか思えない重量感と存在感がある。
基本的に銃の所持が禁じられている日本生まれの日本育ちで、留学も海外旅行もしたことがないので、本物の銃なんて今まで一度も触ったことがないけれど。
手に取った銃を色々な角度から眺めながら思う。
本当にこれは説明書に書いてあるように『運を奪う』ことができるのだろうか。
というか、殺傷能力はないと書いてあったが、それは本当なのだろうか。手に持った感覚ではとてもではないがおもちゃとは思えない。そんなものを他人に向けていいものだろうか。
本当に殺傷能力がなかったとして、『運』というものを奪っていいのか?
確かに『運』というものには実体はない。そもそもどこにあるものなのかも不明だ。
しかし、それでも『運』というものがどこかにあるものなのは間違いない。
それを身勝手な理由で強奪するのは窃盗なのではないか?
そして、自分が運を奪ったことで、奪われた相手が不幸になり、それが原因で不慮の事故の巻き込まれて死んでしまうことになればそれは罪ではないのか?
運を奪ったことなど警察がその捜査力を駆使したとしても、絶対に立証することは不可能だ。
それでも――
それでもこの銃に撃たれたことで、死ななかったとしても実害を被ることになったのなら、その原因は間違いなくこの俺にある。
駄菓子屋で万引きすることにすら抵抗を覚えていた自分にそんなことができるだろうか。
正直言って自信はない。
それでも――
それでも、いまここにあるこの銃を使えば、今まで散々悩ませてきた理不尽な『不幸』をどうにかすることができるのだ。
それは今までの人生でずっと求め続けたこと。
求め続けて、いまやっとそれができるかもしれないものがこの手の中に納まっている。
小さいが、確かな重量感と存在感を持つ銃を注視する。
これを――
心音が異常なほど大きく聞こえる。
適当に見かけた誰かに向かって――
興奮と動揺で息が荒くなる。
引き金を引いて――撃つ。
それだけでいい。それだけで自分は救われるかもしれないのだ。
見知らぬ誰かに針が当たる。針が刺さった誰かはそれで――
……考えては駄目だ。運を奪ったからといって死ぬと決まるわけじゃない。現に常日頃から不運に襲われている俺は生きているではないか。
それに説明書によれば、奪った運も奪われた運も時間が経てば元に戻るとある。
六時間で元に戻るのだから、奪うなどたいしたことではない、はずだ。
それに、たかだが数時間不幸に見舞われたくらいで人間が死ぬわけがない。
ヒトという生き物は自分が思っている以上にしぶとい存在だ。簡単に死ぬようで、実のところなかなか死なない。
そうだ。
たいしたことじゃあない。
いま自分が思っているほど、これはたいしたことではないのだ。
世の中を見てみろ。自分がこれからやろうとしているよりも遥かにひどくえげつない詐取が当たり前の権利のように横行しているではないか。世の中に横行するえげつない搾取に比べればこの程度でたいしたことではない。
いいんだ。
これが手に入ったということは、これは俺に許された権利なのだ。
他者の運を奪ってもいいという権利を手に入れた。
放っておけば運は回復する。放っておけば回復するようなものがなくなった程度で死ぬような者など芥子粒のごとき存在だ。
俺も、変わらなければならない。
それには代償が必要だ。ちりのような罪悪感など犬にでも食わせてしまえ。
ごくり、と大きく唾を飲み、心拍数が急上昇して汗が滲み出てくる。
その程度のことができないのなら、あの理不尽を――『不幸』をなんとかできるわけがない。
やつは途轍もなく強大であり、理不尽だ。それに対抗するには――
「……よし」
決心する。
他者の運を奪うという行為を。
誰かから理不尽に搾取するという行為を。
「とりあえず、外に出てこれを使ってみないことにはなにも始まらない。銃なんて使ったことないし、練習も必要だろうし」
そう心に決め、小さく重い銃をポケットに押し込んで立ち上がり、夜の街に向かって部屋を出ていった。
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