第9話 嵐


 人目につかない場所で可能性が、ある場所を手当たり次第訪れた。

 息は切れ、足は疲労しているのを感じる。しかし、止まらず全力で廊下を走る。


 校舎裏から、校舎の端っこまで見たがいなかった。思い浮かぶはラスト一箇所。


 そうラストは、屋上だ。


 階段を二個、いや、三個飛ばしで駆け上がっていく。

 すると、よく響く高い声が聞こえてくる。

 しかし、一つではない。


 屋上への扉は若干開いていた。

 そこから、響いて来ているのだ。


「私は……変わった……」


「どこが? 不思議姫」


 雨宮と対峙するは問題児と取り巻き……。


 雨宮はそれに屈しず、力強い声で、言葉を紡ぐ。


 脳内に疑問符が浮かぶ。

 何故、奴らがいるんだ、と。


 俺は口を挟むべきか迷う……。

 しかし、変わったと言う雨宮はとても分かる。初めは透明だったからな……。


「私は、戻る」


「……? 何?」


 俺も同じ感想だ。

 そのとき、俺は衝動的に扉を開き、屋上に入った。自分では抑えられない何かに促され外に出た。


 それと同時に、瞳を閉じた雨宮は続きの言葉を響き渡った。


「私は神崎くんのおかげで、トラウマから抜け出せそうになった。でも、頼れない――――!」

 

 雨宮が目を見開き、そして、問題児が振り返り、さらに取り巻きという順番に視線を浴びる。そして、空白の時間が訪れた。


 俺はその空白を壊すように息を吐く。


「雨宮……続きを聞かせてくれ」


 この言葉に雨宮は俯き、そして、決心したように言葉を紡ぐ。

 いつもの雨宮ではないような、違和感を覚え、しかし、耳を傾けなければいられない。


「私は――――」


 そこから続く言葉は圧倒的な重さを秘めた聞いているのが辛くなる内容だった。

 しかし、雨宮は神託を伝える巫女のようにはっきりと言葉を紡ぐ。だが、迷いがあり、うさぎのように臆病な瞬間はあったが、止まることのない、言葉の数々だった。


 俺は、いや、雨宮以外のこの場にいる人は、絶句。口から吐息を出せないほどだった。

 まだ九月。暑いと言っても差し支えない気温だ。しかし、ここだけは極寒の地のように、張り詰めた空気がある。


 その中で聞いた話はこういうものだった。

 転校してくる前に父親は転職した。しかし、そこの労働状況が厳しい職場に就いてしまったと言う。日に日に弱っていく父親を見ていたが、我慢ができなくなり、転職を勧めたが、結局そのときは遅く、過労で亡くなった。


 そして、母は夫を亡くし職に就いた。しかし、満足に稼ぐこともできず、頼れる親戚がいなかった。しかして、数ヶ月後、栄養失調でこの世を去った。その後、親戚に渋々受け入れられ、ここに至るそうだ。


 そうして、雨宮は理解したと言う。

 人を頼ってはいけないのだ、と。

 脆い人は一人で立つのがやっとなのだ、と。


『頼る』と言うことを放棄したのだ。

 他人から距離を取り、話をしなければ、良いのだ。

 自分の感情を押し殺せば良いのだ。

 そう自分に言い聞かせ、この学校に来たそうだ。


 言葉にされ、ようやく、俺は理解した。

 高松先輩は分かっていたように思える。

 なるほど他人の口からは、決して言えない。


 より一層気温が下がった気がした。

 問題児たちは――松野たちは、感情の起伏からか、口を抑え、落涙する。


 俺は断腸の思いで言葉を紡ぐ。

 朝言った言葉だけでは、いけない気がしたのだ。いや、断言できる。絶対に足りない。



 心からの言葉を引き出すように、俺は、目を閉じ、手に力を込める。


 俺に当たる風が強くなったように思えた。


「雨宮、お前の生き方は間違っている」


「えっ?」


 意図的に間を開け、続ける。


「その生き方は人間の生き方じゃない」


 反応を待たずに、尚、続ける。

 自分の声が思ったよりも響いている気がした。


「人に頼り、協力し、ともに高め合う」


 俺は雨宮の辛い過去を壊すように、閉ざされた扉をこじ開けるように、告げる。


「一人で生きていけるはずがない」


 雨宮は整った顔を歪ませ、目に涙を浮かべた。

 少し強く言い過ぎただろうか?

 

 そう思った次の瞬間、雨宮の声が響いた。


「――私は頼れる人がいない」


 親戚も渋々で、頼らないように雨宮は周りから距離を取った。


 どうすれば良いのか? と。


 俺は、前から言いたかったことを、表現を変えて、ゆっくりと、そして、はっきりと言う。


「俺に頼れ」


 その台詞を言ってしまったことへの羞恥心で周りを見回した。

 しかし、松野たちはいなかった。


 頬が熱くなったのを感じ、心の底から起こる安堵とともに、正面の雨宮に視線を移した。


 雨宮はパチパチと瞬きをし、ふと現実に戻ると顔を紅く染めた。


 声にならない声が漏れ、ゆっくりと顔を俯いてから、再び顔を上げると、太陽を彷彿とさせる満面の笑みとともに、「ありがとう」と一言返ってきた。


 そして、再び、


「ありがとう、開人かいとくん」 



 澄みきるように透明だった少女に再び色が戻った。

 色のなかった世界の扉をこじ開けたのだ。

 悲しみも後悔もすべて吹っ切れたような、人を惹き付けるそんな笑顔を浮かべる。



「さあ、行こうか」


「――ごめん」


「ん? 任せておけ、大丈夫だ。たぶん」


 コンテストスタートの時間はとうに過ぎていた。

 閑散とした学校の屋上をあとにした。

 

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