第2話 曇り
会議室を歩いている途中、沈黙が訪れ、少し気まずくなったために会話を始めた。
「何で文化祭実行員になろうと思ったんだ?」
聞いた動機は、初めての文化祭なのにも関わらず、なったのは珍しいと感じたためだった。自分だったら決してならないだろうに。
「松野さんたちに……絡まれる時間が……減るから」
その言葉には感情が存在せず、ただ、言葉を紡いでいるだけ。怒りも、呆れも、恐怖もない。ロボットに近い口調で言ったのだ。
「でも、仕事は……するから……」
呆気にとられている間にさらに言葉を紡ぐ。先程同様、途切れ途切れ。
何かがあったかは自明である。しかし、その記憶については気軽に触れてはいけないと判断する。
「そうなのか……」
少しでも明るく、と思い話を変える。
「文化祭は楽しいぞ」
逃げるための場所だけではなく、楽しい場所と教えてやらねばならない。
「そうなの?」
文化祭を口実に逃げることしか考えていなかったのだろうか? 文化祭の内容すら考えていなかっただろう。それほど、深刻なら近くの大人にでも、頼れる人にでも相談すればいいのに……。
「ああ、今から行く集まりで、聞くかもしれないが……」
と、言い始め、文化祭の内容を教えた。
「楽しそう」
返事は短かったものの、小さな感情が灯っていた。それは小さな火でも、はっきり分かった。
しかし、妙だった。クラスで発言するときも、いや、転校して来てから一度も感情を表に見せてはいなかったと記憶していた。それが何故、今、感じたのか……。
「神山君……さっきは……ありがとう」
再び感じた感情。それはさっきよりも強かった。そして、小さな、非常に小さな笑みが目に飛び込んできた。
さっき、って、教室のアレか……別に感謝されるようなことではないように、俺は感じていた。暴力行為を止めるのは、至極当然である。傷つけられるのは見ていても、嫌だ。
「どういたしまして」
俺は目を見て、お返しとばかりに、笑顔で言った。彼女の頬が緩むのが見て分かる。それが、妙ににおかしく、ふっ、と吹いてしまった。
「これから、第一回文化祭実行委員会を始める」
俺たちが席に着いて数分後、それは始まった。
俺も実行委員になるのが初めてで、酷く緊張する。担当の先生のお言葉をもらうと、次に待っていたのが、仕事決めだった。
実行委員は、基本、クラス分担の仕事のまとめをする。つまり、今からクラス分担のくじ引きを行うのだ。
「今からがくじ引きを始める」
三年生のみの話し合いで既に決まっていた、委員長が告げる。
ここで、楽しい仕事に入らなければ、損をするだろう。様々な仕事の中にハズレが一つある。モザイク画と呼ばれるものであり、小さな色紙を、そこそこ大きな紙に貼り付けていく係。
全クラスするものの、その仕事のクラスは二枚やらねばならないという、地獄が待っている。3-1からくじを引いていき、あっと言う間に、俺のクラスの番になった。
「2-3、クラスTシャツ」
回ってきたくじ引きを引き、委員長の渡すと、最高の答えが待っていた。
クラスTシャツ係、それは、全クラスで作られるTシャツが出るコンテストをとり仕切る。二日目のラストであり、楽しみだ。
一番の当りである。
「よかった……ね……」
廊下で話ていて、熱弁してしまったが、その良さが分かってくれたのだろうか? 少しでも元気づけようとしただけだが、途中から饒舌になってしまったのである。
俺は美術館に行くのが好きであり、様々な作品を見るのが好きだった。それは、Tシャツにも同じことが言えて、様々な作品は、見ていて、感嘆し、驚嘆する。
「ああ、嬉しい」
彼女は俺の返答を聞き、ぎこちなく笑った。その笑顔は十分に美しく俺の目に映る。
「はい、これで第一回実行委員会を終わる」
くじ引きを全クラスが引き終え、再び前に委員長が来ると同時に、その一言。
これで委員会は、終わった。初日ということもあり短い時間だった。
実行委員だけにしては大きなこの会議室。次々と生徒は出口に向かい、部屋から出ていく。僕はその部屋の椅子に残り、窓の外の景色を眺めている。
気が付けば雨が止んでおり、曇りと言うところだろうか。しかし、まだ、晴れる様子はなく、逆に雨が降りそうですらある。
黒い雲を眺めながら、俺は雨宮こころのことを考える。
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