色のなかった世界

白羽翔斗

第1話 雨


 授業中ふと、外を見るといつの間にか雨が降っていた。それは、次第に強くなり、小雨から大雨へ変化していった。

 この光景を見ているとき、ある少女を思い出す。同じクラスの雨宮こころだ。


 彼女は透明だった。どこまでも澄んだ透明。情熱を感じさせる赤でもなければ、落ち着きを感じさせる青でもない。

 その表情は、何の感情も無かった。

 そして、整った顔立ちをしており、ある者には憧れを、ある者には嫉妬を抱かせた。


 その不思議さと、容姿が端麗であったために不思議姫、と呼ばれていた。


 しかし、その感情を表に出さない性格の影響か、嫉妬を抱いた他の女子から強く当たられることが度々あった。

 

 それを、注意はする者のいるのだが、それでは、終わらない。しつこく、陰口、場合によっては直接悪口を言うことすらある。  

 そして、雨宮本人の性格で先生に話さない。他の生徒も注意するだけだった。それ故に先生等にも話すことができず、根本的な解決ができていない。


 

 鐘が鳴り響き、授業が終わる。


「ホームルーム始めるぞ」


 七校時の教科は担任の世界史だったために、スピーディーにホームルームに移った。

 厳つい担任のドスのきいた声でいつも通り、否が応でも教室に静寂が訪れる。


「最近、いじめに近いことがあったと耳にしている。おまえ達、気をつけるように」


 第一声がこれだった。クラス全員は分かるだろう、そのことを。


 静寂以上の静寂、物音一つなく、人の呼吸すら聞こえない。あるのは、雨が地面に降り注ぐ音だけだった。


「さて、次だ。文化祭が近くなってきた」


 そう話題を変え、少しばかり明るくなった、ドスのきいた声になった。素人では分からないものの、五ヶ月聞いていればその差ははっきりと分かる。


 それにしても、文化祭か……高校一年生のときの記憶を呼び起こす。今年で二回目である文化祭は、非常に楽しみだった。


 そう言えば、雨宮さんは初めてだったお、と思う。今年の四月に転校して来たからだ。


「だから、文化祭実行委員を決める」


 去年の記憶を思い出す。


「男女各一名、やりたい者は挙手をせよ」


 あの楽しかった光景は、思い出しただけで頬が緩む。あの光景をもう一度。そう思い挙手した。


「はい、俺やりたいです」


 周りの男子からは「おいおい、かっこいいな」「さすが神山」とか、煽ての声が多数を締めていた。こういうのは嫌だ。

 だんだん騒がしくなりつつあった教室だったが、意外なことに突然沈黙が訪れた。


「私……やります……」

 

 途切れ途切れながらも声を紡ぎ、しかし、その上げた手には熱が籠もっているように感じた。 

 珍しい者があるものだ、と思っていたが彼女は印象とは逆に、はっきり言うタイプの人間だ。


 これは周りも動揺を、隠せないでいた。

「何で不思議姫が?」「先、こされた‼」「どうして?」など様々だ。


 当然、僕もびっくりしている。彼女にとって初めての文化祭であったため、考えていなかったからだ。


「これで決まりだな」 


 再び、明るいドスのきいた声でホームルームを続けた。



 ホームルームが終わり、帰りの支度をしていた。みんなは、もう帰ってしまっていた。


 今日から実行委員会があり、放課後から活動だった。しかし、まだ時間があり、会議室に行くよりも、ここで座っていたかった。


 外は未だに大粒の大雨。九月であるこの時期は、梅雨よりも多く降る。この景色はまだ見れると安心しつつも、高校生活はもう半分が終わったと、早いと感じている。

 

 ゆったりとした思考を繰り広げていると、生徒の人数は数が減ったのにも関わらず、煩くなっている。振り向くと事情を理解する。いや、あれは、少なくなったからこそ、煩くなったという方が正しい。

 

 嫉妬の念を募らせた、問題児が雨宮に突っかかっている。

 クラスの問題児である、松野とその取り巻き二人たちの罵声は、限度を超えていた。


「おまえがチクったんだろ?」


 女子とは思えない言葉遣い。

 チクられるようなことをしたお前の方が悪いのでは、と思う。

 しかし、松野からの質問を雨宮は答えない。


 明らかにおかしい話なので松野を注意しようと、席を立ち、歩み寄る。


 すると、次の瞬間、問題児松野は手を上げた。


 本気なのか? と、心の中で叫ぶ。

 ギリギリのところで、問題児の手首を掴み静止させる。


「お前何をしようとした?」


 確認を込めた言葉を言い放つ。


「はっ? コイツ調子乗ってるから」


 俺の質問には答えずに、理由を話している。言葉が通じてるのだろうか?


 そろそろ、落ちついただろうと、手首を離す。感情で動いている人は落ち着かせればいい。

 

 相手の動きを見る。

 すると、折れて、こう言い残し帰っていった。


「もういい」


 ため息の後に出た言葉は、酷く疲れたようだった。松野は取り巻きを引き連れ、教室室を出る。


「大丈夫か?」


 柄にもなく、相手を気遣う。実行委員で同じだし、多少の交流はあった方が良い。

 

 そう聞いたときの雨宮の表情は、少し困ったような顔をしていた。今まで、お面でも被っていたかのような表情だったために、この反応には驚いた。


「会議室行こうか」

 

 そう言い、誰もいない、静寂が包む教室を二人で後にした。

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