不屈の魔王さま その3

 遥か彼方から吹く風が渦巻いた。

 破砕されたムーンフォークの破片が銀光を放ち、流れゆく星々が戦場を囲う。


 MPは自動回復で6割前後まで回復。

 しかし残HPは高くない。

 加えて"偽造弾フェイク・バレット"は残り7発。


 残り僅かとなった弾丸を、掌で弄ぶ。


 …………。


(────見守っていてくれ、アンブロイド)


 俺が数発の<火球>を展開するのと、

 道化師が数本のナイフを再度放ったのはほぼ同時。


 殺し合いは既に最終局面。お互いに語り合う言葉もない。


 俺の炎が道化師の肉体を焦がし、道化師のナイフが俺の肉を切り裂く。 

 

 手から3発、火球に混ぜて"偽造弾フェイク・バレット"を放った。


 うち1発が道化師の脚を薄く削るが、残り2発は後方の樹木に吸い込まれ無為の銀光と化す。


 ……構わない。


 俺は足を前に踏み出し、道化師との距離を詰める。

 その動きに道化師の表情が僅かに強張った。


 すぐさまナイフが俺の進路を塞ぐように飛ぶ。


 横跳びで回避────しようとするも、俺の身体能力では間に合わない。


 やむを得ず、左手を突き出す。


「…………ッ!」


 刃に貫かれた左手に、想像を絶する衝撃と苦痛が走る。


 が……ぎりぎりとところで一歩。


 勢いは弱まったが一歩、俺は前に踏み出せた。

 もはや相対距離は2メートルもない。

 

 精一杯の殺意を込めて、掌の"偽造弾フェイク・バレット"を全て空中に開放し、射出する。


 至近距離から刹那の間に肉を抉り切る物理攻撃だ。

 知覚する間さえない。


 これが避けれれば人間技ではない。ゆえに必殺である。


 しかし道化師は冷静に


 乱数軌道アトランダムで放ったつもりの攻撃だったが、道化師は既に俺の攻撃のクセを見抜いていたのだ。


 銃弾は全て義手に吸い込まれていく。

 "偽造弾フェイク・バレット"は道化師の義手を一瞬で鉄屑に変えたが、


 <道化の極意>────

 

 瞬きほどの間を過ぎれば、からっぽの両腕には義手が補充されていた。

 道化師の両眉が上がり、射貫くような視線とともにナイフを再度構える。


 このままでは知覚困難なナイフの投擲攻撃で串刺し肉が出来上がる。

 皮肉にも必殺を回避された次の刹那、必殺が俺に迫っている構図だ。


 俺はすぐさま魔術を起動。


 <風属性中級魔術/トルネードエッジ>。


 俺を中心にして暴威の風が吹き荒れる。

 鋭い風の刃が何重にもなって、周囲のものを切り裂き、吹き上げる。

 

 Lv30台のモンスターまでは即死する強力な魔術だ。


 辺りを舞う銀光が切り刻まれ、闇夜へ消えてゆく。


 道化師は────気付けば更に高空にいた。


 然もありなん。勇者黒曜の率いる集団の中にあって彼が自身の評価を確立させた要因は3点あるのだ。


 質の高い策略を練ることができる高い知性。

 道化の極意というスキル、その習熟度。

 最後に転移魔術を使用して逃亡した魔王とラピスさえ追尾できる、自身の転移スキルの高さである。 


 道化師は<風属性中級魔術/トルネードエッジ>の発動を見るや、遥か高空に転移。影響範囲から瞬時に逃れたのだ。


 そして今度は、地上に居る転移を発動した。


 結果、遥か高空から隕石の如く打ち下ろされた道化師の蹴りが俺の胸を捉える。


「……がッ……はッ!」


 苦し紛れに張った無詠唱の物理障壁が硝子のように割れ、肺の中の空気が全て吐き出され、蹴りの勢いのままに俺は地面に打ち付けられる。

 腕の骨や肋骨が折れた感覚とともに、凄まじい勢いで背中が地面に削られてゆく。


 数メートルの赤い血の軌跡を描いて、ようやく勢いが止まった。


 道化師の脚はいまだ俺の身体を踏みつけたままだ。


 星の光に輝くナイフを掲げて、俺を見下ろす道化師。

 その表情には油断も笑みもない。

 ただただ、敵対者を屠る戦士の表情であった。


「さらばだ、誇り高き魔王ヨ」


「ああ……」


 押さえつけられ、身体はほとんど動かない。

 ただナイフが振り下ろされるのを待つだけの状況。


 ────顧みるに。


 アンブロイドは俺へ精一杯の教育を施してくれた。

 この世界で魔王として生き残るための手段を教えてくれたのだろう。


 それを俺は終始疑ってしまっていた。


 酌量の余地なき過ちである。謝罪の機会を得たとしても、それで彼女が許してくれたとしても、俺の中では決して消えない罪だ。


 しかし俺は魔王として皆と一緒にいたいと願った。


 ならば俺は如月綾人として罪を悔いるのでなく、

 皆の、彼女の与えてくれたものに報いなければならない。


 力の差に屈するな。

 いつしか受けたアンブロイドの講義は、


(────意識の外を狙う不可視の一撃。玩具に過ぎないように見えて我々のレベルにおいても近距離では充分に脅威になり得ますから)


 ……きっと今みたいな命の危機を救ってくれるはずだから。


 押さえつけられてほとんど動かない俺の身体を、

 そのなかでも唯一動かせる片足を────その踵を俺は地面に叩きつけた。


 刹那、俺の靴の先端が光る。


 指向性を持った爆炎が、道化師の背中を致命的に消し飛ばした。


「…………な……にィ?」


 驚愕と衝撃にふらつく道化師の身体を、逆に俺は立ち上がりながら押し返す。


 そして折れた利き手を道化師の胸に捻じ込むように押し付んだ。


「────じゃあな、道化師」


 零距離で発動した炎の柱が立ち上るや、道化師の胸にぽっかりと穴を開ける。

 衝撃で吹き飛んだ道化師の身体が宙を舞い、地面に穴の開いた背を落とした。


「……お見事」


 驚くべきことに胸に穴を開けられ、そこを中心に身を焼く炎が広がっていても、道化師の視線と笑み、その言葉は俺を捉えたままだった。


 それどころか道化師は掌から何かを取り出し、俺の足元に投げる。

 青色の液体が入った瓶だった。


「解毒作用があります。あのダークエルフの少女を貫いたナイフは痺れ毒入り。遅効性ですがこれが無ければ死に至ることもある。薬学スキルをもっているネ?実際に鑑定してみるがいい」


「……なんでだ?」


「ウクク……理由なんてないですヨ。所詮は、道化のやるバカげた喜劇……」


 ひとしきり道化師はおかしそうに笑った。


「……私はネ、少年。国を救いたかった。滑稽な劇で皆を笑顔にしたかった。しかしいま民衆は……傲慢な勇者が導く戦いによって、疲弊と腐敗を繰り返している」


「…………」


「勢力は違えど、キミは似た志を持つようだ」


 胸から広がっていく炎が、ついに道化師の首元に辿り着いた。


「……最後に、私を殺した魔王の名前を教えてくれるかネ」


「……俺は……」


 如月綾人────そう答えようとして、飲み込む。

 それは今はもう亡き者の名だ。

 これからこの世界で生きると決めた魔王の名ではない。


「俺の名は……魔王ネフライトだ」 


 であれば、俺の名乗りはそのひとつだけだ。


 それを聞いた道化師は少しだけ微笑んだ。

 しかしそう長くない間に表情は炎に包まれ、消えていった。


 暗い夜に炎を立ち昇る。


 戦いが終わった。

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