日記 その1

 夕闇に包まれたムーンフォークの森に、暖色煌めく2つの流星が落ちる。

 超高速で落下していく流星は、しかし着地直前にふわりと減速しほとんど音もなく接地した。そのころには光は失せており、地に蹲るふたつの人の姿になっていた。

 

「…………ここは?」


「ムーンフォークの森の深部……たぶん、アンブロイドの家の近く」


 アンブロイドの魔術で転移した、俺とラピスだ。


「アンブロイドの、家?」


「うん。結界が張ってあるから間違いない、と思う」


 結界?……そういえば森の深部だというのに周囲は明るく、魔獣の気配も一切感じない。

 

「遠くはないと思う。あるこう」


 ラピスに手を引かれ歩き出す。

 俺はショックから全然立ち直れていなくて……とても二人で話す気になれなかったから、黙って付いていった。


 しばらく歩くと、木造りの家が見えた。 


 そこは決して新しい訳ではなく、むしろ古めかしい。

 派手な色彩に彩られているわけでもない。

 高価なアンティークに触れたような、調和が取れているような美しさがあった。


 地面には僅かに発光している花があり、花から生まれた光に連鎖反応を起こしているのか同一の原因で光っているのかは分からないが、周囲のムーンフォークもまた淡い銀色の光を発しており、周囲は比較的明るい。


 手を引かれるまま、俺はラピスとともにアンブロイドの家へ向かう。

 耽美的な植物模様に装飾された木扉を開き、足を踏み入れると床が軋みギィと音を立てた。


 中はベッドのある居住空間と、魔道具らしきものが置いてある空間が混然一体としていた。埃っぽくはなく、日常的に掃除されているようだ。


「そのへんにすわって」


 ラピスにベッドに促される。

 確かに室内の居住区間に椅子が見当たらない。

 いいのかと思いしばらく悩んだが、結局座った。


「確か保存食があったはず……まっててね」


 ラピスが奥の部屋に入っていく。

 ひとりで手持無沙汰になった。


「…………。」

 

 しばらくは静かに待っていたが、なかなかラピスは戻らない。

 部屋を見回すと……ベッドの隅に赤い本がある。


「魔導書とかかな」

 

 手に取り、中ほどで開く。

 アンブロイドの日記帳だった。


「…………まじか」


 悪いかと思い閉じようとして、目に入った一文で手が止まった。


 "────また魔王を殺してしまった"


◇◆


 ロードライトの奴がうるさい。


 この前から、勢力に入れば俺の女にしてやるとか言ってくる。

 トウコはそんなこと言わなかった。

 当たり前か、女どうしだったし。


◆◇


 ロードライトを殺した。

 また魔王を殺してしまった。


 囲まれて脅迫されたときまで適当に逃げればいいかと思っていたが、

 一緒に世界を統べようぜと汚い顔で言ってきたのがいけなかった。


 また恨まれる。トウコに会いたい。


◇◆


 魔王の因子を持つ赤子をゴブリンたちが保護したという情報を掴んだ。


 正直どうでもいい。

 早めに芽を摘んでおこうかどうか悩むくらいだ。


◆◇


 その赤子に関する追加の情報が来た。

 赤子なのに、火球でフォレストウルフを狩ったらしい。

 

 興奮している。


 魔術は知性なく使えるものじゃない。

 どんなに才能があっても無理だ。

 明確にイメージし、言語化するように使役しなくてはならない。

 どうあがいても生まれたての赤子には使えない。


 つまりその赤子は、魔術を使うほどの知性を持っているのだ。


 転生だろうか。トウコと同じ。


◇◆


 早速ゴブリンの里に連絡した。というか行った。

 応対したのは昔、部隊で見たことのあるゴブリンだった。

 名前はガ…… 忘れた、とにかくゴブリンだ。


 どうも警戒されている。

 この間魔王を殺したからか。しくじったかもしれない。


 危害を加えないよう契約を迫られたのでOKし、

 なんとか会える約束を取り付けた。


 会話は……ラピスの力を借りよう。

 それに年齢がだいたい一緒。

 ラピスも友達を見つけられるかもしれない。


◆◇


 異世界人! 異世界人だった!

 名声なんてどうでもよさそうなのが素晴らしい。

 異世界人ってみんなそうなのかな。

 一発で気に入って教育係を申し込んでしまった。やりすぎただろうか。

 

 ただ、可哀想なくらい怯えていた。


 「どうして自分を選んだのか」と聞かれた。

 その慎重かつ無欲なその態度、そういうところだと答えた。


 ラピスもその赤子の心を読むのに少し罪悪感があったらしい。

 目に見えてへこんでいたので、心を読めるのは私ってことにしようと提案した。

 全部隠して友達になったらいいと言った。

 

 それでもラピスの顔は晴れなかったので、大好きなフレンチトーストをしてあげたら、目をきらきらさせて夢中で頬張っていた。


 ラピスかわいい。

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