本当の敵 (2/2)
背後に茂っていた森林が爆ぜ、武装した人間の兵士たちが数十人。
古城の死角からも次々と武器を持った人間達が現れ包囲網を形成する。
黒曜を名乗る男は古城の頂上────冗談のような高さから空に身を躍らせ、何事もなくすたりと着地する。
「魔王さま、お下がりください。あの
「……それほどなのか」
Lv368……俺から見ればチートの限りを尽くしたアンブロイドをして、目の前の男が互角?
「そこの魔女、近くで見ると……どこか見覚えがあるな。
刀剣の背で己の肩をリズミカルに叩きながら黒曜が問う。
「ええ。私とお前は出会ったことがある。4年前────魔王ジェイド様が討たれたあの戦場で」
「ジェイド……魔王の名前なんぞ一々覚えてられんが、4年前の戦いなら覚えているぞ。中々に斬り応えの良かったあの女魔王か」
え?
目の前の黒曜が……皆が元々仕えていた
いや……気付けば皆が、古城の上に現れた男を認めたときから押し黙っている。なにかの感情を押し殺すように、その瞳に暗い炎を漲らせて。
「……フ、お互いに運が良いわね、黒曜。何故お前がここに居るのかは知らないけれど、今宵は悪縁を清算出来る良い機会のようね」
アンブロイドの笑みが凄惨なものに変わり、周囲に何重もの魔方陣が連鎖的に起動する。多色の光が宵闇に交差するさまに思わず目が奪われる。まるでイルミネーションだ。
「悪縁? クック……それは違うぞ、魔女よ。お前のような強者が全力で牙を剥いてくれるのだ。悪いどころか良縁であろうよ」
黒曜の表情もまた、禍々しい笑みに染まる……あれが勇者の浮かべる表情かよ。
「相も変らぬ戦闘狂、恐れ入るわ」
「許せよ。この気性は死ぬまで変わらん」
「わかったわ。お前を焼き殺して許すとしましょう」
ぱちぱちと────火の粉がアンブロイドの周囲を舞いはじめ、いつの間にか彼女の手中には、彼女の身長ほどもある巨大な金属杖が収まっていた。
火の粉はすぐに浮遊する無数の炎弾に変わり、衛星のように彼女を中心に周回しはじめた。戦闘の準備を整え……全身に殺意を漲らせたアンブロイドが、戦闘前の一瞬の間を縫ったのだろう、隊長の方をちらりと見た。
「
「アンブロイド殿」
「あの男を相手にすればあとは手を回せません。他は任せました」
「ええ。命に代えても魔王さまを連れ突破してみせますよ」
「切り札を魔王さまとラピスに渡していますが────出来るだけ皆で生きて帰るために、お願いします」
「……ええ、皆で帰りましょう。今宵はとびきりの料理を作ってお待ちしておりますから」
「……貴方と出会うまで、ゴブリン族がこうまで気高い相手とは知らなかった。共に戦えること、誇りに思います」
魔女と隊長が頷き合う。
魔女の視線が、ついに前のみを向いた。
◇◆
「魔王ジェイド様の誇る四天王が一角。────<
「クック……魔物如きには勿体の無い、心地よい覇気ではないか。許す、いつでも来るがいい」
言葉は返さず。
アンブロイドの身体が無数の魔術の発動と共に、爆発的に移動する。
その速度は常人が目で捉えられないほどに速く、レッドボアの突進など比較にならない亜音速の領域。すべてを置き去りにするかのような破壊的突進のようで、しかし事前に展開していた火球だけはぴったりと彼女に追従している。
<
彼女を単純に攻撃魔術師として評価しても、比類なき実力者である。
膨大な魔力量と、禁忌に足を踏み入れた炎魔術。並外れた魔力回復量で常識の埒外にある上級魔術を負担抜きで連打できる継戦能力。どれを取っても一級品だ。
しかし……彼女の強さについて語るならば、本質はそこにない。
恐るべきは本来、攻撃魔術師が苦手とするはずの近~中距離もまた彼女の得意とする間合いという点────アンブロイドの持つ天才的な魔術のコントロールが、剣を持たずして近接戦闘を制することを可能にしている。
独特の詠唱方法で<
あらゆる間合いが致命的────戦場のどこに居ても戦果を量産し続ける悪魔。
炎と共に突撃する。あまりに単純で、どこまでも破壊的な突撃の姿から、怒り、恨みをもって呼ばれた名こそが<
常人では抑えようのない十を超える火球と、幾重もの強化魔術が付与された金属杖が黒曜の身体を同時に打ち抜く。
「クハハッ……唸れ……
が────<跳剣の勇者>黒曜。
その手に持つ刀剣が須らく火球を斬り落とし、アンブロイドの金属杖を事も無げに受け止めている。この男もまた、人の身にして人外。
「沈め、下法の魔女よ────」
刹那にして六!黒曜がアンブロイドに向けて放った斬撃の数である。人外の速度であったが、アンブロイドもまたその斬撃の全てを魔術障壁で防御。代償として魔術障壁の悉くが砕け散る。
「……面白い剣ね。私の魔術を、ただの斬撃で切り裂くなんて」
最強クラスの魔術師たるアンブロイドなので、その彼女が作る火球も、障壁も彼女が使う魔術は当然全てが最強クラスである。火球は融点の高い金属を一撃で溶解し、障壁の強度は攻城用の巨大砲弾を受けてもなお、ヒビ一つ入らない強度なのだ。
それらを全て人間の膂力で切り裂き、その刀身に一切の損傷を見ることなく無効化した。
「その秘密はあなたのスキルにあるのか、武器にあるのか? 気になるところね」
「クク……武器だ」
「正直ね……」
「なに。貴様と利害が一致したゆえの手向けよ。帝国の首都近郊にある底を知らぬ地下迷宮────その百階より深くで見つかった業物がコレだ」
「成程。つまりそれさえ壊せばあなたは弱体化すると」
「どうかな。その辺りのボロ枝でも、案外貴様を屠れるかもしれんぞ」
「あらそう。ならさっさとその剣をブッ壊して試させてあげないとねッ!」
言い終わるが早いか、アンブロイドを中心に再度無数の火球が展開される。
黒曜もまた姿勢を低く、剣を握り直しして受ける構え。
炎と刀の一閃が、再び交差する。
◆◇
アンブロイドと黒曜の戦いが続く間、俺とゴブリン、コボルト達は古城の敷地内から脱出するための戦いを繰り広げていた。
道を塞ぐ人間の兵士の数はざっと100を越える。
装備は充実しており、レベルが低い兵士もいない。
ただひとつ変わったことがあるとすれば……
「────はいハイはいハイ皆様方ァ!! 無理をせず! 多対一で相手を虐めくさってくださァい!」
それは兵の向こうで指揮をする、奇妙な姿の男の存在であった。
その姿、場違いな出で立ちであるという表現すら余る────顔を白く化粧した
「さぁさ皆さん、楽なお仕事ですヨォ! ちゃっちゃと片づけてくださァい!」
対する魔物側はゴブリンが30。コボルトが10。
数の差は2.5倍を越え、魔物側は夜会でのトラブルに備えた軽装備、片や人間側は完全装備である。
「「「どけェェェェェ────ッッッ人間どもがァァアァァ────ッ!!!」」」
が、当然の運命を是としない者達がいる。
襲ってきた人間たちと戦い、掛け替えの無い
いま、彼等の心には様々な想いが渦巻いていた。
4年前と同じ勇者に再び襲われているという恐怖。
同時にまたも奪われようとしている事実への怒り。
自分たちが失った以上のものを奪い返してやりたいという憎悪。
そして、ジェイドから受け取った最後の命令の胸に────可能・不可能に関わらず、成し遂げなければならないという決意。
「えェェェ、何故止められない!? お前たちのどこにそんな力があるんだァ!?」
盾を構えていた数人の人間が魔物たちの一閃で吹き飛び────指揮官の道化師が悲鳴をあげる。
忠義を誓った魔物も、40名も居れば……感情の種類も、量も差がある。
大きすぎる恐怖をなんとか克服しようとするゴブリンがいる。
逆になんとか怒りを抑え、冷静に戦り遂げようとするコボルトがいる。
だが、みな当たり前のように共通している部分があった。
このままここで全滅してしまっては、死んでも死にきれないという意地だ。
「人間も大したことないワン! コボルトだけでもなんとかなったワンね!」
「お父さん調子に乗りすぎ! 矢きてるよ!」
「おぉいお前ら! 魔王さまのところまで矢が飛んできてるぞ!もっと気合入れて叩き落とせェ!!」
「「「無茶いわんでください、隊長!!」」」
「口応えするなァァ! ほらほらまた来てるぞ、魔王さまに無礼を謝罪しながらせぇぇぇーのォ! 叩き落せェェェェ!!」
「「「イェッサァー! 魔王さま、帰って一緒に畑仕事しましょうぜ!!!」」」
「よくぞ言ったボンクラども! 帰ったらお前ら全員鍛えなおしだァァァァァ!!」
疑うまでもなく、気持ちはひとつ。
家族のような温かさを、探さなくても感じ取れる。
だから────もし、仮に。
「……お前ら……」
一丸と呼んで差し支えない生きた軍隊……
そんな魔物たちの中にひとりだけ仲間外れが居るとしたなら。
それは如月綾人という異世界人をおいて、他に居ないだろう。
ああ…………そうだ。
ここに来て。
この死地において、なお見捨てず俺を護ってくれる魔物たちを見て。
これを信じなければ何を信じるのかというところまで来て。
…………ようやく俺は、理解せざるを得なかったのだ。
俺がいかに、自分しか信じていなかったのかということを。
異世界転生をして……自分にチートが無いと嘆いていた。
自分の無力を嘆くばかりで、他者に害されることを恐れ続けた。
だからうまくいったのは、首尾よく魔獣を殺せた最初だけ。
あとは周りから差し伸べてくれた手に盲目で、孤独を嘆いて萎縮するばかりだ。
うまくいかないことを環境のせいにして、あろうことか異世界転生した架空の物語たち────主人公という幻想にまで嫉妬した。
本当は……こんなにも暖かな
なにもない。
如月綾人は本当になにもない、つまらない男だ。
力が無いのは、自分で力を拒絶していたから。
本当の敵がいるとするなら、それは勇者なんて大それたものじゃない。
天を仰いで自嘲する────俺を孤独にしていたのは俺だ。
不意に、ぎゅっと手が握られた。
「だめ、アヤト。そこまで自分をせめないで」
ラピスの言葉は、まるで俺の心の中がわかっているみたいだった。
「アヤトが今考えてるとおり、魔物たちはあなたのことが大好きだった。
あなたに……私のために仕方なく嘘をついていたのは、アンブロイドひとりだけ。そしてもし自分の都合でアヤトを騙し続けた、悪い魔物がいたとするなら────それはただひとり、私だけ」
自分の都合で騙し続けた?
ラピスが?
いや、そうか。
…………俺は勘違いしていたのか。
「────アンブロイドは私に友達が出来るように、心を読めるのは自分だという嘘をついた。心を読んでしまうせいで疎まれ、故郷を追い出された私に…………はじめての友達をつくるために」
「いや、実際にアンブロイドは俺と会話してただろ……それだと辻褄が合わ──」
────ない、わけじゃない。合う。合わせる方法がある。
<
通訳をするように、俺の意思をアンブロイドに渡せば会話は成立する。
ラピスは頷いた。
「……でも結果、私はアンブロイドにもアヤトにもすごく迷惑をかけた。アンブロイドが心を読めるという情報が、必要以上にアヤトの恐れに繋がった」
「それは…………」
無い、と言えば嘘になる。
心が読めるという能力は……俺の中で確実に、アンブロイドという存在が……なんだか遠く、どうしようもないものに見える一因になっていた。精神支配の魔術の存在さえ警戒した。 ……逆に、恐ろしいと感じるアンブロイドのもとで、懸命に自分を磨くラピスには……尊敬と、親しみすら覚えた。
「今このときまで言えなかったのは……アヤトだけじゃない」
「……ラピス」
「ううん、私のほうが卑怯者。
だから、アヤト。どうか……私のはじめての友達を、嫌いにならないで」
………………。
俺は…………
……………………俺ってやつは…………本当にどうしようもねえな。
俺はぎゅっと、ラピスの手を握り返す。
「……それ、ラピスにも言えることだな。どうか、俺の大好きなお姉ちゃんを嫌いにならないでくれ」
「!?」
「なんてな」
赤面、もにょもにょ、羞恥────豊富な表情を浮かべたあと、ラピスも手を握り返してくれた。
「一緒に帰ろう、ラピス」
「うん」
「俺たちは」
「私たちは」
「「家族だ」」
……。
………………。
「う”ぇっお”え”う”え”え”あ”あああああ”ああ”あ”ん」
気づくと、目の前で隊長が号泣していた。
当惑していると、ラピスから通訳が入る。
なんていい話なんだあああああと言っているらしい。
俺とラピスのやり取りは、全て周囲に聞かれていたのだ。
当たり前だよね。
護衛対象として、部隊の中心にいるんだから。
「う”ぇっう”ぇっう”ぇっ」
「「「隊長! 泣いてないで矢を落としてください!!」」」
「や”か”ま”じい! お前らだってちょっと泣いとるじゃないか!」
「「「う”ぇっお”え”う”え”え”あ”あ無理だあああ実は俺たちも涙で前がみえねえええええ!!!」」」
「ワゥ!? とっ、とんだボンクラどもワン! コボルトたち、代わりに頑張るワン!」
「「「う”ぇっお”え”う”え”え”あ”あワォワォーーーー!」」」
「ワァ────い……コボルトたちもみんな泣いてるワーン……もうヤケクソワン!ミワシロひとりで何とかしてやるしかないワンォォォ────ゥオラクソ人間ども、かかってこいやァァァァァァ!!!」
「うわー! お父さんがキレたの久々に見た!」
気付けば……。
「ははっ……」
暖かな魔物たちに囲まれて、俺の顔が形作っていたのは、笑顔だった。
(ダメだな。さっき猛省したばかりだってのに)
こんな奴らと一緒にいたら、いつの間にか笑っちまう。
「────ラピス。ガドルク。聞こえないかもしれないけど、アンブロイド。ミワシロ、ワンコ、ゴブリンとコボルトのみんな……」
どうか────なんて、とてつもない我儘を言っているのは分かっている。
けど、どうか……
「……どうか、バカな俺に、もう一度チャンスをくれ。……もう一度、お前たちと過ごす
そんな、俺の情けない言葉に。
さっきまで浮かべていた涙がウソみたいに、魔物たちの表情が引き締まる。
「……聞いたかお前たち。待ちに待った、魔王さまからはじめての命令だ」
静寂すら感じる間の中で、隊長の声が強く響いた。
「行くぞ新生魔王軍……魔王さまの敵を蹴散らせェェェェェ────ッ!!!」
ウオオオオオオオオオォォォォ!!!
地を震わすような鬨の声を聴き、俺は確信する。
────こんな頼もしい仲間たちに、勇者ごときが勝てるわけない。
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