本当の敵 (1/2)
「仮にも魔王の夜会なのです。身なりはしっかりとしなくては」
得意げなアンブロイドの声が同じ目線から掛かる。
「むぅ。アヤト、おっきすぎる」
ラピスの声は下から。
「魔王さま、立派になられて」
隊長の感極まった声まで、下から。
そう。
俺はいま、アンブロイドの魔術により身長160cm余りほどの青年となっていた。
立派な仕立てのローブを着せられ、それなりな外見になっている。
「肉体を一時的に成長させる魔術です」
「意味がわからない」
「まぁ、幻術のようなものだと思っていただければ」
「────ねえアンちゃん、こんなの使えるんだったら言葉喋れない赤子時代の俺の苦労は何だったの」
「アンちゃん……。いえ、その魔術は解呪せず放っておいても3日続くかどうかですし……それによくないと思いますよ。本来の自分とは違う肉体の動きに、最初から慣れてしまうというのは」
「それはまあ、確かに……」
説明によると、全くのデタラメの姿というわけではなく、15歳くらいの俺の姿らしい。手のひらの開閉を繰り返すと、まるで自分の肉体のような感覚が返ってくるのだから不思議だ。
「これからしばらくは、魔王さまにはその姿で生活していただきましょう。当日までに慣れていただく必要があります」
「まあ、大丈夫だと思うけどな」
試しに軽く運動をしてみると、如月綾人のときの肉体を動かしているようで懐かしい気持ちになる。
快調だ。
「む~」
ふと見下ろすと、ラピスが不満気にこちらを見上げている。
可愛かったので抱き上げた。
「!? ……おとうとのクセになまいき」
「はいはい、たまにはいいだろ、お姉ちゃん」
絹糸のようなラピスの髪を撫で続けてみる。
「うー、それはおねえちゃんが、おねえちゃんが、うー…………ふにゃ」
溶けた。
「アヤト、いいにおい」
どうでもよくなったらしい。
ラピスはそのまま抱き着いてきた。
俺もしばらくお日様の匂いがするラピスを撫で続けた。
「コホン、それで当日の交通手段なのですが」
二人の世界に入っていたところをアンブロイドに引き戻される。
「頼り切りのようだが……<
「ディアスポアの城近辺は転移対策がしっかりしていますし、別の足を用意しておきたいですね」
「となると車両……馬車とか?」
「それだと<浮遊>を使うのと大差ないので……今回はこちらを使います────<
聞いたことのない魔術とともに、巨大な魔方陣が空に描かれた。美しささえ感じるその文様を縦に割るように、巨大な何かがどすんと地に落ちる。
「これは……車、なのか?」
「魔導戦車と呼称されています。ヒネリの無い名前ですがね」
アンブロイドが取り出した巨大な車両────飛行船クラスにデカい何か────を見て、俺は言葉を失っていた。
「では魔王さま、当日はこれに乗ってディアスポアのもとに向かいましょう」
「ねえ、アンちゃん?」
「アンちゃん……なんでしょう」
「こんなのがあれば、コボルトの村への貿易とかクソ余裕だったのでは?」
「確かに使えば余裕かもしれませんが……走行に要する秒間の消費MPが激しすぎて、とてもそんな用途には使いたくなくなりますよ?」
「いやいや~、そうは言っても実は凄い技術が仕込んであって大して使わないでしょ!」
「6000MP/秒です」
「失礼しました」
俺の全魔力が1秒程度で枯れる計算だった。
「そんな乗り物だれが使えるんだよ……」
「普通は複数人の魔術師で運用しますね。予め魔力を込めておくことで何をしなくても1時間程度は走行しますが、魔力のロスが大きい方法なのであまり効率的ではないです」
「なるほど」
「一人で運用できるのは、私の他には何人いるでしょうね。成熟した魔王なら出来る可能性は高いですが」
アンブロイドはできるんかい。
まぁ出来ないとこんなの取り出さないよな。
確かアンブロイドの持っていたのは<MP自動回復Ⅹ>だ。
ということは10レベルまでいくと、秒間6000以上は回復してるんだな。
そういうステータスなのも凄いし、私物として戦車を持ち出すのも凄い。
俺も早くこういうレベルになりたいが……遠そうだ。
◆◇
そうして訪れた、魔王ディアスポアの夜会当日。
「うわー! なんか見知らぬ人が居るワ……ゥ? ん? この匂い! まおうさまー! まおうさまー! デカくなりすぎ! なんか悪いもの食べた!?」
「食べてない!」
はしゃぐワンコを押しのける。ともあれ……俺たちへの好意から、コボルト族も応援として同行してくれることになったのだ。
こうしてアンブロイドの私物らしい魔導戦車なるものに乗り、ディアスポアの住まう古城に向かう戦力は────
俺、ガドルク、アンブロイド、ラピスに、ゴブリンたちが30名。
応援としてミワシロ、ワンコとコボルトたちが10名。
村の防衛もあるため全員とは行かないが、50名近くが同行する大所帯となった。
旅路は特にトラブルもなく一時間近くで目的地の周辺に到着したようだった。
車両が停止し、アンブロイドが運転席から離れる。
そして俺とラピスのもとに近寄ってきた。
「魔王さま、お渡しし損ねておりました。……これを」
アンブロイドから、俺とラピスにひとつずつ手渡されたのは白い腕輪だった。
「これは……魔道具か?」
「はい。簡単に申しますと、お二人に私の魔力を通しやすくする腕輪です」
「魔力を通しやすく?」
「はい。魔王ディアスポアの居城は、先日も申し上げましたが転移阻止の魔術が張り巡らされております。この転移阻止の効果は城の外から中に入るものを防ぐ効果が最も強いですが、中から外へ飛び出すものを防ぐ効果は少々弱いのです」
「つまりこれがあれば、強引に転移が可能になるのか?」
「はい。使い捨ての割に高価な魔道具なのですが、その腕輪があれば有事に魔王さまを安全な場所に転移できると思います」
「なるほど……」
付けるのが少し怖い。
もし俺を害することの出来る他の効果だったら。
いや、語った通りの効果でも、もしアンブロイドが他の魔術を使ったら?
しかし横でラピスが何の疑いもなく「わかった」と腕輪を嵌める。
そうなると、俺も付けなきゃならない空気になるわけで。
「ありがとう。いざというときはよろしく頼む」
言葉だけ礼を言って、俺も白い腕輪を嵌める。
……クソ、流されてるな。
いや、俺も今日のために準備はしてきている。大丈夫、なはずだ。
「ありがとうございます、魔王さま」
腕輪を付けたのを見て、アンブロイドが笑顔を浮かべた。
深く、心からうれしそうな笑みだった。
◇◆
魔導戦車を降りると、深い森が広がっていた。
夜の闇も相まって、はっきり言って不気味だ。
「趣味の悪い庭ワン」
ミワシロが吐き捨て、周囲のゴブリンたちも同意した。
薄暗い森に、細い道が辛うじて続く。
数度がさがさと草が擦れる音がする度、コボルトが矢を放ち、ゴブリンが石を投げた。遅れてどさりと、蝙蝠のような魔獣が地に落ちる。
「やたらと魔獣が多いな。整備していないのか?」
怒りを隠さずに隊長が言った。
間を置かずにミワシロが同意する。
「これだけ趣味の悪い森をそのままにしている魔王ワン。魔獣をペットにするゲテモノ趣味を持ち合わせていても、何もおかしくないワンね」
「違いない。芸術品を愛でる前に客を招く庭から手入れして欲しかったものです」
「効率的に言っても、木を間引き一部を畑にしない理由が理解できないワン」
「ハッハ、合理的なコボルト族にお任せしたほうがこの地も喜ぶでしょうな」
「ワッハッワン」
剛毅に笑う二人。
魔王ディアスポアに聞かれて関係が拗れちゃったらどうすんだと思いつつも、俺も疑問に思っていることではある。
ディアスポアの居城はもはや眼前にある。
城の周りともなれば、ここはもう居住区のはずだ。
なのに、これだけ近いのにも関わらず魔獣が出現する。
ディアスポアは魔獣と言葉を交わすなど、何か解決策を持っているのか……?
違和感はそれだけではなかった。
「門が開いている……?」
奇妙だった。
こちらを歓迎するようでもなく、しかし城門は半端に開いているのだ。
城門に向け数歩歩んでも、周囲から応対をする人影は見えない。
「なんだこれは、本当に魔王さまを出迎える気があるのか?」
ぎり、と音がなるほどに隊長が拳を握りしめる。
周囲のゴブリンたちも怒っている様子だ────が。
「いえ、
アンブロイドがそう言うように……俺もまた、奇妙な感覚があった。
ボタンを掛け違えているかのような。
根本からなにかを勘違いしているような。
「なんだ────貴様ら、この廃城に何か用か?」
果たしてその感覚は、
古城の屋根にいつの間にか座っていた男の声で事実として結実する。
黒の長髪を、乱雑に後ろで縛った偉丈夫。
その顔つきは穏やかであるようで、瞳の奥にある光はどこまでも鋭い。
この男は何者なのか……そんなこと、何一つわからない。わからないはずなのに、神経は奇妙に脈打ち、ひとつの事実を俺に伝えようとしている。
「……お下がりください、ネフライト様。あの男は……。」
言いながらアンブロイドが俺を男から隠すように前に歩む。
いや、でも、たぶん……無駄だ。
こちらが直感的にあの男を理解したように、あの男もまた俺のことを把握している。そういう宿命だと理解できてしまうのだ。
「ああ……お前、魔王か」
だから俺を隠したアンブロイドの努力虚しく、悪い予感を裏付けする男の声が響いたときにも、俺はだろうなとしか思えなかった。
「そういえば宴の準備をしていたようだったな。お仲間に会いにきたのか? ────そら」
男から何かが投げられる。
滑稽に空中で回転しながら、それはどさりとアンブロイドの前に落ちた。
「……魔王……ディアスポア……」
アンブロイドが呟く。
眼前に落ちる生首の表情は苦悶に歪み、断末魔の瞬間を切り取ったようだ。
そして……この生首こそが、俺の勘違いを明確に指摘する最後のピースだった。
────考えてもみれば、当然の帰結である。
俺が魔王の因子を抱いたときから、どうしてコレを想像し得なかったのか。
魔王の敵が魔王などと三文芝居いいところ、勘違いも
神に波乱を身に刻まれ、魔王として地に落ちた。
ならばこの身の、魔王の敵とは
「────お前は、勇者か」
「────その通りだ、無名の魔王」
瞬間、背後に茂っていた森林が爆ぜた。
視線を投げれば、武装した人間の兵士たちが数十人。
古城の死角からも次々と武器を持った人間達が現れ包囲網を形成する。
「我が名は
静かな月光が、抜刀した勇者の刀剣に鈍く反射した。
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