鎮魂歌

 魔王ディアスポア。


 見た目は人間の青年のような、若々しい外見をしているらしい。

 が、俺のような新興の魔王ではない。少なくとも100年をこの世界で生き、数多くの魔物を従えている。耽美なものが好きで数多くの芸術品を収集。配下の魔物の族長を呼び寄せ頻繁に夜会を開くのは、親睦を深める以上に自らの芸術品を見せびらかしたいからだという噂がある。


 本人の実力も凄まじく多種多様な魔術を使う。加えて配下としている魔物たちとは別に、親衛隊としてパラディオンと呼ばれる美人揃いのメイドさん戦闘集団が居るらしい。百年もヌクヌクと育ってメイドで親衛隊まで作っちゃうなんて、まあなんて羨ましいって感じ。実際クソ妬ましいぞこの野郎。


 魔獣の群れフロードをけし掛けられた恨みやらメイド集団に対する妬ましさやらで正直ぶち殺してやりたい奴だが────。


 それでも、ディアスポアと敵対することは今は避けたい。


 魔獣の群れフロードとの闘いを見る限り、隊長たちの戦力は高い。しかし俺が皆の人心を全くと言っていいほど把握していない。リザードマンとハーピーの一族は俺の実力を認めていると思えないし、そうなると友好的なコボルト族が参加してくれるかどうかだ。おまけに俺は身の回りにいる隊長や、アンブロイドの方針さえよくわかっていないのだ。


 戦力が消耗しているいま戦いたくないと周囲には説明したが、のが悲しいことに実情だ。


 友好路線を取るとなればディアスポアの御眼鏡に適う芸術品を持ち寄り御機嫌を取ることも視野に入るが、俺に芸術品オタクを唸らせる審美眼があるかと言われれば全くないし、そもそも芸術品を手に入れるツテもない。

 

 熱意の歩み寄りというヤツで説得するしかない。

 ない、のだが……それは俺側の陣営が許さない。


 例えばコボルトの村に持ち寄るような貿易物資をディアスポアに持っていこうかと提案したら、隊長からは「停戦の方針には同意いたしますが、こちらが喧嘩を売られたのです。賠償を求めこそすれ、魔王さまがへりくだる必要は何一つございません」と言われ却下。

 

 駄目元でアンブロイドに聞いてみても「策を弄する必要はございません。私が行くだけで充分に牽制になると思いますが」と取り合って貰えない。


 結論。敵対は出来ないが、交渉も満足できないことになる。


「どうすりゃいいの……」


 村はずれの丘で体操座りで黄昏たそがれる俺を、どうか今は責めないでほしい。

 こんな事やってる暇なんて無いっていうのは分かってるんだけどな……


「いや……へこたれるな、俺!」


 ここで不安に圧し潰されれば、それこそラピスに甘えたあの日と同じだ。

 二度も幼女の手を借りるわけにはいかないだろう。


 どうすりゃいいもクソもない。なんとかして生き残らなくてはいけないのだ。10日しかなくても、必死に訓練することで僅かなステータスの差が俺の命を繋ぐかもしれない。


 思いつくあらゆる訓練をして、生き残る対策を講じよう。

 大丈夫。一年半ゲロを吐き続けたのだ。

 これまでと同じくがむしゃらに、何とかしてみせる────そう、


 ヤケクソだ!!


 俺は夕日の丘に立ち上がり、夕日に向かって叫んだ。


「ウオオオォォ────ッ! 絶対に生き残ってやるァァ─────ッ!」


 男のアツい血潮が、身体を巡っているのを感じていた。


「!?」


 突然叫びだした俺に近付いてきていたらしいラピスがびっくりして転んでいた。

 

◆◇


 余談であるが、叫ぶ俺の様子を更に2人のゴブリンが見ていたらしい。


「魔王さま、どうしたんやろな」


「慌てて妙なモンでも食ったんじゃないか。魔王さんも大変らしいし」


「そりゃマズいな。隊長にとびきりの薬をお願いしておくか」


 その日の夕飯。ただでさえマズい夕飯の中に、とびきりの一品が追加されるという不幸を俺はまだ知らない。


◇◆


 古城の玉座に、銀髪の男が退屈そうに頬杖をついている。


 黒を基調とした豪奢な服に身を包んだ、美しい顔立ちの男だ。

 その男を中心に、見目麗しい十人のメイドが侍る。

 

「────魔王ディアスポア様。御報告が」


 魔王と呼ばれた銀髪の男の下に、緑髪の男が歩み寄った。


「何事か、ルタナ」


 ルタナと呼ばれたその緑髪の男もまた、黒の執事服に身を包み一点の隙も無い印象をその身に纏っている。


「仕込みを行っていた大型魔獣の件についてです」


「狩られたか。それはまた随分と……遅かったな」


「ハッ。あちらの陣営は大した力を持っていないようですね」


「フン、いかに新興であろうとここまで時間をかけるとは……情けないことよ」


 ディアスポアの薄い唇が嘲笑の形に歪み、その間からは鋭く尖った犬歯が覗いた。


「有能であれば引き入れる事も考えたが、どうやらただの蛮族のようだな」


「残念ながら仰る通りかと」

 

「奴らのなかに見目麗しい女は居たか?」


「ひとり、幼いですがラピスというダークエルフの美しい少女がおりました。ですが、他は殆どが加齢を重ねた保存状態の悪い女か、獣臭い魔獣崩れです」


「つくづく貧しいやつらだ。が、よい。そのダークエルフの少女のみ我が目に適えば吸血し、親衛隊パラディオンの末席に加えるとしよう」


「魔王さまの御心のままに」


 吸血。


 吸血鬼の一族たるディアスポアの能力のひとつであり、その名の通り実際に牙を対象に突き立て血を吸うことで成立するスキルである。


 体力やスキルの一部吸収など様々な効果があるが、最大の効果は吸血された対象を眷属に出来ることにある。吸血された者は一切の思考の自由を奪われ、ディアスポアを主として崇拝し、嬉々として命令に従う奴隷に変わる。


 メイド服を着て侍る親衛隊パラディオンの面々、その首筋には例外なく吸血痕がある。彼女たちは例外なく最初はディアスポアを嫌悪し、気高く彼に立ち向かった女達であった。しかし今は例え鞭打ちを受けようが、火で炙られようが主から与えられた感覚であれば至上の快楽として受け入れる人形と化している。


 幸い、現在の親衛隊パラディオンには褐色の肌を持つ者はいない。案外良いアクセントになるであろうとディアスポアは唇を軽く舐めた。


「魔王さま、もうひとつご報告が」 


「どうした」


「近頃この城の近くを、無礼な人間どもがうろついているようです。恐らく冒険者の類かと」


「…………フン、丁度良いではないか」


「は。丁度良い、ですか」


「その人間ども、全員捉えて例の魔王の夜会に出してやればよい。我には人間の肉など不味くて敵わんが、田舎育ちの舌には充分であろうよ」


「非常によい案かと思います。ディアスポア様の暖かなお気遣いに、むせび泣き忠義を誓うことでしょう」


「フッ……ついでだ。その人間どもに俺自ら鎮魂歌レクイエムを奏でてやるとしよう。親衛隊パラディオンアインからアハト


 ハッ────8つの女性の声が、一糸乱れずディアスポアに応答する。


「夜会に向けて準備運動変わりだ。人間狩りに出るぞ。ついてこい、人形ども」


 その身に莫大な魔力を漲らせる、魔王ディアスポアに、頬を染めた8人のメイドが追従する。

 

 夜会の日は、刻一刻と近付いていた。

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