深紅の便箋

 リザードマン部隊を救出した後の戦いは簡単に進んだ。


 あの後、隊長達ゴブリン部隊はリザードマン部隊を伴い迅速に戦線を離脱。


 敵味方の距離さえ離れてしまえば、対空射撃を持たない魔獣の群れは攻撃魔術師に対し成す術がなくなる。当然の帰結としてノルンと俺(と言いたいが7割がたノルン)がひたすら魔術を連打することで鎮圧に成功。


 戦いは終わった────が、喜んではいられない。


 この戦いは言うなれば最初から負けている。戦闘の内容こそ圧倒的と言えたが、護るべきであったリザードマンの村は援軍到着時には既に壊滅状態。生活基盤は壊れ、復旧には少なくない時間を要するだろう。


 そして村の状況が万全ではないということは、体制の立て直しの為に指揮系統が平時通りに行かず、異常事態への対応や情報の伝達が遅れるということを意味する。もし立て続けに魔獣の群れフロードが発生すれば、いつの間にかリザードマンの集落が全滅、それにより魔獣の生息域の拡大、周囲の村へ突如として襲い掛かる魔獣被害の拡大……など、負の連鎖が起きることが危惧されるのだ。


 ────課題が多い。


 更に悪いことに、戦闘後に各村の代表者が一堂に会する場で、リザードマンの族長レオンと俺が直接話すことで、よりその懸念は増すことになった。


「お前が新たな魔王候補か……まだ稚児ちごではないか」


 赤い鱗で身を覆った逞しいリザードマン。

 見た目だけは隊長以上に頼もしいが、俺を見て落胆も露わに吐き捨てる姿を見て、正直印象は最悪だった。いや、ある意味で俺を見たときの反応としては正しいのかもしれないが……。


「飾りの旗に集う気はない」


 余りにも礼を欠いた言葉のみを残し、踵を返すレオン。

 他の参加者────ガドルク、ラピス、ミワシロ、ノルンらの表情にも緊張の色が浮かぶ。


 ……事前の話からリザードマン族に性格の問題があるのは把握していたが、まさかここまでとは思わなかった。


「別に、傘下に入れと言っている訳じゃない。今後に備え復旧の援助をしたいと言っているだけだ。これによって無理な要求をするつもりもない」


 リザードマン側から見て、これは明らかにおいしい要求だ。

 普通に考えて、断る理由なんて無いと思うんだが。


「幼子よ。悪いが話にならん」


「……理由を教えて欲しいんだが?」


「如何なる時も我々が欲しいのは援助ではなく戦場だ。ジェイド殿の頃からな」


 ……ワケがわからない。

 わからない、が……結果として俺の言葉では、コイツの足を止めることはできなかった。ここからもう一度レオンを引き留めたのは隊長だったが────


「おい、レオン。魔王さまをここまで貶めて覚悟は出来ているのか?」


「覚悟とは笑わせる。俺にはお前が覚悟を持っているかどうか、それがわからん」


「どういう意味だ」


「ガドルクよ、お前こそどうしてこんな幼子に従っている? お前ほどの強者が」


「理由が必要か? お前には理由が必要なのかもしれんが、少なくとも我が忠にそのようなものは不要。魔王さまに仕えることこそがただ、我が至上の喜びだ」


「ハッ、理屈屋のお前らしくもない。俺がそこの幼子ならば、理由なく強者に忠を捧げられても恐ろしいだけだがな」


「貴様……それ以上は、いくら長い付き合いといえど考えがあるぞ」


「……ほう。考えとは何だ? お前が我が一族を滅ぼしてくれるというのか?」


「…………狂戦士め」


「クックッ、俺としては願ってもない死闘だ。なら布告抜きで構わんぞ。俺はいつでも待っている」


 結局、隊長の言葉にもレオンは止まらず、会議の場から立ち去って行った。 

 いや、なんというか……うん。

 滅びてしまったほうが良いんじゃないだろうか、あれ。


「申し訳ございません、魔王さま。あれで仲間に引き入れれば役に立つとは思うのですが」


「そうなのか? 敵が奴の性格を把握していれば簡単に裏切りそうだが……」

 

「奴は武人です。一度仕えれば主か自分が死ぬまで忠は切れないでしょう」


「そうなのか?」


 俺の知る武人とは、むしろ裏切りを躊躇わないイメージだ。この世界の歴史ではないが三国志や戦国時代は事実、裏切りに満ちている。それに……


 ────俺がそこの幼子ならば、理由なく強者に忠を捧げられても恐ろしいだけだがな。


 レオンの人格は好きになれないが、この言葉だけは同意できてしまう。

 俺自身、隊長にぶっちゃけて「どうして俺に仕えてくれるの」と聞いたことはある。その度に「理由などございません。貴方様は魔王さまです」の一点張りなのだ。


(だが……俺が何を不安に思おうが関係なく、俺の力は足りない)


 今回の戦いでそれを再確認した。誰も彼も俺より遥かに強い。

 魔物の誰かが何らかの動機で俺を害そうと、ふと思うだけで……それだけで軽く死ぬ存在なのだ、俺は。


 まったく、自分の非力さが嫌になる。


(俺だって一刻も早くストレスフリーな強さを手にいれたいし、それまで待ってほしい! 俺だって!俺だって! 異世界で流行りのスローライフをしてえんだよぉ!)


 そう心の中で愚痴る数瞬後。

 俺は早くも、現実を叩きつけられることになる。


 俺の目の前に光が降り注いだ。

 見覚えのある<短距離転移魔術ブリンク>の光だ。長くを待たず、光の中からアンブロイドが現れる。


「あら、皆様お揃いのようで。魔王さま、巨大魔獣は確かに仕留めてきましたわ」


「アンちゃん御苦労様、何事もなかった?」


「いえ、ありました」


「それはよかった」


「ありました、魔王さま」


 スルーできなかった。


「…………何があったんでしょうか……」


「大型魔獣を倒したところで、妙な魔術が発動しまして」


「アンちゃんに何かあったの?」


「いえ、私には何も。ただ、空から手紙が落ちてきまして」


「手紙?」


 大型魔獣を倒したら、空から手紙が降ってきた?

 どういうことだ、新手の手品か? あっ……いや、それって。え?

 ひょっとして冗談を言っている場合じゃなくて……


(────マズくないか)


 俺の戦慄に同調するように、アンブロイドが溜息と共に俺へ何かを手渡す。

 震える手で、掴んだ何かを見る…………洒落たデザインの、深紅の便箋。


「罠の可能性を警戒し、先に内容を確認いたしました。結果は罠の類などなく、文章が書いてあるのみ────、恐らく魔王さまが想像されている通りの内容が書かれているかと」


 アンブロイドの言葉なんて、最後まで聞けなかった。内心に恐慌が巻き起こり、俺は半ば破りながら中身を取り出した。



 ──────────────────────────────

 

 親愛なる魔王候補殿へ。


 余興は楽しんでいただけただろうか。


 此度の困難を乗り越えた君に、とっておきの夜会を用意している。

 御馳走を囲み、どうか互いの友誼を誓おうではないか。


 仔細は以下に記す。称号に恥じぬ決断を期待している。 


                 ──────魔王ディアスポア 


 ──────────────────────────────



 嫌な予感ほどよく当たる、というヤツか。

 これまでの俺が得てきた情報が、最悪の形で現状と結実してゆく。


 今回の魔獣の群れフロードは偶然の産物ではない。おそらく巨大魔獣を何らかの方法で使役し、意図的に誘発したのだ。それを起こした黒幕は、行間を読むまでもなく────ディアスポアと名乗る魔王。


 そう、俺以外の魔王だ。

 <魔王の因子>は珍しいがオンリーワンではなく、であれば当然力のあるもの、魔王同士には派閥が生まれる。


 今回、こんな面倒な方法を用いてきたのは俺の力を計るためだろうか?


 いや、更に気になるのは。


 夜会……。 


 正直、逃げ出したいのだが。


 欠席すれば────手紙に"互いの友誼を誓おう"と言っているのだから、参加しなければこちらの行動を非難し、即座に全面戦争がはじめる事ができる。


 逆に参加すれば────夜会そのものがこちらを殺し間に誘き出す罠だという可能性がある。


 どちらを選んでも、死ぬ可能性がある。


(いや、それよりも……)


 俺は必至に、思考を自分の中に留める。戸惑いを自分の中に抑え込もうと躍起になる────


 今回の魔獣の群れフロードで、最初に連絡を受け取り、率先して巨大魔獣を倒す役割を請け負い、そして深紅の便箋を持ち帰ってきたのは、誰か。


 全部、アンブロイドだ。


(……もし、アンブロイドが魔王ディアスポアとグルだったら。この夜会こそが、俺に対してはっきりとした処分をするべきタイミングだったとするなら?)


 夜会の開催日には、10日後の日付が記されている。

 俺にはその日付が、自らの命日を示しているような気がしてならなかった。

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