フロード その3

 高度15メートル────前世で乱立していた高層建築物で例えるなら5~6階ほどの高さだろうか。そこからは敵味方入り混じる戦場を俯瞰ふかんできる。……が、いささか高すぎたきらいがある。人の姿は豆粒ほどで、状況の把握自体が困難だ。


「正直、ワケがわからないな。どこを攻撃すればいいやら」


 数百の魔獣と味方が入り乱れる戦場の光景は、状況を把握するだけでも大変だ。


「なあに、庭の手入れと大した差はないぜ。茫々ボウボウとした一角を


 数秒の詠唱を謳い上げ、ノルンから魔術が放たれる。


千切ちぎれ飛びな────<風属性上級魔術 / 風刃嵐舞テンペスト>!」


 戦場の端。混然と魔獣が走り回っていたその一角に、赤い嵐が生まれた。

 局地的に強烈な嵐が生まれ、風の刃が数多の血しぶきを吹き上げたのだ。


 風が止んだ頃、魔術が発動した場所に生きている魔獣は居なかった。

 凄まじい威力だ。

 

「庭の手入れと呼ぶには激しすぎる威力だ」


「比喩ではイメージ出来なかったかい。オーケー、右も左も分からないお前さんにひとつレッスンといこうじゃないか」


「新米ですらないかもしれんが、ありがたいよ」


「学習意欲の高いようで結構。ではまず質問だ、戦場に出陣する攻撃魔術師が理解すべき初歩の初歩があるとして、それは何だと思う?」


「誤射しないようにすることか?」


「大切だが、違うな。正解は己の需要というやつだよ」


「────己の需要?」


「そうだ。戦場に求められる魔術は強力で、無慈悲で、凶悪でなければならない。自らの魔術こそが戦場に顕現する無二の悪夢であるとだ」


 ノルンは獰猛な笑みを絶やさない。


「どうか味方を誤射しませんように────なんてなァ、お優しい気持ちで小規模の魔術を多用する魔術師に意味はない。狙った相手に攻撃するだけなら弓矢を使えば事足りる。小さくまとまった魔術師が、育成コストが魔術師よりも遥かに安い弓兵より存在価値が高いと思うか?」


「……思わないな」


「そうだ。魔術師とはある程度味方を巻き込んででも大規模魔術を撃たなければならない。最大の戦術効果が臨める場所に、迷わず鉄槌を振り下ろす────戦局を動かせない攻撃魔術師なんて塵芥ゴミだ」


「だが犠牲を払わない努力は必要だし……今回は魔獣の群れなんで話は違うが、指揮官や隊長クラスを単体魔術で狙撃したりすることもあるだろ?」


「前半は同意する。その努力を放棄した魔術師はまず、魔術師云々でなく兵士としてゴミだ。犠牲を生まない努力と、犠牲を払う覚悟を兼ね備えること。それこそが攻撃魔術師の資質に違いない────が」


 吐き捨てるようにノルンは続ける。


「後半については、まるで見当外れだ。狙撃なんぞ攻撃魔術師が持つべき役割ではない。重ねて言うが僕たちは、大規模魔術で味方を有利にすることが仕事なんだ」


 話しながら、ノルンは風魔術を再度放つ。

 戦場に再び赤く花が咲いた。


「重要な敵がいる場所にあたりを付け魔術を撃ち込むことは正しい。しかし単体魔術で狙撃する状況なんてほぼ無い。敵さんも指揮官は魔術師をはじめとした優秀な人員や魔道具で護っているのがセオリーだ。低威力の単体攻撃で狙撃スナイプをしたところで期待は薄い。かといって、守りが厚い場所に攻撃を当てるために前のめりになるのも悪手だ」


「悪手と断言までするのか……なんでだ?」


「それは、僕たちが攻撃魔術師だからだな。僕たちは選ばれた人間だとか言っているのではないよ。事実としてのさ────戦場での評価がね。先ほど引き合いに出した弓兵とは育成コストもそもそもの頭数も違う。それゆえ失った場合の損失は莫大だ」


「……なるほど」


「特定の相手に拘って、自分の命をチップにして単体魔術で攻撃する理由が無いんさ。慈善事業をはじめたワケでもないだろ?」


「大体分かった。単体魔術で直接的な利益を求めるのではなく、大規模魔術で敵を削った結果、ってことか」


 正解。ノルンはにこりと笑った。


「付け加えるなら、敵指揮官の位置情報そのものは有益だから、味方に<通信コール>し、勇猛果敢なる戦士たちに指揮官を討っていただくのは悪くない。あともう一つ例外として、自分の命よりも高い命を護るためなら今の話は忘れ、何をやっても構わない────が、どうやらお前さんは魔王らしい。王と釣り合う兵など居らんし、このケースは縁が無さそうだ」


「なるほど……なんというか、楽じゃないな」


「空という安全圏から魔術を撃っているだけかと思った?」


「正直に言って思ってたよ。俺はまだ楽な仕事ができるほうかなって」


 むしろ心には一番のかもしれない。

 犠牲を払う覚悟。

 行動がいくら戦果に対し的確だったとしても、状況によっては味方の指揮官から剣を向けられかねない業がある。


「まぁ、お前さんの認識は今回の戦場に関しては間違いではないがね。いまボクが言ったのは攻撃魔術師のなかでも指導者レベル、同じ攻撃魔術師を率いるに値する素質の話だ。今回はボクが居る。言う通りに魔術を撃ってくれればいいし、お仲間を巻き込む際どい位置は指示しないさ。攻撃の威力を上げることに専念してもらって構わない」


「そう言ってくれると助かるが────」


 いきなりラピスや隊長を吹き飛ばしちゃいましたなんて、シャレにならない。

 そんなことを考える俺は……苦り切った顔でいたのだろう。

 ノルンの言葉に少々の優しさが混ざる。


「まぁ、お前さんは……攻撃魔術師が向いていないかもしれないな。甘すぎる」


「痛感してるよ」


 このような精神性、はっきり言って理解はできても共感はできそうにない。

 他人の命を奪い、責任を取れる人間なんていないと────そういう価値観と法が整備された国で生きてきた。このを拭うことはどこまでも難しいだろう。


「今回はそういう作戦だからお前さんにも攻撃魔術は撃ってもらうが……適職は補助魔術師あたりかもしれないな。まぁ、そんなことを言っても今は仕方がない。まずはあのあたりから攻撃を始めてもらえるかい。<風刃嵐舞テンペスト>はお前さんも使えるだろ?」


「ノルンほど威力は出ないし、連射も出来ないけどな」


 名前:ネフライト=ホロウ 年齢:1 Lv:19

 HP:213/213 MP:5322/5322

 攻撃力:181(E) 防御力:181(E) 魔力:2326(C) 魔耐:2313(C) 敏捷:52(F)

 スキル:<魔王の因子><MP自動回復Ⅲ><ゴッドコーヒー><上級魔術/風><中級魔術/火・風・水><下級魔術/全般> <魔道具作成Ⅱ><薬学Ⅱ>


 最初に使った攻撃魔術として愛着があるのは火属性の<火球ファイアーボール>だが、ほぼ常時<浮遊>を使用している影響で今は風魔術の熟練が上回っている。まだまだアンブロイドの足元にも及ばないが、魔獣の殲滅力はここ半年で向上している。


 詠唱の上放った俺の<風刃嵐舞テンペスト>は大群の一部を捉え血飛沫を上げたが、ノルンのように範囲内すべての魔獣を殺し尽くせはしなかった。


「クソ、数体の魔獣が未だ動き回っているな……」


「いやいや新入り、充分な威力だ。この調子であと何発撃てる?」


「ノータイムならあと4発。ただ4発目を撃つとMPが限界で何も撃てなくなる」


 <風刃嵐舞テンペスト>の威力は凄まじいが、消費MPは詠唱を経由しても何と1000前後必要、無詠唱だと5000も消費する。進化した<MP自動回復Ⅲ>は50MP/秒の回復量だが、現在は限界の高度まで<浮遊>を使用しているからMPはほぼ回復しない。


「オーケー。あと2発撃ったら高度を下げてMPの回復に努めてくれ」

 

「3発じゃないのか?」


「高度を下げたときに想定外の対空攻撃が来るかもしれんぜ」


「余裕を持てということか……了解」


 2発の<風刃嵐舞テンペスト>を撃つ。

 隊長の部隊が戦っている部分を避けた、しかし数分後には合流して脅威になるかもしれない一団を狙う。それからは指示通りに高度を下げた。


 こうしれ俺のMPが徐々に回復し始めるが、その間にもノルンは上位魔術を撃ち続けていた────強者との差はまだ遠いようだ。


(上を見ればキリがない、と自分を甘やかしたいんだが。まだまだ上が多すぎて怠けるには怖すぎるな……)


 もっともこのまま天空で魔術を連打する姿を見ていても仕方がない。

 高度を下げれば、少しは地上の状況も分かってくる。

 ため息をひとつ、俺は地上の戦いの様子を見守ることにしたのだった。

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