フロード その1
コボルトの村との交易担当になってから半年ほど過ぎたころ。
「……
険しい表情の隊長から、聞き慣れない言葉を聞いた。
「はい。北のナグハイム平原で突然変異の大型魔獣が発生し、そこから避難する形でレッドボアが群れを成し大移動しているようですな……レベルは15前後ですが数が凄まじいと。北部のリザードマンの村が巻き込まれ、<
<
「リザードマンの村の被害はどうなんだ?」
「詳細は分かりませんが、数人の死者と怪我人。更に家屋がいくつかと畑も一部やられたそうです。アンブロイド殿は大型魔獣の処理に出向いております」
生活基盤がやられたのか。
まるで地震や台風などの天災のニュースを聞いているようだ。
「
「500体ほどの群れのうちから3割を削り追い返しましたが、餌を求め依然リザードマンの村近辺を周回しているそうです」
残り350体。少々弱体化したが依然脅威はある、そういう数字だ。
隊長は指をひとつ立て、言葉を加える。
「脅威はその数字のみで測れません、魔王さま」
「どういうことだ?」
「今回の状況ですと、
息を呑む。
前者がアンブロイドが対応中の、件の大型魔獣が起こすレッドボア以外の
「そして先ほど、近隣のコボルトの村とハーピーの村の各村長から共同戦線を張る要請が届きました」
「ん? よくわからないんだが……リザードマンの村からは要請がないのか?」
「リザードマンは誇り高い戦士の一族です。どのような被害が出ようと他者の手を借りることを
「すまんが、馬鹿らしい理由にしか聞こえない」
「アンブロイド殿もそう仰っておりました」
隊長はこちらをまっすぐ見て、頭を下げた。
「────魔王さま、どうか力を貸していただけませんか」
「…………。」
遂にこういうときが来たか、というのが本音だった。
胸に生まれた危機感が喉に詰まり、言葉が
「正直に申し上げまして────私はリザードマンたちの誇りに理解がある側です」
ばつが悪そうに隊長は続ける。
「しかし魔王さまは、アンブロイド殿のお話を聞くところによると戦いとは無縁の遥か遠き場所から来た人の身。我等に手を貸し戦いに参加することに抵抗があるかと思います」
「これまでも森で戦闘は繰り返してきたじゃないか?」
「恐れながら、何かを得るための狩りと何かを護るための戦場では意味合いが異なります」
……全くその通りである。
そして、隊長は誠実だ。出会ったときから今までずっと。
俺のひねくれた回答にも、真っすぐな誠意で返してくる。
「……大して役に立たないぞ」
「ご謙遜を。<
「そうなのか?」
「ええ。そしてレッドボアは対空能力を持ちません。脅威がレッドボアのみである間は空を飛び魔法を撃ち続けていただければそれだけで大きな戦力となります」
「なるほど。それなら足を引っ張るということはないのかもしれない。が……正直に言って怖いな」
「頼んだ私が言うのもおかしいですが、魔王さまはまだ幼い。戦場に出る義務はございません。御身を大事とされることも立派な選択のひとつです」
「ありがとう隊長。でもただの愚痴だ、気にしないでくれ。最初から俺にとって選択肢なんてない」
この村が無くなったら、俺はどこに行くのだという話だ。
<魔王の因子>が人間のもとに行くことを許さない。かといって狩りだけで自活するほどの力もない。暖かな食事と寝床を提供し、戦いに選択肢までくれるここは、間違いなく得難い場所だ。
戦場で無意味に死ぬことは怖い────だが、戦場に出ず生きる場所を無為に失うこともまた同じレベルの恐怖だ。俺は自分が納得をするために戦場に出るしかない。
「申し訳ございません。このガドルク、誠心誠意魔王さまを御守り致します」
「構うな。お互い出来る限りのことをしよう」
隊長は一層深く頭を下げる。
「慈悲深き決断を感謝致します。少々……前魔王さまを思い出しました」
「前魔王……。ジェイド殿のことか?」
「ええ、前魔王さまは口癖のように仰っておられました」
隊長は懐かしむように目を細める。
「────どうか、皆で戦おうと。隣人を助けた数だけ、隣人はお前を助けてくれる。それらが積もって絆になり、我々の力は何倍にもなる……そういう場所を私は作ったはずだと」
「ジェイド殿のことは、はじめて聞いた。いい魔王さまだったんだな」
隊長は嬉しそうに笑った。
「ええ、とても」
◇◆
ゴブリン・コボルト・ハーピーの三村の代表、そして戦力が集まる場所として、リザードマンの村の近隣にある草原が提案された。隊長は俺とラピス、ゴブリン50名を連れ参陣を<
「わ~~~~い! ひさびさのアヤトくんだ!」
そこに向かった俺を迎えたのは、おっぱ、いや、ワンコだった。
「こら、やめるワン! ワンコ、魔王さまから離れるワン!」
「お父さんだまって」
「クゥーン」
娘の冷たさにショックを受けたのかコボルトの村長は項垂れている。「昔はお父さんと結婚してくれるって言ってのに」じゃねえよ。娘から尻に敷かれてるのはどうかと思う。どちらかと言うとシリアス寄りでここに来た俺の気持ちを返してほしい。
「貴方が新しい魔王さま候補かい?」
ワンコに捕獲されぬいぐるみと化した俺に、見慣れぬ女性が近付いてくる。
全体的に白いひとだ。白髪に透き通るような銀の瞳。
白い服を着て、人型の身体であるが手は羽毛が生え羽根のようになっている。
「ワンコちゃん、あとでね」
「わぅ!? 逃げちゃった……」
俺は半ば強引にワンコの拘束を逃れ、彼女の下に向かった。
相手は女性であるが、同じ地に立てば背丈は1歳半の俺のほうが遥かに低い。
彼女は微笑ましげに俺の歩く姿を見てから、名乗った。
「ハーピーの族長、ノルンだ」
「アヤトと名乗っております」
「不躾だが、ステータスと違うね?」
ステータスを読み取られた感覚はしなかった。
彼女の魔力値は最低でも、俺の魔耐の1.2倍はあるということか。
「あまり自分の名前が好きではないんだ」
あくまで平静を保ち、口調だけ少し崩して答える。
「ふうん、つまりは通り名のようなものかい? 一歳半の人間族で通り名を使おうとするのは貴方ぐらいだろうな」
「やっぱり変か?」
「いや、面白いものは好きだ」
「気が合うかもな。俺もつまらないものは嫌いだ」
「実に面白いね。まずは同盟関係として今後ともよろしくお願いしたい」
「肩肘張らずの付き合いは俺としても望むところだ。よろしく頼むよ」
ノルンと握手をする。
ワンコとは違う、羽毛のフワッとした感覚が掌を包んだ。
その握手を皮切りに、
「では、戦力を確認いたしましょう。こちら隊長ガドルク、旗下の戦士50名。助勢として魔王さまと、アンブロイド殿の許可を頂きラピス殿にお越し戴いております」
「コボルトの村長ミワシロ。コボルト族の戦士80名を連れてきたワン」
「族長ノルン。御存知かとは思うが頭数が少ないのでね、兵は20だが────魔王ジェイド様の絆を賜った身として戦果を約束しよう」
3人の代表、そして一応俺も頷き合う。
<
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます