御都合主義至上主義
コボルトの村。
ムーンフォークの森の浅部に接した山麓に位置している小規模な村だ。
平野部に畑も見えるが、鉱石発掘に使用しているのであろう坑内掘りの跡が山肌に、加えて木々をまとめて伐採した林業の痕跡が見える。鉱業・林業が盛んであるというアンブロイドの情報を目で再確認しながら、俺は目の前に並ぶコボルトたちとの会話に臨んだ。
「魔王さま、今日はようこそお越しくださいましたワン。私は村長のミワシロと申します」
「……魔王の因子を持つ見習いのようなものだ。今はアヤトと名乗っている」
やたら礼儀の良いコボルト村の村長ミワシロと握手を交わす。
コボルト、正直に言ってかなりイメージと違う。
ファンタジーの中でコボルトといえば、小柄で犬の顔をしたあまり可愛さも賢さもない種族というイメージだった。しかし目の前のコボルトはフカフカの柴犬の顔にモフモフの人型の体が付いている感じで、端的に言ってかわいらしい。
語尾にこそワンが付いているが礼儀作法そのものに違和感は見られず、前世基準で見てもヘタなコンビニ店員より余程しっかりしていそうだ。
「元の担当者が身体を痛めてな。慣れないが何度か資材の取引を担当させて貰う」
「かしこまりました、アヤトさま。今後も何卒よろしくお願い申し上げますワン」
ゴブリンの村とコボルトの村間で結ばれている、資材運搬の契約は10日おきに行われる。運送担当の村は交互に変わり、今回はゴブリンの村が資材をコボルトの村に運んだので、10日後はコボルトの村の方からゴブリンの村に資材の取引にやってくる。つまり今日を無事に終えた場合、俺の仕事は20日後となる。
「早速だが、持ち帰る資材を確認したい」
「かしこまりましたワン。娘を呼びますので少々お待ちください────ワンコ!」
ワンコ?
なにかの呪文か?
「はいはい~お父さんちょっとまって~!」
元気そうな少女の声が遠くから聞こえてくる。
ああ……ワンコというのは娘の名前だろうか。
犬関係の生き物にワンコを固有名詞とするのはどうかと思うのだが……いやでもそれは前世、しかも日本の常識か。
顎に手を添え黙考に耽るうちに、明るい声の主が走り寄ってきた。
……彼女を見た俺の思考が、驚愕に染まる。
「どもども~! あたしコボルトのわんこといいます!」
ぶるんぶるん揺れている。
いや。
ぶるんぶるん揺れている……。
「あれれ? 魔王さま、どうなされました?」
「胸が」
「むね?」
────!?
いかん、俺はいま何を口走った?
「むねがどうしたんです、魔王さま?」
「────き、きみもまた、コボルト族なのだろうか?」
話を強引に転換。
「そだよ?」
だが、俺が驚いているのも無理はないと思ってほしい。
ワンコと呼ばれる彼女、その容姿は村長の柴犬のような外見というよりは人間に近い。ていうか……前世でゲームの中などでよく見た"犬耳としっぽが生えているだけの人間"パターンであった。
そして彼女の開放的な服装は、豊満な胸の北半球を余すところなく晒し、うん。
ぶるんぶるん揺れていた。
俺の驚愕を察したのか、お供のゴブリンが耳打ちしてくれる。
「コボルトは雌雄で全く容姿が違いまして、雌の容姿は人族に近いものになるんです。体格も雌のほうがはるかに大きく……」
なんだそれは。
種族として不思議すぎないか。
なんというか……ファンタジーものとして御都合主義的過ぎるというか。
誰がこんな種族考えた。
俺をこの世界に転生させたあの神か?
神よ、よくやってくれた!
「ていうか魔王さまかわいいね。抱っこしていい?」
言葉の中でこそ許可を求めているが、俺は既に抱き上げられていた。
「あっ……」とラピスが不満気な声を漏らす。
だがそれ以上に焦ったのは、コボルトの村長だった。
「こ、こらワンコ。魔王さまに無礼であるぞ!」
「い、いや。俺は構わない」
このようなことで外交的緊張なんぞ産みたくない。
慎ましく暮らしている魔物たちが、互いに協力し合って生きているなんて素晴らしい環境じゃないか。それが俺に対する無礼程度で崩れるなんて、逆に俺が申し訳ないくらいだ。
「しかし、胸が……」
あ、せっかく流せたのに耐え切れずにまた口走ってしまった。
「魔王さま、さっきも言ってたよね。むねが何?」
心底疑問、と聞いてくるのはワンコだ。
お前のふくよかな胸が俺の後頭部に当たってるんだよ。
柔らかなビーズクッションみたいにな。
「胸……」
ラピスが少し冷たい表情をしながら、自身の胸元をチラチラ見ている。
ああ……
小さいおっぱい、大きいおっぱい。
こことは違う遠い世界、巨乳派と貧乳派が日々殺し合いを続けている。
"大は小を兼ねる、そこに説明は不要なのだ!"と叫ぶ正直者どもと"慎ましやかな胸こそ美徳。
その争いを見て、掌を額に添えて苦悩するひとりの男が居た。俺だ。
(どっちも好きだ……!)
奴らから見れば日和見主義者と罵倒されかねない俺は、その主張を口に出せぬまま鬱屈とした日々を送っていた。いやだってオカシイし、下らなくないか、その争い。お前らまるでプラカードを持った思想集団のように声高に叫んでるけど、どっちもおっぱいが大好き、それから目を離せないただのおっぱい男子どもじゃないか。
男である以上、その魔性からは逃れられないのか……?
いや、違う。
まずいぞ。
現実逃避している場合じゃない。
これは間もなく俺が変態扱いされてしまうシュチュエーションだ。
言い訳を考えなくては。
「む、胸が……亡き母を思わせるのです」
……。
…………お、
おっぱいから逃げるため、思わず最低の言い訳をしてしまった気がする……。
目が覚めたときにはメイドに抱えられてたから母の顔覚えてないし、というかあの燃えてる屋敷の状況全然知らないから生きてるかもしれないし。
適当すぎた。
「グウッ……!」
そう思いきや、なんかお供のゴブリンが瞳を手で覆っていた。
な、泣いてる……。
というかゴブリンの村の者は全員そういう調子だ。
コボルトの村サイドも、どこかみんな暖かな表情を浮かべている気がする。犬の顔だからよくわかんないけど。
「魔王さまかわいい~! もっとぎゅっとしたげるね!」
母性本能を刺激されたらしいワンコが、俺をさらに強く抱きしめた。
言い逃れは成功したが、うわっ、後頭部が、うわ……やわらか……。
このあとワンコに案内して貰い資材倉庫を見た俺が、1トン以上あるであろう鋼材に直面しまた呆然と立ち尽くしてしまったのは別の話。
帰り道は行き以上にゲロったのは言うまでもない。
嘘をついた自分への罰だと思うことにした。
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