かわいい判定
一年が過ぎた今でも、アンブロイドの目的は分からない。
俺から見れば彼女の力は絶対的と称して差し支えない。
訓練の合間、ムーンフォークの森の深層から巨大魔獣が迷い出てきたはぐれを、軽く放った一撃の魔術で屠ったのを俺は見ている。ハリウッド映画に出てくる怪獣のようなバケモノを
彼女ほどの力があれば、魔王という神輿などいらないのではないか?
武力面で不足しているようにはどうも見えない。つまり、育成しはするが彼女の目的は魔王という存在そのもの。魔王という存在を利用して出来る何か。
が、だとすると尚のこと彼女の目的は想像の域を出ず、現状は彼女と利害が一致している自身の戦力強化を続けるしかない。
アンブロイドとの微妙な関係は、まだまだ続きそうである。
「思ったんだけど、アンブロイドほどの実力があれば一部の魔道具ってあまり使えないものにならないのかな?」
現在、アンブロイドの午後の座学は基本的な魔法理論や社会常識は教わった後だったので魔道具の作成に回されている。「魔王さまは四則演算等、基礎的な教養はむしろこの世界の水準よりも高いところにありましたから」、早く卒業出来たらしい。今の俺は手元にある石ころに魔術を込める練習を行っているところだった。
「魔王さま、その一部の魔道具とは?」
「例えば教えて貰った中で、モノに魔法を込めて発動させるタイプの爆弾みたいなやつ。ステータス強化系はアクセサリとしていつまでも使えると思うけど、それよりは優先順位が落ちると思ったから」
「いえ、同じくらい使えますね。むしろ優位な戦場を作るためには必須と言ってもよいくらい毎度使っています」
「そうなの? 意外だな。アンブロイドほど強ければ、全部フッ飛ばして終わりに出来そうだけど」
「格下ならそうですね。でもその程度の相手なら、ステータス強化系の魔道具もまた不要ですから」
「確かにその通りだな。ということは、同格と戦う場合だとどちらも重要になってくるのか」
アンブロイドは頷く。
「魔王さまもある程度魔術が使えるようになったから分かると思うのですが、魔術の発動には必ず起こりがあります。簡単に言って、戦闘中にアイツ今魔法を撃つ準備をしてるな、というのは見ていて分かりますよね」
「そうだね」
「ただ道具というのは、例えばスイッチさえ押してしまえば起動します。勿論魔道具の発動時にも起こりはありますが、それは道具から産まれる起こりであり、魔王さまが警戒している対面の相手の動作から生まれるものではありません。発動場所も、視点も、別の場所から魔術が起こるのです。実例をお見せすれば、こう」
アンブロイドが幾分力を込めて、靴の踵で地面を強く叩く。
すると靴の先端が光り、指向性を持った爆炎が産まれた。
射程内に俺が居たら火傷ではすまなかっただろう。おそらく身体の一部が吹き飛ばされていたであろう威力だ。
「意識の外を狙う不可視の一撃。玩具に過ぎないように見えて我々のレベルにおいても
設置系の魔道具であればブービートラップとして使用出来るし、身体に身に着けているものに付けておけば暗器のように使用できる。なかなか奥が深いな。
「魔王さまが作っているソレだって相手からするとかなり面倒ですよ。ただの石かと思っていたら、実は爆発するのです。本質が見えない攻撃というのはそれだけで恐ろしい」
意味ありげに笑みを作るアンブロイド。
本質が見えない……か。
その笑顔を見て、敵には回したくないなと改めて俺は思った。
「そういえば、コボルトの村に行ってほしいと聞いたけど」
「はい。コボルトの村と行っている物資交換担当がひとり身体を痛めてしまいまして、今回から何度かヘルプに入っていただきたいのです。修練の一環としてあちらの倉庫にあるものをコボルトの村まで運んでいただきたいと考えています」
指し示された建物を見る。
建物にはぎっしりと物品が詰め込まれていた。
「……あれ全部?」
「<
「アンちゃんがベストだと思ったことならやるよ」
「アンちゃん……いえ、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
楽はできなさそうだ。
◇◆
明朝────突然だが算数の時間が始まった。
俺(1歳)の体重はいま丁度10kgである。
俺の適性と技能だと高度等の条件を欲張らなければ、<
更にスキル<MP自動回復Ⅱ>の効果で毎秒30回復するので、俺は自分30人分──
──逆にわかりにくいな。ええと、300kgまでタダで<
そして今回コボルトの村へと運ぶ貨物の重量は、約1トン。
差し引き負担700kg、すなわち70MP/秒の消費である。
俺のMPは出発時点で2592なので、37秒ほどキープできる計算になる。
つまり、荷物を<
降ろして、MP回復のため1分半休憩。
……なのだが、
「オエェェェェエエ!!」
秒あたりの使用MPが多いため、少しでも自分の限界を見誤ると魔力切れでゲロって休憩は1分半では済まなくなる。
ぶっちゃけ効率が悪い。
いつもは手引き車数台を利用して資材を運搬していたらしいが、多分そっちのほうが早いだろう。コボルトの村までは大して遠くなく10km程度の距離であったがそれでも数時間はかかることになった。
「我々は楽なんですが、なんだか魔王さまに悪い気がしてきました」
とはボディーガードで同伴したゴブリンたちの弁。
「オエッ……ハハ、まぁ俺もやると言ったからには最後までやるさ」
「そうですか? 吐いているのを見たら、ちょっと」
「俺の気分の良し悪しで隊長やアンブロイドから罰が下ることはないぞ」
「そういう意味ではなく、うーん」
心配してくれているのだろうか。
すげぇまともなゴブリンだな。
「そもそも、魔力切れで気分悪くなるなんて毎日のことだしな」
「え、魔王さまは毎日吐いておられるのですか?」
「毎日というわけではないが……」
俺がそう言うと同じくボディーガードとして付いてきてくれたラピスが、何故か自慢げにうんうんと頷いた。
「その通り。アヤトとゲロは切っても切れない関係」
「切りたい、そんな関係」
「吐いてるときもかわいいよ?」
「ラピスのかわいい判定はどうなってるんだよ……」
ラピスは全く表情を変えず俺を指さしてきた。
「照れる……」
そう言うと抱きしめられた。超面映い。
ぐだぐだと進む一行。
コボルトの村に着くころにはすっかり昼になっていた。
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