反抗期

 黒い毛皮の中に、真っ赤で鋭利な瞳がふたつ唸っている。

 四肢に備えた鋭い鉤爪は地面を抉り、飛び掛かる機会を今か今かと窺っている。


 ナイトフォックス(Lv33)。

 ムーンフォークの森の浅部と中層の狭間に生息する、獰猛な魔獣である。


 対峙するのは浮遊する少年。

 身体は小さく顔つきもまだ幼いが、やがてイケメンになる素質を秘めている。

 秘めている気がする。とにかく将来有望だった。


 口火を切ったのは少年から。

 初手は<火属性下級魔術 / ファイアーボール>の三連射。


 ナイトフォックスの頭部を中心に扇状に放たれた火球が鋭く伸びる。

 無詠唱ノーチャントで突如3発放たれた火球にナイトフォックスは目を見開くも、すぐに全身のバネを活かし勢いよく横に跳躍し、回避に成功する。


「────地に空に踊る精霊、大地を撫でる奔放な魂たちよ」


 しかし回避される事は少年にとっても織り込み済みだったようで、その着地点にも既に無詠唱ノーチャントの火球が飛んでいた。ナイトフォックスは身を捩って回避、直撃は免れたが掠めた炎が毛皮を強く焼き、ダメージは軽くない。


 ギャアアアオ!


 怒り狂ったナイトフォックスが、牙を剥き出しにして少年に迫る。


 少年とナイトフォックスの距離は20メートルほど。


 当然火球が何発も放たれ直線距離での移動は防がれるが、己の身体ひとつで自然を生き抜いてきた野生の獣の反射神経は半端ではない。ジグザグに動き回避、緩やかにだが確実に距離を殺してゆく。それは野生で培われた本能で描かれた、少年の喉笛を噛み砕くための勝利への計画プラン


 若干のダメージを追いながらも直撃は避け、遂に跳躍すれば少年の喉笛に食らいつけるところまでナイトフォックスは到達する。落ち着きすら持って最後の火球を回避し、赤い瞳に殺意が宿った。


 首ごと根こそぎ持っていくような、跳躍。


 少年の唇が笑みを結んだ。


「我が魔力の下に旋風を謳え────<風属性中級魔術/トルネードエッジ>!」

 

 少年を中心に、暴威の風が吹き荒れる。

 鋭い風の刃が何重にもなって、周囲のものを切り裂き、吹き上げる。


 ナイトフォックスの勢いを付けた跳躍なんてひとたまりもなかった。


 全身を引き裂かれながら、嵐の日の木の葉のように乱れ飛んでゆく。


 無詠唱魔術と詠唱魔術の同時進行。


 ナイトフォックスの計画が近距離で少年の喉笛を噛み砕くことだったとするなら、少年もまた、ナイトフォックスを仕留めるならば近距離で確実に殺すと定めていたのだ。


 数秒遅れて、どさりとナイトフォックスの身体が落ちる。

 生きているはずなかった。


「一丁上がり、だな」


 風の残滓に金髪を揺らす少年。


 彼こそが如月綾人、1歳でなのであった……。


 フ、こいつぁ将来イケメンになるぜ。


「……ん、よくできました」


「むぎゅ」


 宙に浮いていた俺の身体が背後から抱き留められる。

 嗅ぎなれた陽だまりのにおい。

 ダークエルフのラピス、7歳だった。


「おねえちゃんがヨシヨシしたげる」


「やめてくれ! 今かっこいいところだったんだ!」


「……? アヤト、かわいい」


「やだー!オレはかっこいいのー!」


 1歳にして反抗期を演じてしまった。


◇◆


 ふた月ほど前から屋外での訓練はラピスと二人だ。

 これは俺の戦闘能力が向上したのもあるが、どちらかと言えばラピスの能力向上が大きい。ムーンフォークの森の中層までなら、ラピスの敵になる魔獣は存在しないそうだ。なので浅部と中層の境界ほどまで二人での外出が許されている。


 何度か魔力切れまで魔術を撃ちまくり気絶を繰り返してからムーンフォークの森での狩りを終えると、ラピスと手を繋いで歩いて帰る。戦闘中は<浮遊フロート>を使用しているが、不安定な足腰を一日も早く補強するため非常時以外では出来るだけ歩くようにしていた。


 名前:ネフライト=ホロウ 年齢:1 Lv:14

 HP:123/133 MP:332/2592

 攻撃力:131(E) 防御力:131(E) 魔力:1381(C) 魔耐:1361(C) 敏捷:30(G)

 スキル:<魔王の因子><MP自動回復Ⅱ><ゴッドコーヒー><中級魔術/火・風><下級魔術/全般> <魔道具作成Ⅰ><薬学Ⅰ>


 ステータスも少しはなったのではないだろうか。

 アンブロイドからも「1歳の赤子のなかでは知りうる限り最強ですね」と誉め言葉をいただいた。1歳から戦闘訓練している奴なんて居ないので当たり前なんだが。


 当たり前ながら前世で経験があったので生後半年くらいで喋れるようになり、今では拙いが二足歩行も出来るようになった。しかし身体の筋肉は全くつかない為に攻撃力・防御力・敏捷の伸びは悪い。完全な頭でっかちだ。


 魔術は火属性と風属性のみ中級魔術を使えるようになった。最初に使用できるようになった火属性<火球ファイアーボール>は愛着があって今でも牽制攻撃として利用しているし、風属性は<浮遊フロート>を使用して移動している事が多かったから、2属性が先に伸びたのは納得である。


 残す水属性・土属性・光属性・闇属性はまだ初級だ。特に闇属性が苦手だ。だって日常生活でどうやって使えばいいのか分からないんだもの、イメージが湧かず伸びも悪い。そも、魔王といえば闇系という俺の考えは浅はかなのか。謎は深まる。


 そうこうしている内にゴブリンの村に着いた。


 ラピスが歩いていた俺の身体を抱き上げ、すっぽりと腕の中に収める。


 ナゾだが、これは習慣だ。

 理由を聞いたり拒否すると不機嫌になる。


「ああ、魔王さま! お帰りなさいませ」


「おう。ムラカミも畑作業お疲れ様」


「ハッハッハッ、魔王さま御戯れを。ナイスムラカミとお呼びください」


 神の気紛れで頭がおかしくなってしまったコイツはゴブリンのムラカミだ。

 ゴブリンといえばRPGではザコの代表格だが、この村のゴブリンは強い。魔力・魔耐では俺の方が勝っているが、総合的なステータスではムラカミの方が上だ。相対距離10メートル以内の至近距離で戦闘を始めた場合、今の俺に勝ち目はないだろう。


「で、魔王さま……帰って早々ですが、いつものをお願いしたく」


「いいぞ、訓練になるしな」


 ゴブリンは鍛えるごとに攻撃力・防御力・魔耐が伸びるが、魔法はほぼ使えない。そのため、俺はゴブリンから頼みを受けて度々日常生活の支援として魔法を使用していた。


「<水球ウォーターボール>」


 水属性下級魔術の水球を掌から空へ打ち上げる。


「<旋風ワールウィンド>」


 水球がちょうど畑の真上に辿り着いたところで、風属性下級魔術の旋風で攪拌かくはんする。こうすることで細かい水滴に分け畑全体に水が行き渡り、村の実益と魔術の訓練を両立できるというわけだ。消費MPこそ大したことはないが、コントロールの訓練になるので助かっている。


「ありがとうございます。我が畑はこれで更にナイスになりました」


「そいつぁよかったよ」


 ナイス云々にはうるさいので触れないでおく。


◇◆


 ラピスにぬいぐるみ扱いされながら隊長の家に帰る。


「お帰りなさいませ、魔王さま」


「ただいま、隊長」


 ラピスは無口なので会釈のみ。

 隊長も心得ているので、言葉なしで笑顔をもって返礼している。

 

「御調子は如何でしたか」


「やっとナイトフォックスを正攻法、一人、無傷の条件で倒せたよ」


「おお! それではあの辺りに魔王さまに奇襲できるものは居なくなりましたな!」


 今夜は御馳走ですな、と喜ぶ隊長。

 ちなみに正攻法でない戦い方とは<浮遊フロート>で高空をキープし、ナイトフォックスの射程外から魔術を乱射する戦い方である。ナイトフォックスが俺を攻撃する手段がなくなるから楽だが、ただ撃ちまくるのみなので戦闘の訓練にならず強い魔獣の中では対空射撃の手段を有する者もいるため、応用力を磨くためにこの戦法は禁止されていた。


「そういえばアンブロイド殿が魔王さまに話があるようでした」


「へえ。この後の座学で顔を会わすことになると思うけど」


「どうも明日、コボルトの村に行ってほしいそうです」


「ああ、近くにあるっていう」


 俺は行ったことないが、コボルトという魔物の村が近くにあるそうだ。

 ゴブリンの村と友好関係を結んでおり、こちらからは農作物を、あちらからは鉱石を中心とした取引がたびたび行われている。

 コボルトはそうした取引時に俺も見たことがあるが、柴犬のような顔にちっちゃな身体がついた、なんというか庇護欲をそそる外見をしていた。

 

「わかった、行ってみる。じゃあこの後のアンブロイドの座学が終わったら、隊長もいつもどおり頼む」


「かしこまりました」


 最近では隊長から薬学を学んでもいる。

 何を隠そう、あのとんでもなく臭いが効果の高い薬湯を作り上げたのは隊長だ。


 治癒魔法と無縁の種族であるゴブリン。

 その弱点を補うために隊長が独学で覚えたらしい。


「それでは本日のお昼御飯となります」


 隊長から御飯が振舞われる。

 テーブルに促され、俺とラピスは席に座る。


 が、俺もラピスも表情は優れない。


 隊長の料理はマズいのだ。


 センスが全くない、ということではないのだろう。

 しかし食事に薬的な効果を求めすぎて、味が壊滅的なことになっている。

 前世のしょっぱい給食が至上の美食に思えてくるほどだ。


「いつもどおりまずい」


 あの無口なラピスをして、ダイレクトに隊長へクレームを入れている。


「はっはっ、健全な味覚が養われているようで何よりでございます」


 出会った当初は気付かなかったのだが、隊長は結構いい性格をしている。


 まあ俺も言葉には出さないが、この料理はどうかしていると思う。

 そしてこれこそが、俺が隊長に薬学を学びたいと申し出た理由でもある。


 前世の知識があるし、俺もただ美味いと思える料理なら調理場で作ることは出来る。しかし隊長は頑固なところがあり、"効果の薄い味だけの料理"を認めようとしない。ゴブリンってやつは種族として頭がおかしいのかもしれない。


(だからこそ薬学を学び、いつか効果と両立した美味いメシを食べてやる)


 全般的にステータスが伸び充実感を感じている俺が、しかし今もっとも燃えているのが薬学であることを誰も責めないだろう。俺はゴブリンの壊滅的な料理文化に反抗リベリオンする。

 

 ……少なくともラピスはこちら側についてくれるに違いない。

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