ブリ

 翌日。

 俺の(養殖)部屋にて、アンブロイド、ラピス、隊長をはじめとするゴブリンたちが一堂に会していた。


 教育係を申し出た<魔女ウィッチ>アンブロイドは笑顔で。

 内心恐々としている俺も、必要に駆られて笑顔を貼り付けて。


 こうしてぎこちない空気で、先生まじょ生徒まおうの関係は始まった。


「魔王さま。屋内で魔法の訓練は出来かねますので、<短距離転移魔術ブリンク>での訓練可能な場所への移動をご提案致します」


 おっと、いきなり誘拐かな?

 しかし否とはとても言えぬ身、ハイ早速よろこんでと答えようとすると。


「<魔女ウィッチ>アンブロイド殿。訓練可能な場所とは何処を指すのだろうか? 魔王さまは我等では計ること叶わぬ大器なれど、まだ赤子。あまり危険な場所は避けていただきたいのだが」


 異を唱えたのは俺への忠誠心ランキング1位を誇る(と思われる)隊長ゴブリンだった。ゴブリンでありながらその身にまとう筋肉はまさしくいわお。堂々と元四天王に意見するさまは、戦鬼オーガと呼ばれていたとしても何ら不自然はない……そんな彼の人差し指にはピンク色の指輪が似つかわしくなく嵌っている。俺のベビー語を翻訳するアンブロイド作の魔道具らしい。


ガドルク隊長殿の懸念はご尤もね。訓練場所はムーンフォークの森の浅部、この村から見て南西のあたりを考えているわ。あそこなら高レベルの魔獣や毒を持った危険な魔物は少ない」


「なるほど、ここから数里で距離も近い────承知した。訓練が実施される度に私に連絡すること、また同行を許可することを条件に、こちらも異議を取り下げたい」


「全条件を受け入れる用意があるわ。……如何でしょう、魔王さま?」


 最終決定権は魔王にあるらしく、アンブロイドが俺を伺う。


「あえうう! (許可する!)」


 でもな、これ以外に何言えってんだ。一も二もないぜ。


◇◆


 ムーンフォークの森────その名の通りムーンフォークという針葉樹を中心とした混交林こんこうりんである。ムーンフォークは樹皮が魔力に触れると銀色の光反応を起こす特殊な性質を備えた樹木で、月見の宴を張った貴族が尖った銀食器フォークが月を刺そうとしていると見紛みまごうたことでこの名が付いたらしい。


 ムーンフォークは大気中の魔力濃度が高いほど生育状態が良好になり、風通しが悪く魔力が滞留しやすい森の深部ほどムーンフォークの生育数・樹高は伸びる。それゆえ密林・純林の性質が深部ほど強くなり、鬱蒼とした森は視界が悪く大型魔獣でも身を隠しやすい。このことからムーンフォークの森の深部は狂暴な大型魔獣やそれらに対抗する強力な毒を持つ魔獣が蠢く、大陸屈指の危険地帯とされているとのこと。


 ていうか……なんか話が違うけど、そんなところで俺に何をさせる気なの。

 今すぐUターンからの部屋籠城をキメたくなってきちゃったぞ。


 そんな所に行くくらいなら「アンちゃんごめんブリ、今日はウンコが止まんないブリ!」という知性と誇りをかなぐり捨てた逃亡すら辞さない覚悟だったが……ありがたいことにその心配は杞憂に終わった。


 ルーンフォークの森浅部は丘陵が続く疎林であり、隠れる場所が少ないため大型の魔獣は少なく、あまり攻撃的ではない小型の魔獣に限られるらしい。ようは"奥に行かなければ大丈夫"なのだ。


 アンブロイドが定めた場所に隊長、その腕に抱かれ俺、ラピスが続いて降り立つ。

 すげぇ、というかヤバい。いつもの部屋でアンブロイドが<短距離転移魔術ブリンク>と唱えた瞬間にここに移動した。


「午前中はこちらで、魔力切れを起こすまで魔法を使用していただきます。低レベルの魔獣なら低頻度でここにも居ますので、それらを倒しレベルの向上を図るのもよろしいかと」


「ええあ? (魔力切れ……いちど経験があるな。全身がダルくなって意識がなくなるアレだろ。イヤなんだけど、ペナルティがあるんじゃないの)」


「逆ですわ魔王さま。魔力はMP使用量に比例して魔法関係のステータスにボーナスがあります。特に魔力切れを起こしたとき上昇量が最も大きい。その割に意識を失う以外のデメリットはありません。一人で訓練する魔術師などはこのデメリットがネックとなりますが、教育係のわたくしがそこは安全を保障いたしますので」


「あう (なるほどブリ)」


「ブリ?」


「えっ……ああ (えっ、ああ────噛んだだけだ。気にするな)」


 少し怖いが、訓練方法そのものに俺も異論はない。

 意識を失うことはリスキーだが、アンブロイドがならそもそも俺の意識の有無など関係ないはずだ。それならば一日も早く戦力を向上させる方針を取ったほうが、総合的に見てリスクは低くなるだろう。毒を食らわば皿までだ。


 ちなみに俺のステータスだが、フォレストウルフ(Lv8)を倒したことでステータスが向上している。


 名前:ネフライト=ホロウ 年齢:0 Lv:2

 HP:12/12 MP:62/62

 攻撃力:11(G) 防御力:11(G) 魔力:118(E) 魔耐:105(E) 敏捷:2(H)

 スキル:<魔王の因子><ゴッドコーヒー><下級魔術/全般>


「やはり<魔王の因子>は凄まじいですわね。一度のレベルアップと魔力切れでここまでステータスが伸びるなんて」


「うえあう (ちょっと待って。前から気になってたんだけど、人のステータスって勝手に見れるの?)」


「そういえば教えていなかったですね。対象を意識し<ステータス>を詠唱すれば確認できますよ。条件は色々ありますが……」


 1:自分の魔力値が対象の魔耐値の1.2倍以上である場合、強制的にステータスを確認できる。

 2:1の条件を満たしていなくても、対象が自らに対しステータス開示を許可していればステータスを確認できる。

 3:対象がステータスの強制確認を防止するスキルを持っている場合、1・2の条件を満たしていてもステータスを確認できないことがある。


「大まかにはこうですね」


「うぇあう (2の条件にある、ステータス開示の許可っていうのはどうやるんだ?)」


「1の条件が満たされないままステータスの対象に取られると感覚的にわかります。私の場合は少しピリッと電気が走る感じと申しますか……その際に拒否レジストするかどうかで許可/不許可を選択できます」


「ああええあ (なるほど。1の条件を満たしていた場合は、ステータスが見られた感覚すらないの?)」


「その通りです。ただ例外として、ステータスが見られたことを所有者に教える魔道具や魔術、スキルはあります」


 なるほど。

 だから俺はいつの間にかアンブロイドにステータスを見られた事を感知すら出来なかったのか。


 悪戯心も半分に、俺はアンブロイドに向け<ステータス>を使用する。

 彼女はくすりと笑い、追って彼女の情報が流れ込んできた。



 名前:アンブロイド=アグリウス 年齢:*** Lv:368

 HP:3780/3780 MP:56800/56800

 攻撃力:1323(C) 防御力:7924(B) 魔力:14793(A) 魔耐:16925(A) 敏捷:3260(B)

 スキル:<突撃魔女ブリッツウィッチ><禁忌魔術/炎><火神の加護><魔術障壁><上級魔術/全般><中級魔術/全般><下級魔術/全般><HP自動回復Ⅲ><MP自動回復Ⅹ><上級魔術無効/炎><中級魔術無効/全般><魔道具作成Ⅶ><指導者Ⅵ>



「あえう (年齢を表示しないことが出来るのか?)」


「……このように、一部ステータスの秘匿・改竄を行う方法も存在します。数値に踊らされてはなりませんよ、魔王さま」


 大人は質問に答えない。

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