交渉未満
元四天王<
お構いなくと辞退したいのだが、そうしてしまうと"魔王、終了────!?"というアオリが出てきそうな程度には詰む。
(断るわけにはいかない……のか。少し整理しよう)
状況は、前魔王ジェイドが抱えていた四天王<魔女>アンブロイドが教育係を勤めたいと申し出てきたというもの。彼女は魔王の因子を持つ赤子が、フォレストウルフを打倒したことを聞き付けここに来たらしい。
話を全て信じるなら、考えるまでもなくアンブロイドは俺より武力があり、かつ立場のある存在の可能性が高い。状況がそれを裏付けてもいる。
彼女が入室するまでに俺の耳に騒動を聞き取ることは出来なかった。ゴブリン達が彼女を認める程度には立場のある者(元四天王であるという自己申告が事実)であるか、一瞬でゴブリン達を無力化出来る実力者であること、あるいはその両方であることを示している。対して俺は正面から戦えばゴブリンの隊長にすら勝てないだろう。
生き残るための絶対条件として、<魔女>アンブロイドとは戦えず、敵対してはならない。裏を返せば彼女が教育係で居てくれる間は、俺は教育される側で生き続けることが出来るのだから。それが今ここで死ぬか、後で死ぬかの差であったとしても。
「うあいあぁぁあ! (教育係!それは有難い申し出だ!)」
ゆえに本心から同意する。
神に人生の波乱を約束され、事実人生開始一時間から怪物と戦い、そして今もなお無力を突き付けられている俺。そんな俺がこれから生きていくためには必ず武力や知力……何にせよ力が要る。赤子だから無力、が許されないのだ(悲しすぎる)。
したがって自分の力を付けることは俺にとって最重要課題であり、この世界についての知識が全くない今の俺にとって、仮初めでも協力者の存在はありがたい……と俺は思っているよ、アンブロイドさん。あなたがどこまで心を読めるのかどうか分からないけどね。
「それは幸いです、魔王さまのお役に立てることが一番の喜びですので」
更にひとたび敵対しないと決めたのなら、面従腹背を気取るより心からの協力者であることを選択したほうがよい。腹に一物あることを悟られたり、心から協力していないという前提で交流をするよりは、最初からアンブロイドによって都合のよい存在であった方が向こうが洗脳等の対人支配系の魔法(あるかどうかは知らないが、ある前提で動かないと話にならない)を使う可能性が低くなる。
それに俺は自分の演技力を信頼していない。前魔王ジェイドという一つの派閥、その中で四天王という地位に立っていたという者の人生経験……そこからくる観察眼を過小評価しない。おまけに表層とは言え心が読めることが既に証明されているのだ。賢しさよりも素直さを現状が求めていると俺は見る。
「おあえあいあう (そうと決まれば、早速明日からはじめてくれないか。いや、本当は今日からでも始めたいんだが、残念ながら魔力を使い切ってしまってな)」
「ええ、そのようですね」
……そのようですね?
相手の魔力残量を見る方法があるのか。後で是非教えてもらいたいな。
「あうあうあうああ (それに、戦闘に関することだけでなくこの世界に関することを可能な限り教えてほしい)」
「ぜひ立派な魔王さまとなっていただきたく、全力を尽くすつもりでございます」
「う、あえあ (感謝する……そうだ、最後にひとつだけ聞きたいことがあるんだが、いいだろうか)」
「何なりと」
「あえいあう (どうして他の魔王候補じゃなく、俺を選んだんだ?)」
これは、分の悪い質問じゃなかった。
短い会話の中ではあるが彼女は、無力な者が仮説を重ね、それを抱いて是を問う行為を、無碍にしない人だという気がしたのだ。
案の定アンブロイドは俺の顔を見て、出来の良い子を褒めるように笑い、言った。
「選んだ理由はそういうところでございます、魔王さま。信じていただきたいのは、
「うい (……ありがとう、アンちゃん。明日以降、またよろしく頼む)」
「アンちゃん…………いえ、よろしくお願いいたします、魔王さま」
行くわよラピス、そう言って魔女アンブロイドと幼い少女は去っていった。
ぽつんと、部屋にお雛様のような恰好の俺が残る。
静寂。
<魔王の因子>がオンリーワンではなく。地位を狙う派閥が<魔女>アンブロイドを除き少なくともあと1つはあること。
そのことから魔王という存在の価値は、やはり政治的な意味を持つこと。
<魔女>アンブロイドは俺に何らかの利用価値を見出していること。
いくつか確認はできた。できたが、
「つかれた」
神経が削れた。
「力がほしい……」
そして、平穏な人生を送りたい。
波乱、心がツラすぎんか。誰か代わってほしい。
「もう寝よ」
それから、微睡の中で俺は一つの妄想を抱いた。
前世で読んだ転生モノの主人公は、こんなときどうしただろう。
大体はチートクラスに強いので、そもそもこういう状況に陥らないか。
それとも劉備玄徳もかくやと「見ればわかる、おめえさんは信用できる」と豪胆に仲間を増やしていただろうか。
(けっきょく俺って小物なんだよな)
主人公が鼻歌交じりに乗り越えられるような障害を、俺はヒイヒイ言いながら乗り越え続けなきゃならない。
恨むぜ神様、恨んでほしくなければ今すぐチートスキルいっこ欲しい。
心の中でそう愚痴れば、
(お断りだね。神は平等なんだ)
どこかから憎たらしい神の声が聞こえた気がした。
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