フォレストウルフ(Lv8)
そして冒頭に戻る。
数奇な運命だとゴッドは言った。
さすが神。その御言葉に間違いはないのだろう。
意識のない時間もあったので、把握しているうちで説明するなら、生誕それから一時間で何故か住んでいた家が襲われた。成す術なく火が放たれ、怒号が飛び交った。大きい屋敷で、俺は裕福な家のもとに生まれた可能性が高かったのだが、その屋敷は燃え落ち、使用人も視界の中でどんどん殺されていき……何やかんやのうちに俺は、ひとりのメイドさんに持ち出され逃げている。
しかし逃亡の途中でメイドさんは背中に矢を受けて森で力尽き、今に至る。
そして悪い事に、危険は現在進行形で迫っているのだ。
顔を動かす事すら儘ならないフニャッした俺の身体。
お構いなく生臭い息遣いと短い間隔で聞こえる僅かな足音。
辛うじて視線だけ合わせるとそこには、黒い毛皮を纏った何か。
フォレストウルフ ──Lv8
ウワァァァァァ!
フォレストウルフLv8だあぁぁぁ!なんなのLv8って!
オンラインゲームのように、黒い狼の上に表示されていて少し間抜けだが……
色々と疑問はあるが、考えている時間はなさそうだ。
あのフォレストウルフ、今にも飛び掛かってきそうな狂気を瞳に湛えている。
神の御言葉────困ったら<<ステータス>>って唱えるんだよ────に頼るしかあるまい!
俺は腹に力を込め、意を決し魔法の言葉を詠唱する。
「ううぇーーあう!!!」
……言えなかった。
「ああおあー、おえー、あーーーー!(赤子じゃんオレ、うわぁぁぁーッ!)」
そも、声を発すること自体が赤子は2ヶ月かかるという。それに比べ、生後一時間で声を発した俺はチートな天才児であるのかもしれない……
ちなみに、いまは一分一秒が惜しい状況なんですけどね。
「ぁーう?(何?)」
しかし、祈りは通じたのか。目の前がほんのり光り、頭の中に情報が入ってくる。
言えずとも詠唱は成立したらしい。
名前:ネフライト=ホロウ 年齢:0 Lv:1
HP:5/6 MP:30/30
攻撃力:1(H) 防御力:1(H) 魔力:58(F) 魔耐:45(G) 敏捷:1(H)
スキル:<魔王の因子><ゴッドコーヒー><下級魔術/全般>
「あかぁばあっあぶぅぅあー!(半ば予想していたがこれは……)」
……これは、異世界転生モノにありがちなステータス欄!
コーヒーのスキルありがとう神様!
なんつって感動している暇もない。
フォレストウルフ、それもLv8の足音はすぐそこまで迫っている。
(戦うしかねえ!)
素直にそう思えた。
全てが夢であるという可能性に目を瞑れば────神様の会話から向こう、この危機的状況までが地続きのエピソードであることを<ゴッドコーヒー>スキルが示している。
確かに俺は今、理不尽かつ荒唐無稽で三文小説のような状況に置かれており「これ、夢だろ」と考えた方が自然かもしれない。だが、ここが現実である可能性を十割否定できないということは……非現実的であろうが何だろうが、あの狼に食われれば俺が終わるという可能性を否定できないということだ。そうである以上、俺はここが現実であるとして、死の危険性から退避しなくてはならない。
一度経験した死。それ
それは多分……自分の死を受け入れる事で何かを手に入れたかったからだ。
死にゆく俺に向けた少女の表情なのか、それとも自分の行為そのものに自己満足を覚えたかったからかは分からない。重要なのは、
俺は死にたがりではなく、今回は目の前の狼に食い殺されるよりも抵抗したほうが俺が満足できる公算が高い。
ゆえに戦う……これが
赤子 対 フォレストウルフ(Lv8)────
ガァァウ!!
俺の目に、飛び掛かってくるフォレストウルフの姿がやけにスローモーションで映る。あぁ……これはあれだ。飛び降り自殺の時にも見たアドレナリンで時間感覚が伸びるやつだ。生後一時間の赤子が味わう現象じゃなさすぎてウケる。ウケ……るがウケてる場合じゃねえな、残念ながら。
神は言った……困ったらステータスを見ろ。
それが皮肉や冗談でなかったとするなら、ステータスという情報の中に、困難に抗う術があるということだ。そして先ほどのステータス情報を見て、もし俺が眼前の狼に勝つ手段があるとするなら……それは全体的に低いパラメーターにあるとは考え辛く、スキルの中に答えはあると考えられ、したがって三択問題となる。
1:<魔王の因子>
2:<ゴッドコーヒー>
3: <下級魔術/全般>
まず1、魔王の因子。
これ、魔王というパワーワードに惹かれる。
え、俺って魔王クラスの才能ある? と悦に浸りたくなる。が、却下だ。
スキルの用途がなにも想像付かない。どちらかというと使うスキルというより、
その2……ゴッドコーヒー。
三択問題でこれを選ぶ奴は、ゲームの選択肢でネタに突撃する奴だと思う。
個人的には、襲い来る狼の前で優雅にコーヒーを淹れる赤子……他人事であれば最高にシュールで個人的には一度見てみたいが、まぁ死ぬのは俺なのでやめる。テレビの前のみんな、我が事になったら是非やってみてほしい。他人事なら俺も爆笑する自信がある。
その3、下級魔法/全般。
正直これしかねーという選択肢だが、肝心の下級魔法/全般が、どうやれば使えるのか分からない。魔法の名前もわからない、詠唱があるならそれもわからない、そもそもなんで魔法なんてあるのかわからない、ないない尽くしだ。
正直、その3も没にしたいが、時間がないから賭けにでるしかない。
重い、ふにゃふにゃの手を狼に向ける。
人差し指と中指のあいだが、照星の如く狼の眉間に殺意を定めた。
この世でもっとも当たり障りなく、序盤から使える攻撃魔法。
それを強く頭に思い浮かべろ、俺!
「ぁあいあーおぉーーーー!!!(ファイアーボール!)」
瞬間。
言えてなくとも、掌に豪熱の火球が産まれるのが感覚として分かった。
肌が風の流れを感知するように炎の性質を理解した。
神経が身体動作を制御するように炎のエネルギーを収縮できた。
そして喉から発声するように、俺は火球を打ち出せた。
<火属性下級魔術 / ファイアーボール>!
射出された火球は飛び掛かる狼の眉間を瞬時に穿ち、勢いのままに狼の身体を跳ね飛ばした。まるで弾かれた独楽。玩具の動きを真似るように、宙を回転してどさりと落ちる。
そして、そのまま動かなくなった。
背後で燃え盛る大火に比べ、それはあまりにも小さいが……消えることなくぱちぱちと、狼の身体はそのまま燃えていた。
「あうあっあー……(助かった……)」
助かった……のだが、その勝利を感無量と眺めるだけの余裕は俺に残っていなかった。強烈な眩暈に襲われ、身体を動かせないのだ。
「…………」
攻撃のためにあげていた手も支えられず、ぽさりと森の地面に横たわった。
(声も出せなくなった……ひょっとして魔力切れってやつか)
いかん、意識を失いそう。
こんな赤ん坊の身体が森の中で気を失ったら……獣に見つからずとも、死だ。
戦いに勝っていても人生詰んでいたってことだろうか。
いや、あのチンチロの時点で? 神に会った時点?
ひょっとすると、屋上から飛び降りた時点で俺の人生詰んでた?
(アホくさ)
どの道、全ての手札は切ってしまった。
こうなればこの身体を近くに居るメイドが復活して再度保護してくれる可能性とか、通りがかりの親切な人が拾ってくれる可能性に賭けるしかない。
そう思った矢先、複数の足音。
(人を銃殺する神あれば……赤子を拾う神ありか!?)
虚ろな視界をどうにか足音の方に向ける。そこには────銃を軽く超える、緑肌のモンスターの群れ。
その頭の上に浮かぶ文字は、ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン…………。
(詰んだか)
俺の精神はその4文字をアウトプットするや否や、ブラックアウトしてしまった。
◇◆
「……止まれ」
ゴブリンの小隊。
その先頭を歩く隊長の声は確かに部下を律するに相応しい重みを持っていたが、この時ばかりは驚愕と戦慄を隠しきれていなかった。もっとも部下はそれ以上の衝撃に見舞われていたため、その隊長の不手際を責めるものが存在しよう筈もなかったのだが。
「信じられん」
隊長格の男は手の震えを抑えきれないまま、未だ燃え盛る狼の身体と、力無く横たわる赤子の姿を見る。
「このような乳呑児が、フォレストウルフを殺したというのか?……まさか」
衝撃の感情を押し殺すのは最早不可能だった。半ば衝動で横たわった赤子に近寄り手を翳す。手が淡く光ると同時、男の精神に更なる驚愕が叩き込まれる。
「あ、ありえん、こんなことが……」
感動と呼ぶには小さすぎる感情が、男の荒れ狂う心が、一筋の涙となって頬を濡らした。
「魔王、様────?」
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