私は知っている


「見つけた。」


 保健室のドアを開けて、ベッドを囲い包むカーテンをぴしゃりと開く。もし間違っていたら頭を下げて詫びを入れるところだが、目当ての彼女がそこにいることに確かな自信があった。放課後、彼女が潜伏しそうな場所は3つ。一つは所属するバスケ部の部室がある体育館、一つは風に吹かれてたそがれるのに最適な屋上。その二箇所に居なかったため、最後の一つ、彼女の専用ベッドのある保健室で寛いでいることは容易に分かった。彼女、花子は、私の来訪など気にもせずに、ベッドの上に寝転がってぼんやりと天井を見ていた。私は空いていた隣のベッドに腰をかけ、花子の様子を観察する。花子は何かを掴むように上に伸ばした手を何度も開閉させていた。

「いっちゃん、私に用?」

無表情で同じ動作を繰り返す花子。これからその色の無い顔がどのように染まるのか、想像も出来ない。だが、彼女の善意が彼女の心を締め付けているのは確かだ。澄ました風を装っても、内心複雑に絡まった茨に傷を抉られ続けているのかもしれない。付き合いが長いから、幼馴染だから…親友だから無理をしているのがすぐに分かった。だからこそ、彼女が張ってしまった秘密のベールを剥ぎに来たのだ。

「太郎君への告白、もう少しだけ待とうと思う。」

「えー何で?早くくっついちゃいなよ。他の誰かに取られちゃうよ?」

「…花とか?」

花子の手が止まる。挙げていた手はゆっくりと下ろされ、体の向きを変えて、私の方を向く。まずは疑念と困惑の灰色が出てきた。しかし花子は何も話さない。眉を曲げてただこちらを見ているだけ。仕方なくこちらから攻めていくことにした。

「花にさ、太郎君のこと相談したの、今になって後悔した。好きなんでしょ?花も、さ。」

花子は枕を抱きしめて俯く。大きなため息を吐くと、口元に枕を寄せた。

「何で…分かったの?」

「親友だから。」

今度は少し赤みを帯びて、小さく笑った。花子は枕を顔に押し当てて、再び仰向けになる。

「それじゃしょうがないね。…あーあ、私頑張っていっちゃんを幸せにしてあげたかったんだけどなー。」

「私を幸せにしたいなら、まず花、あんたが幸せじゃないと意味無いよ。」

私も花子を真似て、ベッドに仰向けになる。目を瞑り、彼女が演じてきた損な役をもし自分だったらという形で想像してみる。大切な友の笑顔に喜びを得る反面、その笑顔が酷く憎らしくて、頭の中を少しずつ黒いクレヨンが塗り潰していく。このまま心の内に気付かぬ振りをして、一人甘い汁を吸い続けていたら、私たちの仲はすぐにでも埋まらない溝で隔てられてしまったのかもしれない。そんな未来を想像しただけで、私は無性に悲しくなった。

「水臭いことしないでさ…親友なんだし。遠慮せずに話してよ。同じ人を好きになったから絶交するとか、諦めなきゃ末代まで祟るとか、花から見て私は恐ろしい魔物にでも見えるの?」

「うーん…バレー部の練習中のいっちゃんは人喰い鬼のような感じはあるかな?」

「言いよる!!」

枕を勢い良く隣の無礼さんに投げつけると、黄色い笑い声と共に枕が倍になって返ってきた。更に敵将が乗り込んできて、熟知済みの弱い部分を執拗にくすぐってくる。誰も居ない二人だけの保健室に、元気で陽気な声が響き渡った。



「見つけた。」


 放課後の保健室、開け放たれたベッドの上には、気だるそうに一子が倒れている。本当は私の特等席なのだが、傷付いた彼女のために、今日は譲ることにした。とはいえ、深手を負っているのは私も同じなので、隣のベッドに横になって大きく息を吐く。

「完全に盲点だったね…。」

「まさか委員長が太郎君と蜜月だったとは…。親友と熱血青春もの特有の殴り合いをしていたら、いつの間にか正規ヒロインが入れ替わってたという。」

情報通の双葉ちゃんの話では、私たちが保健室でキャットファイトを楽しんでいた時、体育館裏でときめく少年少女の物語が節目を迎えていたという。そんな重要案件が裏で行なわれていたとも知らずに、「これからはライバル同士だね!」とか「正々堂々勝負だ!」とか青臭い若草たちは、鉢植えの外のことを気にも止めずにどんぐりの背比べとかアサガオの蔓の伸ばし合いとか、そんなことに興じていたわけで。

「今日は自棄酒ですな、花子女史。」

「拙者はシュワシュワの炭酸オレンジがいいですぞ、一子女史。」

「お酒は二十歳になってからですぞ、乙女方!」

ふと足元の方から第三者の声が聞こえ、私たちはほぼ同時に起き上がった。すると、保健室の美人女医、三条先生が、ニコニコと眼鏡の向こうに山を作って私たちを見ていた。三条先生は、買い置きの水のペットボトルを備え付けの冷蔵庫から取り出し、私たちに投げて寄越した。そして自分の机からイスを引っ張ってきて、ちゃっかり自分のペットボトルも用意して二人の顔が見渡せる位置に座り込んだ。

「失恋に効くお薬は無いけど、問診ぐらいならできるから、溜まってるものじゃんじゃん吐き出しちゃいなさい!先生がたっぷり聞いてあげますからね♪」

一人楽しそうに私たちの顔を交互に見やる三条先生。なんだかんだで生徒達の痴話話が聞きたいだけでしょこの人…。とはいえ、先生のテンションに乗せられ、私たちは観念して、大人しく保健室のお姉様の問診を受けるのであった。

 診察は、賑やかに完全下校時間まで続いた。


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