終わりゆく関係
〈森の王〉との戦いから一夜が過ぎた。
一人の犠牲者も出すことなく事態は収束できたのは奇跡と言っていい。もちろん、穴持たずが〈森の王〉だけとは限らない。冬の森の脅威は続く。されど、ひとまずは安心してもいいだろう。
ミランは〈森の王〉の遺体の処理は騎士団に任せることにした。仕留めた神を送還する儀式は〔神狩り〕の役目だったが、肝心のミランが負傷しているので致し方ない。
それに、今回はミラン一人の功績ではない。〔神狩り〕としての役目は、騎士団に助力を求めた時点で放棄している。〔神狩り〕としてではなく、一人のトゥアールの男として、彼は〈森の王〉に挑んだのだ。
「骨に異常はないみたいだし、しばらく安静にしていれば大丈夫でしょ。呆れた頑丈さだわ」
ぱしん、とフローラはミランのむき出しの背中を叩いた。
自宅に戻ったミランはフローラから治療を受けていた。全身に擦過傷や打撲はあったが、骨には問題がない。体の節々が痛いが、その程度だ。あの巨熊を相手にして、この程度で済んだのは脅威というより他ない。
「……よかった」
ほっとしたように同席していたファウナが胸をなでおろす。
「だから言ったろ。大したことないって」
着衣を整えながらミランが答える。
「それにしても、今でも信じられないな。あの〈森の王〉を一撃で倒すなんてさ。魔法っていうのはすごいんだな」
その言葉に、ファウナが困ったような顔をした。ミランは慌てて首を振る。
「だからといって、魔法学科に行けって言うつもりはないぞ。俺は、お前にはずっと動物の研究をしてほしいと思っている。ただ、魔法っていう力を目の当たりにしたのが初めてで、なんていうか、すごいなって。魔法使いは、みんなあんなことができるのか?」
「いいえ。魔法使いなら誰でもできるわけじゃありません。あれがわたしの魔法です。わたしだけの才能なんです」
「……詳しく聞いてもいいか?」
ミランはかねてより興味があった。特別な魔法の才能を持っているとは耳にしたが、それがどういうものなのか、これまで聞くことはなかった。尋ねようともしなかった。ファウナとの関係性が壊れるかもしれないと思ったからだ。
だが、今なら聞ける。そう思った。
「ええ。構いませんよ」
ファウナはミランにもわかるように、言葉を選びながらゆっくりと語り出す。
魔法とは、意志の力によって世界に働きかける現象操作技術である。
その魔法は六つの系統に分けられる。
第一から第四の基礎系統。すなわち、加熱、冷却、流動、放電。
そして、第五、第六の上位系統。すなわち、重力、光子。
「と、これまで思われてきました。しかし、わたしが持って生まれた素質は、七番目の系統だったのですよ」
そして、ファウナが使ったのは既存の魔法論では説明がつかない現象操作。第七系統――時空系である。
「珍獣ってわけか」
「単に珍しいだけなら、よかったんですけどね。わたしの資質は、軍事的にとても価値のあるものだったんです」
「どうしてだ?」
「考えてみてください。空間を操作することができれば、通常の物理障壁は無力となり、距離の概念さえも無意味になります。
例えば、〈森の王〉に仕掛けたのは空間の切断です。空間そのものを断ち切るわけですから回避や防御は不可能ですし、肉体的な強度も関係ありません。ある意味で、究極の斬撃と言えるでしょう。
他にも、ここと、どこか遠く離れた場所とを空間的に連結させれば、物資や情報をやり取りすることができます。輜重隊を組むことも、伝令隊を走らせることも不要なのです。あるいは、厳重な警備を無視して敵の本陣へ部隊を侵入させることもできるでしょう。
もし、魔法という能力を普及させることでき、なおかつ第七系統を自在に扱うことができれば、戦術的にも、文明的にも大幅な進歩を遂げることができる。そんな資質なのです」
でも、とファウナは瞳を伏せた。
「わたしはそんなことに興味はありません。そんなことよりも、わたしは生き物の生態を知ることのほうが重要なのですから。そう心に決めたんですから」
「そうだな。俺も生き物を追っかけているお前のほうが好きだ。魔法を使う時のお前は、なんだか恐ろしく感じる」
「ええ。わたしも、生き物を好きでいられるわたしが大好きです。だから、そう気づかせてくれたあなたをどうしても失いたくなかった。例え、あなたの矜持を傷つけることになっても……」
「気にしてないさ。俺が未熟なのは事実だしな。それに――俺も、お前たち護衛が好きだったから。それを続けられるのは、嬉しい」
「ミランさん……」
沈黙が二人を包む。こそばゆいような、心地よいような。このような気持ちを、魔犬討伐の夜明けにも感じた。この感覚が結局何を指すのか、わからないままだ。
「……あのさ、私もいるんですけど?」
すっかり話題から置いてけぼりにされたフローラが唇を尖らせる。
「忘れてないぞ」
ごほん、という咳払い。フローラがごまかしたなと半眼になる。
「ですが、あの時、魔法を使ったことで一つわかったことがあります」
「なんだ?」
「わたしがずっと疑問に感じていたことです。おそらくは、すべての謎の鍵がそこにあります。ミランさん。傷が癒えたら、わたしを神域へ連れて行ってください」
――神域。
人里と隣接する里地里山ではなく、その奥。人外魔境の原生林。古の信仰において神が住まうとされる領域だ。
ミランは一抹の寂しさを覚えた。ファウナとの生活が終わりを迎えようとしつつあるのを、直観的に感じ取ったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます