第12話 ピンク編 その12
のろのろと衣服を着けるピンクブーツ姉を待って、話を再開する。
「パパには、お仕置きが必要ね。このひとが嫌がって……る感じでもなかったけど、とにかく嫌がってるのに、あんなことをして……て、パパ?」
「いいかげん、この人って呼び名、やめようと思ってな。名前、教えてくれ」
その他事情聴取しておく必要もある。ホンゴウの期待を裏切ることはできない。夕食代わりに、乾パンをつまみながら、話を聞くことにする。いつでもだが、作戦中の糧食は人間の食い物の味がしない。第一次大戦後、塹壕戦あたりからの伝統だ。ボイスレコーダーの準備をし、録音するぞと確認をとる。しかし、ピンクブーツ姉はしたたかだった。
「それより、ミレー。そちらこそ、本当の名前を教えてくれ。ミレーというのは、ニックネームかなにか、なんだろう? それとも、あなたの先祖が海外の出自で、そういう姓を受けついでいるとか」
「看守が囚人の尋問をすることはあっても、囚人が看守に、プライベートな情報をねだるのは、おかしかろう。それでも、世間話のついでに、少しは話してやるつもりだ。まず、オレの質問に答えろ」
「囚人? 全く信頼してくれないのか? でも、私は身体検査に応じたぞ。疑問は晴らしただろう?」
「武器凶器盗聴器等を持ってないっていう、疑問な」
「私は、ミレー、あなたを信頼している。そして、会ってから二時間ばかりのあなたに、いわば自分の意思で裸体を好き放題、触らせた。つまり、単なる言葉以上に行動で、信頼しているという事実を示したんだ。考えてほしい。あなたが私の立場で、つまり敵地に孤立無援でおり、人質までとられた場合、相手にどうやって信頼してもらうか、を」
「うーん。相手に命をゆだねる。あるいは、そういう意思があることを、示す?」
「私はゆだねたぞ、ミレー。人としての命はゆだねてないけど、女としての尊厳はゆだねた。レイプされて自殺する女だって、いるんだ。いわば、人としての命以上のモノを、ゆだねたと言っていい。これでも、不服か?」
なんだか、うまく言いくるめられているような気がする。でも、上手に反論できない。
しかしまあ、要するに、このために彼女は進んで脱いだわけだ。
単なる露出狂ではなく、計算ずくの行動だったと、納得がいく。
「自分の身体を武器にしたり、取引材料に使う女も、いるだろう。それでも信頼できない、と言ったら?」
「エロマンガの読みすぎだ。本気で言ってるなら、それは全人類の女性を敵に回す、侮蔑的発言だよ、ミレー」
乾パンをドクターカーにも差し入れしてきたカツラが、ここぞとばかり話に入る。
「ねえ、パパ。エッチな話をそれくらいにしておかない? もう一日ぶんは話したでしょ」
「一日ぶんとか、分量あるのかよ」
「そっちのひとも、あんまりパパを困らせないで。たとえ友達になれなくとも、名前くらい教えてくれたって、いいじゃない」
娘の味覚がとてつもなく鈍感なのか、それとも育ち盛りのせいか、クソまずいのに、三人前の乾パンをペロリと平らげてしまう。痩せの大食いというヤツだ。たぶん摂取した栄養は、全部、胸にいっているんだろう。ピンクブーツ姉は、ひたすら飲み物を所望した。
「……不都合がある」
「本名が、アナルちゃんとか、ウンコちゃんみたいな、珍名のたぐいだとか」
「パパ、ちょっと下品すぎ」
「04基地に帰るまででいいから、何かニックネームでもつけておくか。貧乳ちゃんとか、便秘ちゃんとか、どうだろ。貧乳ちゃんは、見たまんま。便秘ちゃんっていうのは、さっきの身体検査でお尻の穴を調べたとき……」
「パパ、ちょっとどころでなく、下品すぎ」
「でも、他の名前の候補を考えるとなると……」
「パパ、下品なのは、もう、ダメ。絶対ダメ。一週間分くらい、もう言っちゃったでしょ」
「まだ、何も言ってないって」
「口にチャックをしても、手が動く、足が動く、それからお尻も動くでしょ。ほら、いつかみたいに、フルチンになって、お尻ペンペンして、敵味方全部の笑いものになったことが、あったじゃない」
「黒歴史だ、忘れてくれ、娘よ」
「やだ」
娘との掛け合い漫才も、いい加減疲れる。
ようやくピンクブーツ姉が、意を決した。
「じゃあ、言おう、ミレー。その前に、確認しておきたいことがある。あなたのトレードマークというか、この輜重車についている識別というか……桃色のクジラだな?」
「おう。正確に言うと、ピンク色のセミクジラだがな」
「お宅の基地内に、内通者がいる」
「内通者? 『ヤーガンの火』への?」
「そうだ」
「もっと詳しく、聞かせてくれ」
「私と妹の生い立ちから、話さなくてはならない。ロングストーリーになる」
「長くなるなら、話の前に、名前を聞かせてもらわないと……堂々巡りか」
「内通者に、私と妹が、ここに逃亡してきたことを知られたくないんだ。アルベド改善同盟では、どんなふうに言っているか分からないけれど、亡命というか寝返りというか、もうあちらと完全に手を切りたい。本名をばらせば、そこから足がつく。こちらは、証人保護プログラムみたいなね身分や名前を完全に変えて、亡命者を保護する制度とか、ないのか?」
「ない。ただ、本当にお前が貴重な情報を持っていて、本当に命の危険があるっていうなら、基地司令官に掛け合ってみる。ことが重大なら、アルベド改善同盟第81地区理事会のお偉方に頼む。何かしら、融通はきかせてくれるはずだ」
「同盟理事会? そんな中央に顔が利くのか?」
「世界組織のトップの話じゃない。ここ、第81地区の理事会だ。オレの呼び名、ミレーも、お察しの通り、本名じゃない。単なるニックネームでもなく、公式に同盟理事会から承認されているコードネームだ。実は、ウチの輜重隊の大半も、オレと似たりよったりの理由で、コードネーム登録だったりする。まあ、詳しくは、お前の話のあとに、話す」
ピンクブーツ姉は、少し考えてから、言った。
「あなたたちは、妹のことを、ピンクブーツと呼んでいるようだな」
「そりゃ、あんな目立つ特徴だし」
「略して、妹のことは、単にピンクでどうだろう。私のことは、この髪の特徴から、当面の間、シルバーで」
子どものころ読んだ童話で、そんな名前の海賊がいた。丸顔で、一本足のコックで、宝探しの途中、主人公の少年を裏切るのだ。
「私も、読んだことがある。私の読んだ物語では、結局海賊仲間と仲たがいして、主人公の少年側についた、と思うけど?」
まあ、いろいろ詮索したところで、仕方がない。
名前の件は、了解することにした。
私にとっては、アナルちゃんだろうが、シルバーちゃんだろうが、一緒だ。
そうそう、それに、もうひとつ。
余計な情報を知れば、それだけ狙われる確率も高くなる。
「カツラ。一人でお風呂に入って、寝なさい」
「絶対、イヤ」
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