第10話 ピンク編 その10

「すまん。仲間割れの原因になった」

 私が着替え終わったタイミングで、姉のほうが輜重車リビングにやってきた。

 妹さんは、患者用のワンピースに着替え、ツタンカーメン・カプセルに入ったという。

 カツラに頼んで、彼女にも生姜湯を振舞う。人工合成の甘味料と酸味料、香料で味付けされた「白湯」である。輜重車では、「ミレー・スペシャル」として、さらにカフェインが入っている。生姜はただの一グラムも入っていない。コンブ茶を拒否すると、こんなものしかない。ちなみに人工合成の「お茶」はただ渋いだけ、「コーヒー」はただ苦いだけの代物だ。本物の香りを知っている身からすると、消石灰をといた水を飲んでいるのと、変わりない。

 謝罪のついでに、ホンゴウとカシワの口げんかの様子を、詳しく聞くことにする。人間関係という予備知識がないせいか、カタヒラから聞かされた以上の情報は、でなかった。

「あ、カタヒラ……君、の話で思い出した」

 彼女はのろのろと立ち上がって、ジャケットを脱いだ。ついでに、フリースを脱ぎ、ポロシャツまで脱いでしまう。

「すごいな。この格好でも、全然寒くない」

「そりゃな。他の雪上車に比べて、エンジンが段違いに大きいからな。暖房にも余力があるよ」

 彼女はハードシェルパンツを脱ぎ、サポートタイツを脱ぎ、スパッツまで脱ごうとする。

「おい、ちょっと待て」

 私の制止は遅かった。

 彼女はアンダーシャツを脱ぎブラジャーをとり、最終的にすっぽんぽんになった。

「妹を助けてくれた、礼をしたいんだ。命を懸けてくれた、対価だよ。でも、カネはない。金銭で謝礼はできない。この先もさんざん世話になると思う。だから、今後の先払いも含めての意味で。身体で払う。アルベド改善同盟内で、どんな掟やしきたりがあるか知らない。けれど、あの生意気な車長が言ってたな。カラダで払うべきだって。カタヒラ君に確認したら、そういうルールはないけれど、すっぽんぽんでお尻を振りながら迫ったら、ミレーは喜びますよって、言っていた」

「カタヒラの言うこと、真に受けるなよ。あいつの頭の中はエロいことでいっぱいで、どんなことでもエロに結びつけるんだ。カラダで支払いなんて。そんなわけないだろ。『ヤーガンの火』がどんな組織かは知らんけれど、お前のところの常識とこっちの常識、そう変わるわけなかろう」

「なるほど」

「それに、娘の前なんだぞ。はやく、服を着ろ」

「分かった。じゃあ、今度、娘さんがいないときに、抱いてくれ」

「いや、お前、全然分かってないだろ」

「じゃあ、次いくか。着替えを頼む」

「今脱いだのを、着ろよ」

「それじゃ、ダメなんだ」

 彼女はくるっとターンして、両肘をテーブルの上についた。私に向けて高々とお尻を掲げると、右手を尻にまわし、二本の指でもって、股間を「くぱぁ」と広げて見せた。

「さ。はやく。こっちも恥ずかしいんだから」

「カラダでの支払いは拒否したばかりだろ。一体何かしたいんだ、お前は」

「武器、凶器、盗聴器なんかを隠し持ってないか、検査だろ。私は敵正規兵だ。囚人、容疑者、それに捕虜を監視下に置くときの標準的な措置だと思うけど?」

「そういうの、普通は、同性がやるんだ。男の検査は男、女の検査は女」

「隊長さんが今夜会議で勝てば、おそらく、人道的に扱ってもらえる。けれど、ドーブレイド車のクソ野郎が主導権を握れば? 妹を見殺しにしようとした男だぞ。私が海に飛び込もうとしたら、自殺するなら手間が省けていいって、喜んだ男だぞ。ミレー、確かにあんたやドクターは親切だけれど、明日、あいつらが私の身体検査をすると言ったら、どうするんだ?」

「……少なくとも、オレやドクターよりは、手荒だろうな」

「この車両には、女性が二人乗っている。でもナースはドクターと一緒に、妹につきっきり。そして、あなたの娘は16歳に過ぎない。検査を頼んでも、結果に信頼が置けない。だからと言って、他雪上車から女性を連れて来ようとすれば、例の車長に気づかれることだろう。消去法で、今、ここで、あなたしかいないんだ、ミレー」

「オレは下品でスケベで、空気を読めない男として、基地内で名を轟かせているんだ」

「それはカタヒラ君から聞いたよ。下品でスケベで、空気を読めないけど、ここぞというときには、一番信頼がおける先輩だって。私も、信頼しているんだ。妹の命の恩人として。少なくとも、この部隊の面子の中では、もっとも信頼している」

「しかし……」

「重ねて、頼む。今、あなたがここで検査をしてくれれば、明日に検査はない。余計な恥をかかずに済む。たとえ明日の検査官が女性でも、多数の男どもの監視下で、かもしれないだろ。それに、発言権の問題もある。ミレーは部隊最長老で、隊長も車長も一目置いている、とカタヒラ君から聞いた。たとえ再検査という声が上がっても、ぴしゃりと断れる。何度も何度も、なぶられる危険性もなくなる。検査のお墨付きという点でも、申し分ない」

「分かった。そこまで言うなら」

 私はピンクブーツ姉の服をカツラに預けた。

「スイタのところに持っていって、検査してもらってくれ。代わりにラテックス製の医療用手袋を五双ほど、ワセリン中瓶一本、ペーパータオル、それとペンライトをもらってきてくれ」

「分かったわ、パパ」

「手袋を持ってきたら、今度は一番と三番のコンテナに回ってくれ。一番には女性用被服のスペア一そろいがある。三番には金属探知機。服は、こっちのリビング。金属探知機は、スイタのところ」

「OK」

「あと、もうひとつ……いいというまで、ドクターカーで、待機しててくれないか」

「……うん」

「聞き分けのいい子で、助かるよ」

「私は、自分が聞き分けの悪い子だったらなあって、思ってるわよ」

「え? 何?」

「パパ、大嫌い。ヘンタイのセクハラ魔。すけこまし」

 足音をわざとドタバタさせて、カツラはドクターカーに向かった。

 私は、肩をすくめた。

「いい娘さんだね」

「まあね」


 検査開始前に、ひとつだけ注意があった。

「処女膜だけは傷つけないように、やさしくやってくれないか」

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