第9話 ピンク編 その9

 ピンクブーツ姉が、妹に抱きつく。

 カツラが、私に抱きついてくる。

 私の体はずぶぬれだし、冷え切っている。娘は、現場に連れてきても、たいていは車内作業専門だ。ジャケットは防寒だが、防水ではない。水分がしみ通れば、そこから凍っていく。風邪でもひくと大変だから離れなさい……と言い聞かせても、カツラは一向に離れようとはしなかった。

 天候が急変したのか、辺り一帯が薄暗くなっている。粉雪まじりの風が、吹き始めていた。

 嵐の予感。

 実際的な意味だけでなく、比ゆ的にもヤバい状況だった。

 隊長のホンゴウと、ブレード一号車車長のカシワが、一触即発の状態になっていた。リアルなブリザードは車内に逃げればいいが、チームをギクシャクさせる人間関係の嵐のほうは、そうはいかない。

 スイタが、私とピンクブーツを介抱しながら、耳打ちしてくる。

「具合が悪いふりをしてください」

 カタヒラが駆け寄ってきて、肩を貸してくれた。

「まったくもう。オレも医療輜重車に逃げ出したいくらいですよ」

「ぼやくな、ぼやくな」

 16歳のピンクブーツのほうは、兵士として働ける歳ではないが、姉のほうは、そうではない。捕虜として尋問し、基地に戻ってからは正式な裁判にかけたい、というのがカシワの意向だった。ホンゴウがいなければ、この場で「始末」したのにな、と辺りはばからず言っていた。

 対してホンゴウは慎重だった。敵正規兵の制服を着ていたからと言って、敵とは限らない。被服とスノーモービルを盗んで逃走してきた民間人の可能性だってある、と全う至極に主張する。

「おい、カタヒラ。例の姉貴のほうは、何か釈明しなかったのかよ」

 怒ったカシワが、無理やり毛布を剥ぎ取ろうとした。セクハラだ、お前のほうこそ訴えてやる、とピンクブーツ姉は叫んだ。見かねたチグサが止めに入り、ともかく服を着せたそうだ。

「けっきょく、オッパイは拝めませんでした」

「また、それかよ。オレは、チラ見できだぞ」

「もう、なんで、ミレーだけ……」

 カシワの怒鳴り声が、絶叫に近くなっている。

 こんなとき、頼りになるのは、ドクターだ。

「喧嘩中のお二人さん。事情聴取は明日にしてくれませんか? 妹さんはもちろん、お姉さんのほうにも、医療措置が必要ですし」

 そういえば、この極寒の中、しばらく毛布一枚きりの裸でいたのだった。

 作戦グリッドの一番南、岩陰に全雪上車を並べて、野営する。出発前の打ち合わせ通りだ。カツラが私の代わりに、各車を回って、糧食と燃料の確認をする。チグサが、忘れてたと、私のメガネを届けにきてくれた。

「ホンゴウから、極秘の伝言です。それとなく情報を聞き出したら、カシワには内緒で、こちらに知らせてほしい、と」

「ああ」

 教科書にない機転だって、時には働かせる。

 そう言えば、ホンゴウは超・超・超優秀な男だった。

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