第6話 ピンク編 その6
さて。
回想にずいぶん時間を費やしたはずだが、それでもまだ、ホンゴウからの指令はない。
緊張の中の、退屈な時間。
まあ、彼我の戦力差さえ分かれば、行動指針に悩むことはない。
なにより、敵方の情報がほしい。
無線で、前線のドーザーブレイド隊の音だけは拾える。
映像は……部隊最後尾にいるこの車両からは、双眼鏡を使ったところで、何も見えやしない。
指揮官として、いま一番忙しいホンゴウを煩わすこともできない。
事前の策だ。
同郷の後輩にして、ムッツリ大王の異名をとるスケベ男を呼び出す。
『……はい。指揮通信車所属。チャンネル4。偵察二号』
「カタヒラ、今回偵察に行ってたの、お前か?」
『アファーマティブです、ミレー』
「質問に答える余裕、あるか?」
『いつでもどうぞ。実は、スノーモービルに乗ったまま、現地で待機中です。旧港湾沖の、岩陰。何もしてないと、寒くて寒くて』
「敵の数、構成?」
『タンデム仕様じゃないのに二人乗りしているスノーモービルが一台。運転しているのは敵さんの正規兵っぽいですけど、しがみついているのは、どうも民間人っぽい女』
「おんな?」
『ええ。若いのに安産型、なかなかエロい尻の持ち主。スノーモービルに合わせて、左右に振れてるのが最高の眺めです』
「その手の実況中継は、今、いらんよ。民間人で、若い女っていう推測の根拠は?」
『半長靴の代わりに、ピンクのブーツ履いてます。ついでに、ショッキングピンクの手袋もつけて。雪原迷彩のパーカ着てても、あれじゃあ効果ナシかな、と。ヘルメットもやっぱりピンクで、ご尊顔、拝めません。どうです、ミレー、美人かブスか、賭けませんか?』
「よしとく。ホントに、敵襲か?」
『スノーモービルの後ろに、雪上車一台。用心に越したことはないでしょう。ただ、連携して移動している漢字ではありません』
「というと?」
『かくれんぼでも、しているみたいな。スノーモービルは、リアス式を利用して、入り江を出たり入ったりしてます。後方雪上車の死角から死角へジャンプしているような感じって言ったら、いいか。雪上車のほうも、時々停車して、ブレードをバンザイしています。とにかく、全方位に目を光らせてやろうって、ことでしょう』
「ホンゴウの評価は?」
『まだです』
「相変わらず、不測の事態には、弱いな」
『おっと。ミレー、優等生はマニュアル頼みっていう悪口は、よしてくださいよ。みんな忘れそうになってるけど、隊長、まだ学生ですよ。部隊最年少正規隊員です。経験に頼ろうにも、その経験がない。公平に言って、ヤツはよくやってます。誰もが言っているように、超・超・超優秀な男ですよ』
「お前、いつからホンゴウ派になったんだよ。エロ本で買収でもされたか?」
『そういうミレーだって、ホンゴウ派でしょ。カツラちゃんの婿、第一候補とか聞きましたけど。まあ、一緒の車両で仕事してますからね。今では、ヤツが隊長に抜擢されたのも、納得してます』
「敵さんの主力が一台だけなら、、おそらくオレたちへの命令は、ドーザーブレイドの陰に隠れろ、だな」
『戦術テキスト通りなら、そうでしょう』
「よし。全速前進」
『いいんすか、勝手に』
「命令違反しているわけじゃねーぞ。命令の先取りだ」
『スノーモービルの女の子の件は?』
「お前はどう思う、カタヒラ」
『駆け落ちじゃないかと思うンスけどねえ。ピンクブーツは「ヤーガンの火」に拉致された深窓のご令嬢。作戦行動が長引いて、女に飢えた野獣どもが、掻っ攫ってきたんです。牢屋に閉じ込めると夜な夜なイケないことをして……ああん。いやん。ばかん』
「お前の気色悪い演技は、いらん」
『かわいそうに思ったイロオトコが、白馬の王子様役を買って出た。チューをして、オッパイをもんでやると、ピンクブーツは王子様によろめいて、一緒に逃げましょう、と』
「エロ漫画の読みすぎだな。少しは控えろ、もう31なんだろ」
『何言ってんすか、オレからエロをとったら、何も残りませんって。棺おけの中にだって、エロ本持込みますよ』
「お前、それ、自慢になってないからな。ともかく、そのシナリオだと、保護を求めて、寝返ってきたってことなのかな?」
『どうでしょ。ピンクブーツはともかく、正規兵のほうは、ウチの捕虜になったって、いいことないでしょう。ウチの今日のグリッドに逃げてきたのは、単なる偶然』
「なるほど」
全力で飛ばしてきただけあって、指揮通信偵察車のエンジン音が聞こえるところまで、追いつく。命令違反……もとい、先取りを気取られないために、そこで速度を落とす。もっと丁寧な運転を、というクレームが医療車から伝わる。
『たった今、指揮通信車から連絡あり。ミレー、ホンゴウの意思が固まったようです。敵雪上車を威嚇、スノーモービルは捕獲』
「ウチには、まだ指令、来てないな」
『ドーザーブレイド隊との打ち合わせの最中でしょう。ピンクブーツの捕獲には、偵察の機動力が不可欠だから、二台とも、ガソリン満タンにしとけって、言われました。チグサちゃんも、もうすぐ戻るとか。指揮通信車で落ち合いましょう、ミレー』
「了解。交信終わり」
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