第4話 ピンク編 その4
そう、私たちには、敵がある。
最大の難敵は、もちろん、天候、気象状況だ。
地吹雪、雪崩、落雷等、数え上げたら、キリがない。せっかくの除雪作業の成果を、ブリザードが台無しにすることは、しょっちゅうだ。シジフォスの岩積そのものの徒労は、気持ちを滅入らせる。
けれど、心ばかりか身体に直接、ヤイバをふるってくる連中がいる。
一種のゲリラ、一種の反政府団体。
いつの時代にもいる、狂信的なナチュラリストたちだ。
彼ら自身は『ヤーガンの火』と自称している。世界一周のマゼランが南米最南端フエゴ島で出会った原住民から、名前を借りている。ヤーガン族とは、暴風雪暴れる極寒極限状態でも決して服を着けず、焚き火ど全身に塗ったグリースだけで生活していた、モンゴロイド系の部族だそうだ。彼らを理想とし、心身の鍛錬とささやかな創意工夫だけで、この全球凍結を乗り切ろう、というのが『ヤーガンの火』の掲げる主張である。かつて温暖化論争が華やかなりし頃、団扇と打ち水だけでどんな熱波もやり過ごせるなどと主張していた人々の末裔だ。三百年前、温室効果ガスとされる二酸化炭素排出削減のために、原発増設が検討されたことがあった。自然保護団体の中にはね原発そのものの危険性を説き、小手先の対策よりCO2排出企業への攻撃を優先させるところもあった。私たちアルベド改善同盟への襲撃も、小手先封じの意味を持つ、だそうだ。曰く、人間の手による自然改造なんて、神への冒涜だ。曰く、国や企業にそんなカネがあるなら、電気ガス、石油石炭を廉価に供給されるのに使われるべき。
そう、現代の『ヤーガンの火』のために、我々は戦う……だそうである。
ちなみに、全球凍結世界のゲリラ戦は、マヌケである。
言い方は悪いが、他に形容しようがない。
まず、雪上車の遅さ。
スノーモービルは機動力に富み、最高時速50キロを超えるが、運転可能時間が極めて短い。好天で二時間弱、ブリザードが吹き荒れる中では、30分と持たない。ドーザーブレイド雪上車の航行時間に制限はないが、その分足が遅い。最高時速十五キロ、平均速度五キロほどと、人間の歩行速度くらいのスピードしか出せない。白兵戦にも時間制約がある。こちらは体力の問題だ。襲撃のセオリー通り、彼らは夜間や悪天候を狙って仕掛けてくる。応戦側である我々同盟側の最高記録では、第358地域(ちなみに国別ではフィンランドに当たる)の部隊が、暴風雪下、零下80度の山岳戦で四十五分戦闘を継続した。さすがは北欧人だけあって、誰一人低体温症にはかからなかったものの、凍傷で手足の指を失った兵士が、かなり出たそうだ。肉体の限界をかけて戦う彼ら「歩兵」だが、戦果は驚くほど少ない。かつて機械化歩兵はグレネードランチャーなんていう「魔法の杖」でもって、戦車を屠ることもできた。が、寒冷地戦闘でこの手の「逆転」はない。ひとえに、ドーザーブレイドという強力な除雪道具のせいだ。盾としては、戦車の正面装甲以上の厚さを誇る。かつての対戦車ライフル以上の火力を使おうとすれば、雪崩や地割れ(いや、雪割れと言うべき?)等、強烈なしっぺい返しで自滅することになる……。
ゆえに、直接の戦闘は、ドーザーブレイド車同士の「押し相撲」になる。
「土俵」の外、キャタピラが使えない傾斜地だの、底なし沼的泥濘地に相手を「押し出し」たら勝ち。時には相手雪上車を「うっちゃり」でひっくり返すこともある。
そして、わざわざ説明しておいてなんだが、この直接の戦闘自体が、これまた少なかったりする。なにせ雪上車が遅いのだ。スノーモービルの偵察が敵を視認してから「がっぷり四つに組む」まで、二時間も三時間も、時には半日以上かかったりする。これは、雪上車自体の重量の四割以上を占める、ドーザーブレイドの重さのせいだ。そもそもこちらの本業は「雪かき」である。敵の雪上車が来たら、単に逃げればよい。数や地形で優位にあるなら、戦いを挑んでもいい。お互い、事前に勝利が確信できなければ、戦闘に入らない。時には「雪かき」した場所が荒らされることもあるが、ブリザードだのにしょっちゅうヤラれていることを考えれば、今更だ。『ヤーガンの火』側も、この辺の事情がよく分かっているから、軽油何百リットルも費やしてまで、イヤがらせをしたり、追跡したりはしない。「お前ら、いったい何しに来たんだよお」という不可解かつシュールな戦場が生まれるわけだ。
というわけで、彼らとの一戦は、たいていマヌケなのだ。
実効ある(という言い方は語弊があるけれど)イヤガラセは、だから、対雪上車ではなく、対デポに、ということになる。
私たちが、作戦グリッドという「雪かき」地域を区画し、グリッドごとに仕事を進めているということは、もう察しがついていると思う。作戦終了後のグリッドは、整地された周知の領域ということもあり、移動滞在が極めて容易になる。そこで、あるグリッドを開発したら、次に隣接するグリッドを雪かきする。という形で、私たちは仕事をする。十分安全と見込まれるグリッドには、デポを設置する。糧食、機械類のスペアパーツ、医薬品に被服、そして軽油からランプ用のアルコールにいたるまでの各種燃料、その他必需品の貯蔵庫だ。いちいち補給のため基地に戻らなくてすむという意味で、このデポは戦術上非常に重要な拠点となる。デポの主体となるのは、10トンばかりのアンカー付コンテナだ。物品の保存には最適だが、泥棒と雪上車の体当たりには、めっぽう弱い。アルベド改善同盟では、二系統の部隊を編成して、デポ維持に努めている。
ひとつは『ヤーガンの火』から直接デポを守る、警邏隊。そしてもうひとつが、デポへの物品補給を旨とする、私たち輜重グループの部隊だ。
警邏と『ヤーガンの火』の戦いは、「ダルマさんが転んだ」という、子どもの遊戯に似ている。
『ヤーガンの火』がデポ襲撃のために接近すれば、途中で、必ずといっていいほどの確率で、偵察に発見されてしまう。言うまでもなく、敵の雪上車も鈍足のせいだ。偵察は『ヤーガンの火』の動きに合わせ、味方警邏雪上車を呼びよせる。警邏の動きが「素早ければ」、『ヤーガンの火』はさっさと撤退したり、あるいはその場にとどまったりする。警邏の到着が遅かったり、痺れを切らして他デポの巡回に行こうとすれば、ぐいぐい当該デポに近づいてくる。
雪上車の数は限られているので、警邏も、いつまでも同じデポに張り付いているわけにはいかないのだ。
こうして、警邏が「鬼」役の変形「ダルマさんが転んだ」が、デポを巡って展開されるわけだ。
オニ役は、呪文を唱える代わりに、次のデポに行くふりをする。グルグル、辺り一帯を巡回する。要するに、油断を誘う行動の一切合財を試みる。
デポそのものだけでなく、敵がデポにヒットアンドアウエーできる範囲が、いわば陣地になる。地形等を利用して、陣地に入り込もうとする敵に、ドーザーブレイドで手荒い「タッチ」をするわけだ。
駆け引きの内容は「ダルマさん……」遊びとソックリ一緒なので、基地では正式な訓練の一環として、この遊戯が組み込まれている。
一度、警邏の人手が足りないので、オブザーバーとして参加したことがある。訓練に夢中になって、オニ役の女の子の背中ならぬ胸にタッチをし、勢い余ってスカートの中にダイブした。まあ、ラッキースゲベというヤツだ。見事な張り手を左頬にもらった。お詫びにトラ柄のセクシーパンツをプレゼントした。『スパッツなりアンスコなりを着けるのが本当だと思うけれど、どうしても生パンにこだわるなら、水玉模様より黒と黄のシマシマのほうがいい』と親切心で忠告したのだけれど、今度は顔を引っかかれた。『そうか。お揃いのブラとセットでないから、怒ったの?』とサイズを聞くと、さらにグーパンが飛んできた。どうしてこう、デリカシーのないことばかりするんですか、とスイタにたしなめられた。娘に、三日間、口を利いてもらえなかった。
ということで、ちと的外れの逆恨みかもしれないけれど、私は『ヤーガンの火』が大嫌いなのだ。
ホンゴウ隊への輜重協力は、この隊がデポなし地域開拓に従事しているせいだ。
いわば、飛び石グリッドの除雪。
隣接グリッドを利用しないのは、時間短縮のために戦略の一種なのだ、という。
アルベド改善が白黒二色で表現されることもあって、これらの戦略は囲碁そのもの、と言われる。実際、基地参謀クラスの幹部連中は、このボードゲームの強豪揃いだ。
前述通り、デポ攻撃主体の『ヤーガンの火』連中が、飛び石部隊を狙う可能性は低い、とは言われてるが……。
『敵襲、敵襲、敵襲っ』
ホンゴウの叫びに続いて、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
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