暇二節(ひまつぶし) 5

 はっ、と自然に目が覚めた。


「げほっげほっ」


 体内から水分から抜けているのか喉が乾いている。

 取り敢えず喉を潤すために、俺の体の出汁エキスの入った温泉を一口含む。

 良質な温泉はミネラル豊富で健康にもいいし、飲んでも問題は無い。

 うたた寝した時間は体感で一時間程だろうか。

そういえば、と思い至り、端に放置して湯に浸からせているアトリの姿を探す。

 ……見つからない。

 周囲を観察してみると、アトリの分の服も消えているので誘拐された線は無いか。

 月光も雲に遮られた暗闇の中で何も見えないので呼んでみることにした。


「アトリ……?」


 返事はない。

 ……まさか、崖から落ちた?

 それともいたずらで隠れている?

 とにかく湯から上がるか、これ以上長風呂する理由もないし。

 俺は体を振って水気を飛ばし自然乾燥させると、服に袖を通す。

 そして匂いでアトリの気配を探した。


 クンクンクンクンクン…………あれ?、近くにいる。


「アトリ、行くよ」


 俺はアトリに呼び掛けるが。


「行きません」


 何故かアトリは反抗的だった。

 高所恐怖症なのに吊り上げた事と、混浴すると約束したのに気絶した状態で風呂に入れたことを怒っているのだろうか。

 まぁ怒る原因としては十分な理由ではあるけれど、でも、意固地になってまで怒る程の事だろうか。

 普段のアトリだったら「お兄ちゃんの馬鹿ー!」っていいながら胸を叩いてくる程度の事の筈だけれど。

 てか混浴は俺が寝ている間に襲う位の事は出来たはず(もし襲ってきても気配で回避できるけど)。

 まぁ理由が分からんときは適当に謝って機嫌を取る。

 それが俺のお家芸だ。


「ごめんねアトリ、ひどいことして、つい調子に乗って自分勝手しちゃった、反省してます、赦して」


 俺は土下座した。

 どうせ他に取り繕うべき相手もいないし、妹相手に変に威厳を保っても仕方ない。

 どうせ理不尽な命令で俺の尊厳や自尊心は弄ばれるのだ。

 だったらご機嫌取りに全力を尽くすのに障害はない。


「……っ、私が気絶してる間にひどいこと、したんですか……?、自分勝手に、出したんですか……?」


 アトリは脅えているのか声を震わせて訊いてきた。

 何か噛み合って無いような……。


「何も出して無いけど、どうかしたの?」

「……何でもないです、あっちいってください」


 つれない様子だ、この雰囲気からして発情は収まったか。

 しかしなんで急にアトリの態度が急変したのか、その理由が分からない、折角混浴しているチャンスをふいにする理由があるはずなんだけれど。


「アトリ、何を恐れているの」


 少なくともさっきまでは抱いて!とか犯して!みたいな典型的な雌豚思考をしていたと思うのだけれど。

 いや、流石にそこまで直球ではないか。

 それでも何か好感度を著しく下げるような事件があったのだろうか。


「……だってお兄ちゃんの、お兄ちゃんが」


 俺の存在その物に対する脅え。

 俺の寝相の良さは折り紙つきであるために、寝ている俺ができるアトリへの威圧方法は一つしかない。

 さっきは温泉で気持ちよくなってたから。


「アトリ……見たの?」


「……っ、やめてください、思い出したくもありません」


 アトリはそんなに恐ろしかったのか顔を伏せて体を震わせた。


 ……確かに、気持ちは分からないでもない。

俺も初めて見たときは結構ショックだったしな、成人男性の勃起ペニ○は。

 特に俺のは平常時からの膨張率が高い方だから結構ガチガチしてるしギャップもでかいもんな。

 アトリがそこまでショックを受けていると言うことは俺のちんぽこも大人として認められたということか。

 ちんぽこの屈辱から始まった今回のイベントだけに、最後はちんぽこが一矢報いて終わるのか。

 江戸の敵を長崎で撃つみたいに。

 てか、結構肉食系な感じで迫ってきたアトリだったけれど、実際はもっとうぶでお子様なんだな。


「大丈夫だよ、もう小さくなったから、だから怖くないよ」


「ほ、本当ですか、いきなり大きくなったりしませんか?、いきなり私の体に欲情して襲いかかってきたりしませんか?」

「いらない心配だよ、俺はロリコンでもシスコンでも貧乳好きでも男の娘好きでも無いんだから」

「最低の慰めですけど、今はその言葉が何より安心できます」


 アトリはようやく警戒を解いて俺の側に寄ってくるが、まだ足取りは重く恐る恐るといった感じだ。


「どうしましょう、私、男性恐怖症になるかもしれません、お兄ちゃんの顔を見ただけで震えが止まらなくなるかもしれません」

「大げさだなぁ、たかがちんぽこ一つにそこまで脅威を感じる事無いでしょ」

「お兄ちゃんのだからですよ!!、体力お化けで、腕力も魔法も強いお兄ちゃんの手にかかれば、一度捕まったら最後、絶倫のお兄ちゃんが満足するまで逃れられず、太くて大きくて硬いに死ぬまで犯され続けるんです……」


 超絶倫お兄ちゃん~野獣と化した兄の復讐~みたいなタイトルでエロゲーになってそうな妄想だな……。

 アトリは実は想像力が豊かな子なんだな。

 なんでそこまでネガティブ思考に偏ってるのかは知らないけれど、そんな目で見られてるなら余り近寄らない方がいいか。


「まぁいいや、アトリが距離をおきたいっていうなら、俺は構わないよ」

「ダメです、お兄ちゃんを監視しておかないと、何人の女の子がその凶悪な怪物の被害に遭うか分かりません、主人としての最低限の責任として、面倒だけは見なくてはいけませんから!!」


 なんかシモの世話をしてくれるみたいに聞こえるけど、別にそういうの求めてないし、どうやったら落ち着いてくれるかな。


「あ、そうだ、じゃあ命令コマンドすればいいじゃない、それなら安心だろ?」


 まぁアトリの命令は基本的に効力が大分弱いので頻繁にかけ直す必要があるけれど、それでも行動を制限できる事に変わりはない。


「襲われるのは怖いんですけど、襲われなくなるのもスリルが無くなってつまらないので……命令はちょっと……」


 めんどくさい乙女心というやつか。

 結局アトリが自分で克服してもらうしか無いということか。


 ……クソッ、最後にこのイベントを挟んだことで今日一日の成果が上書きされて「意義ある一日」が「ちょっと変な日常の一ページ」まで転落した気がする。

 最悪のオチがついたみたいな。

 やっぱり一度に沢山の事はするべきじゃないな。

どれだけ大切な事がいっぱいあっても、一日は長く感じるけれど短いのだから。

 でも、アトリと一緒に過ごす時間は、何を選んでも、情報量の多い一日になると思うし、結局は大差ないか。

 だったらもう、何しても同じだな。

 俺は面倒くさくなったので難しく考えるのをやめた。


「恐怖を感じるなら、恐怖で上書きするしかないよね」


 俺はアトリの震える手を掴む。


「あの、お兄ちゃん?、何を……」

「紐無しバンジー、行ってみよう」

「!!!???、嫌です、無理です、それだけは勘弁してください、許して、許して、ごめんなさいなんでもします、だからそれだけは……」


 俺は暴れるアトリをお姫様抱っこして、そのまままっ暗闇の中、断崖絶壁にダイブした。


「―――ふっ」

「ぴゃぁ」


 アトリは小さな悲鳴を上げて魂抜けたように白目を向いた。

 とてつもない浮遊感と疾走感に縮み上がるような恐怖が駆け抜けるが、それを乗りこなして落下していく。

 勿論そのままの速度で落下すれば二秒で安全制御できる時速五十キロは優に越えるので、上手く岩壁の突き出た部分や生えてる枝を蹴って衝撃を殺す。

だがこの暗闇の中では十メートル先の視界すらあやふやだ。

 このまま落下すれば着地に失敗して骨折は免れない。

 なので俺は体感で地面に近づいたと思うタイミングで岩壁を蹴って木々に向かって着地する。


「―――ふっ」


 枝を突き破り、葉っぱをかき分けて地面まで降りて行く。

 そして着地は五点着地の要領で衝撃を殺す。

この際、アトリを抱きしめる形にして、アトリを守りながら上半身まで衝撃を逃がす。

 上手く木に引っ掛かったおかげで衝撃は二階からの飛び降りと同等程度だった為、無傷で落下できた。

 まぁ仮に失敗しても、物理的な損傷なら魔法で何とかなるので骨折程度は覚悟の上だったけど。


「アトリ、怪我はない?……ってまた気絶してる」

まぁ生きてるなら大丈夫か。


 時間も遅いしこのまま寝させてあげよう。

 これで恐怖の上書きはできたかな。


 まぁもしかしたら俺の存在その物が恐怖の象徴として植え付けられたかもしれないけど。

 俺は焚き火の位置に戻り、そのまま眠った。

 そして翌朝、アトリを背負って学院に帰った。

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