暇二節(ひまつぶし) 4
「なんだか体がむずむずするんですけど」
食事を終え、用を足し、そろそろ寝ようかという頃合いに、アトリは顔を紅く染めて訴えてきた。
「ああ、蛇には滋養強壮成分あるからそれで、かな」
蛇はうまいけど、そういえばそんな副作用もあったなと、今更に思い出す。
自分で食っていたら股間がテントを張ってアトリに付け入られる隙を与えることになったかもしれない。
「!?、もしかしてお兄ちゃん、とうとう私と子づ……」
「馬鹿言ってないでさっさと寝よう、寝て朝になったら終わりだから」
アトリのいつものノリはキャンセルして、俺はアトリから距離を置いて横になる。
普段だったら腕枕くらいはしてあげるんだけど、 今のアトリに近づきすぎるとオオカミに食べられそうだから気を付けないと。
「だからむずむずして寝付けないんですってば、お兄ちゃん、責任とってくださいよ」
邪険にした事に怒ってか、アトリはポカポカと俺の体を叩く。
流石に放置できるものでもないと腰を上げた。
「……確か性欲が高まった時は運動するといいって聞いたことあるな」
むしろ性欲強いときの方が筋トレ捗るとかそういう話だったかな?
「よし、じゃあ一緒に腕立て、腹筋、スクワットしよう!」
就寝前と食後、どちらも筋トレするには最悪のタイミングかもしれないけれど、初めてくる山の中、焚き火の前で筋トレというのも、案外悪くないのかもしれない。
やっぱり新しい場所でやる行為は何であっても特別感を得られるからありがたい。
そう思って意気揚々とした態度で以て腕立て伏せの姿勢を取るが。
「勝手に一人でやっていてください、私は、汗まみれで、疲労困憊になった所を襲うだけですから」
アトリは冷ややかな目で俺を見下す。
やっぱり俺の筋肉ノリにアトリが乗ってくれる訳が無いか。
まぁ、襲う時にちゃんと予告してくれるだけアトリはまだいい子か。
アトリに襲われたとしても片手で軽くあしらえるから毒でも盛られない限りは脅威ではないけれどね。
「二人でできる遊びかぁ、鬼ごっこ、かくれんぼ……あと何があるだろう」
仕方ないので建設的な解決方法の模索にとりかかるが、なかなか思い浮かばない。
「こんな夜中に鬼ごっことか無理ですよ、絶対転びますし、最悪遭難します」
「でも、筋トレ以外に体を使った運動っていったら走るしか無いじゃない」
「……マッサージ、なんてどうでしょう?確か代謝が上がっていい運動になると思うんですけど」
俺はアトリの細い手足を揉みほぐすのを想像して、腹筋に振動を与えればエクササイズマシーンの代わりになるかな、と思ったけれど、嫌な予感がしたのでやっぱり体に触れるような行為は控えることした。
「……いや、やめておこう、俺のマッサージだとうっかりアトリを昇天させかねないから」
「……それってどっちの意味ですか?」
「さぁて、ね」
でもアトリの意見を否定した以上、代案を考えなくてはいけない。
その気になれば気絶させて強制的に眠らせることもできるのだけれど、それをやったらやっぱり
山の中の、夜、二人で出来ることといったら……。
今日は雲りで星を見るのにも向かないしなぁ。
それに夜中に熊に遭遇する危険もあるしアトリを一人にするのも危ないか。
だとしたらもう肝試し的なノリで探索するしかないような。
でも普通に認められないだろうなぁ。
動かなくても代謝があがる方法無いかなぁ。
なんて考えていたら名案を思い付いてしまった。
そう言えば俺は今日、大好きな日課の事を山モードに入っていた為に忘れていたのだ。
「温泉に入ろう!!」
「混浴ですか!!入りましょう!!!」
俺の思い付きは二つ返事で許可された。
動かずして代謝を上げてなおかつ体も洗える温泉は案としては最上級のものであるが問題が一つ。
「でも温泉ってどこにあるんですか?」
「それを今から探すんだよ」
今までいろんな山を経験してきたものの天然温泉のある山なんてものはとても希少である。
なので適当に探し回っても見つかる筈もないが。
「へ、探すって、心当たりはあるんですか?」
アトリが心配そうに見つめてくるがここで不信感を与えては元の木阿弥、俺は自信満々に返す。
「俺に任せろ」
「こ、これは根拠の無い自信を振りかざすときのお兄ちゃんです、こういう時のお兄ちゃんを信用すると大抵ロクな事がありません、やめときます」
相変わらず俺に対する危険予知センサーはしっかり発動しているようでアトリは拒否するが。
「アトリも汗かいて疲れたろう、温泉に入ってさっぱりしようじゃないか」
俺はアトリの手を強引に引っ張って、無理矢理連れていく事にした。
「い、嫌ですってばああああああ!!」
「ひゃん、あのお兄ちゃん、暗くて足元が見えないのでもっとゆっくり……」
アトリは暗闇に目が馴れないのか何度も躓いていた。
そんなアトリに合わせて俺は歩幅を狭める。
「あと、手、放してもらっていいですか、今はちょっとお兄ちゃんに握られている手が熱くてむずむずするっていうか、体がくすぐったくなって余計に歩きにくいので……」
アトリはかなり発情しているようで息遣いも荒くなってきていた。
なんというか、暫く一人にして発散してもらった方がいいんじゃないかといった感じだけど、流石にそれを言葉にしたら逆鱗に触れそうなので、余り意識しないようにしよう。
服でも掴んでいてくれたらまだ管理が楽なんだけれど、アトリは俺の半径一メートル以内にいるのすら辛いのか距離をおいていた。
おかげで俺はアトリの気配、熊など危険の察知、そして温泉の感知と三つのレーダーを張り巡らすことになった。
「ぜぇぜぇ、流石にこれ以上歩いたら、帰るのが億劫になると思うのでそろそろ引き返した方がいいと思うんですけど……」
歩き初めて三十分といいつつも、アトリの亀には勝る程度の速度での行進の為に一キロ程度しか移動していないため、大した探索も出来ていないのだが、出不精のアトリの一日の終わりの体力では、これ以上は無理と判断し、仕方なしに一旦とまる。
「じゃあはい、おんぶしてあげるよ」
普段ならもっと早いタイミングでのおんぶを要求されていたけど、ここまで歩いたアトリの頑張りを認めて今日は俺からおんぶしてあげる事にした。
「……今、体に触れられるとちょっとまずい状態になるんですけど」
アトリの発情具合は相当に辛いのかそんな風に忠告されるけれど。
「我慢して、どうせ普段から発情期みたいなもんなんだし、大して変わらないでしょ、それにもしも我慢できなくなって、
「何さらっと物騒な事を妹に対して行おうとしているんですか……今この場で
アトリはそっちの無理を聞く代わりにこっちの無理を聞けと提案してきた。
まぁ裸は既に見られてるし、逆に見せて慣れさせておいた方が予防線張っていると言えるのかな。
「混浴してもいいけど、変な事したら……分かってるよね?」
俺は笑顔でアトリに忠告してやる。
そもそものこのキャンプの発端。
それはアトリが俺のちんぽこを視姦し、
もう二度と悲劇を繰り返さないためにも釘を刺すのは重要な事だ。
「……つくづく思いますけどお兄ちゃん、私の事何だと思ってるんですか、かわいい妹に襲われるなら本望だと思ってくれてもいいと思うんですけど」
まぁ確かにもうちょっとだけアトリが大人だったならばそういう展開も否定はできないのだが。
「俺はロリコンでもシスコンでも、貧乳好きでも、男の娘好きでも無いからなぁ……」
「ちょっと、お兄ちゃん!それ侮辱、十五歳のレディに対してその態度は悪口を通り越して圧倒的に侮辱ですから!!」
怒ったアトリがおんぶしようとしゃがんでいる俺の背中に抱きついて首を絞めてくる。
当然、アトリの細腕で絞め技の基本も知らないような裸締めでは気道を絞められる訳もないが。
かぷっ
耳を噛まれた。
「おひいひゃんほはははほ~!(お兄ちゃんの馬鹿ー!)」
ふにゃふにゃと俺の耳を溶かさんとする勢いで唾液を塗りたくられながら右耳に噛みつかれる。
人間、どれだけ貧弱な人間であろうと最低値を保証して強靭な部位が顎なので、加減なしに噛まれるのは大分痛い。
「痛い痛い、せめてもっと加減して!」
「ひははほうひへはいほははんへひはへん!(今はこうしていないと我慢できません!)」
アトリがどういう理由で俺の懇願を聞き入れなかったのか分からないけど、放す気は無いという不動の意思は感じ取れたので妥協案を出す。
「……じゃあせめて髪の毛か首筋を噛んで、耳だと千切れるかもしれないし」
もしかしたらさっきアトリの耳を噛んでから無茶振りを強引に押し通した事の仕返しをされてるのかもしれないし、ここはある程度譲歩しとくか。
アトリは俺のアホ毛を咥えるとふにゃふにゃと唾液をべったりつけて引っ張る。
俺の一番のチャームポイントが汚されてダメージを受けてるけどアトリがそれで大人しくしてくれるなら安い犠牲か。
「はむ、なんか今ならカニバリズムも理解できるかもしれません、お兄ちゃんの頭から爪先まで踊り食いしたい気分です」
「いや、唐突に変な性癖に目覚めて俺に不安を与えるのはやめてよ、しかも生きたまま食べるの……」
「そりゃあお兄ちゃんが死ぬところは想像できませんし」
「……せめて麻酔くらいはして欲しいなぁ、流石に残虐過ぎるし」
もしもアトリが俺の苦しんだり痛がったりする姿に愉悦を感じるサイコパスだったらこれからアトリと仲良く共存していく自信がないんだけど……。
「大丈夫ですよ、唾液でじわりじわりと、時速0.1ミリでじんわりと食べていくつもりなので」
そういってアトリは俺の頭上に唾液を垂らす。
非常にばっちくて不快感を感じるけれど、おかげでなんとしても温泉に入ろうという決意が生まれた。
この理性を失ってるかのような奇行は、さながら酔っぱらい同然だけど、まぁ性欲が暴走してるならそれもやむ無しか。
額を汗のようにアトリの唾液が垂れてきて少し煩わしいが、気にせず歩を進める。
「……てかそもそも唾液は弱アルカリ性だから溶けないし」
「……?、溶けないんですか?」
そういえばこの世界は現代ほど科学が発展してないし、基礎的であってもこういう理系の知識はあまり知られてないのかもしれない。
ただのアトリの学力不足かもしれないけど。
「唾液で体が溶けるなら、自分の口がまず溶けちゃうよ」
「……確かに、じゃあ性的に頂くだけで我慢します」
「いや、それも出来ればやめて欲しいな……」
「大丈夫ですよ、私は食べるよりも食べられる方が好みなので、先手はお兄ちゃんに譲ります、でもいつまでも待たせるようなら……その時は容赦しませんから」
……やめて欲しいのは先攻後攻の順番じゃなくて、アトリの望む行為そのものなんだけれど、まぁ猶予をくれるというならまだ成り行きに任せることにしよう。
きっとアトリがテンプレヤンデレ妹のように肉体関係ばかり求めてくるのは俺達の繋がりが薄いからその関係性の溝を埋めるためで、今後、今日みたいな体験を通じてお互いの絆を深めていけばそういう即物的な愛情表現に頼らなくても、心の溝を埋めることができると思うし。
「お兄ちゃんがお兄ちゃんで、私が私でいる間に、私に最高の初体験をプレゼントしてくださいね、今、お兄ちゃんを想って、好きでいる気持ちは賞味期限付きですから、大人になったらきっと、お兄ちゃんも変わって、私の好きの形も変わると思いますので」
なんて俺の心なんてお見通しと言わんばかりに、アトリは釘をさしてくる。
「……刺激が欲しいだけなら、これからだっていくらでも刺激的な初体験をあげられるけど」
「確かにそれも特別ですけど、違います、私は特別な体験がしたいんじゃなくて、お兄ちゃんにとっての特別になりたいんです、お兄ちゃんの童貞が欲しいんです」
まるでエロゲーやエロ漫画でしかお目にかかれないくらい直球で何とも言えないセリフだけど、俺とアトリの間であっては、普通より少し意味が重く、ハードルは高い。
それに。
「童貞なんかもらっても全然特別じゃないよ、だって俺は必要とあれば誰と性行為するのも苦じゃないし、生きるためなら男相手でも、動物相手でも……するよ」
幸いなことに未だ童貞ではあるが、生きるために体を売る可能性もあったので、そういう最悪に対する心構えは確かにある。
例えば「人を殺して日銭を稼ぐ」と「体を売って日銭を稼ぐ」の二つの選択肢しかなかったらどちらを選ぶだろうか。
俺は迷わず後者を選ぶ。
ひどい搾取と屈辱、人間の尊厳を全て奪われるような地獄に落ちるとしても、俺は後者を選ぶ。
なぜなら俺は修羅にだけはならないと決めたから。
悪人だけを殺すならまだいい、だが、善人を殺し、傷つけて、その家族まで不幸する事になんの躊躇いも無い人間は、もはや人ではない。
人を思いやる心を、人を愛する心を失った人間は、心を持たない獣と同じ。
人に愛されることも、信用されることも、理解されることもなく、ただ孤独と殺戮の日々に没頭するしかない。
ああにはならない。
道を踏み外した彼への反発が、俺を闇から遠ざけて来たのだ。
いや、幼い対抗心であるから、その評価が本当に正しいのかは分からないし、彼を理解できる可能性もゼロじゃあないのかもしれないけれど。
結局選択肢が一つだけならば、俺は善人だって殺せてしまうけれど。
それでも優先順位が一番下であるということが、殺人が保身より下にあるということが、俺の誇りなのだ。
そんな俺の信念をアトリは思い切り笑って流した。
「ぷひゃあああああけらけら、必要とあれば誰とでも、男でも、性行為できる、童貞がイキるにしては調子乗りすぎですうぷぷ、やばいお腹がよじれそう」
どうやら俺の信念を込めた言葉は理解不能だったらしく、アトリに理解できる意味へと曲解されたようだ。
まぁ普通の人からしたら頭おかしいレベルの発言だから仕方ないか。
「くすくす、お兄ちゃんの守備範囲が動物まで及んでるのは分かったのでその中に妹も加えいれてくださいよ」
失礼なアトリは笑いながらそんな提案をしてくるが、流石に気分が悪いので無視。
笑いをこらえているアトリを負ぶって歩いているとようやく見つけた。
「探せば見つかるものだね」
「……?、何も見当たりませんが」
「どこ見てるの、上だよ上」
「上って……まさか」
真っ暗な山を歩いて突き当たった崖の頂上に、うっすらと湯気の立っているのが確認できる。
「ここを、登るんですか?」
「俺一人で登って、アトリは後からロープで引き上げるから大丈夫」
「いやいや、大丈夫とか以前に登ったら絶対下りられない……ってもう登ってる!?」
心配するアトリをよそに手足を使って軽快に断崖絶壁をよじ登っていくと、そのままノンストップで登頂する。
そして四次元魔法でロープを取り出すと下に垂らした。
「ちゃんと体に巻きつけたら引っ張ってー」
結構距離があるし声が届くかは分からないけど、ロープが垂らされたら自分で考えてなんとかするだろ。
そう思ってロープを思い切り引き上げていく。
「どう?、アトリ……って気絶してる」
そういえばアトリは高所恐怖症だった。
そして多分アトリは暗闇で頂上が見えなかった為に高さを想像できなかったのだろう、もし高さを知っていたら絶対ロープを取らなかった筈だし。
まぁこれ幸いと、今の内に風呂に入れて混浴の約束を果たすのが吉か。
俺は自分の衣服を脱いで綺麗に畳んで置き、続けてアトリの服を脱がせて綺麗に畳んで置いた。
その際アトリの裸は極力見ないようにする。
どうせまっ暗闇なので、直視してもそこまではっきりとは見れないけれど。
生の異性の裸という映像はとても強烈な印象を残すので、最悪、一生忘れられないからだ。
俺のスペックの低い脳みそは余計な映像を入れるとバグを起こすというのは経験則で知っているので不要なリスクは回避する。
女性の裸を見ても動じない自信はあるけれど、興味がない訳じゃないというのが俺がまだ雄として死んでいない証拠なんだろうな。
まぁ異性の
環境が変われば人は変わるということか。
……それはそれとしてやっぱり風呂はいい。
どんなきつい運動をしても、風呂さえ入れば明日も頑張れる気がする。
特にきつい肉体労働をした後に入る風呂は格別だ。
この喜びをアトリに味わって貰いたい所だけど、気絶した状態で端に放置してるので叶わない。
魔法を使えばスク水くらいは作れない事はないけど、そんなOVAの映像特典みたいなシチュエーションは俺の物語には不要だし。
何よりこの至福の一時を満喫したい。
あくびを一つすると、そのまま体を浮かばせて、風呂でうたた寝することにした。
体によくないと知りつつもも、背徳の快楽とでも呼ぶべきか、この世に寝風呂以上の贅沢風呂はなく、しかも、天然露天風呂の秘湯を独り占めしてする寝風呂は俺が経験した中でも一番の贅沢風呂だ。
耳や口に僅かに湯が入り込むのも構わず、俺は体を広げて浮力を得ると、そのまま溶け込むように眠りの中に入り込んだ。
ふひひ、極楽極楽……浸かれども、熱き湯に入り、また浮かぶ、いかなるものぞ、これに勝らん。
脳からじわじわと幸福感に包まれていき、次第に全身が気持ちよくなっていった。
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