短編・二人の日常

暇二節(ひまつぶし)

「お兄ちゃんって、本当に男の子なんですか?」


 いつものようにアトリが俺の部屋に押し掛けてきた休日の昼下がり。

 俺がサイズの合わなくなったアトリの私服を裁縫して手直ししていたら、アトリから突然そんな風に言われてしまう。


「いや、確かに顔立ちは中性的かもしれないけど、見てよこの筋肉、こんなムキムキな女の子なんていないでしょ」


 俺は二の腕を露出させて、そう反論してみるが。


「中性的どころか普通に女性でも通用するレベルじゃないですか、筋肉だって確かに気持ち悪いレベルでガチギチに絞られてますけど、そこまでムキムキじゃないですし、それに何より料理、洗濯、そして裁縫、家事万能過ぎて、どこにでも嫁に行けちゃうくらい女の子し過ぎです」

「いやぁ、家事万能っていうか、普通に自活する最低限のスキルだから、別に普通でしょ」


 確かにここは貴族のいる世界だから、男が家事をするっていうのは、現世以上に奇特な事なのかもしれないけれど、でも、独り暮らしを楽しむ気持ちで研究心をもってやれば、自然と身に付くものである。

 だがそんな回答では納得できないのかアトリは言った。


「ちょっと確かめさせてもらってもいいですか?」

「な、何を確かめるというんだい?」

「ついているかどうか」

「やめて!」


 俺が拒否したのにも関わらず、アトリは俺に飛び込んで来て押し倒される。


「直ぐ終わりますから、大人しくしてて下さい」

「ねぇ、ちょっと、無理、無理、ほんと無理、やだ、ちょせぇ、やだ、ほんとやだ、お願いやめて」


 俺が必死に抵抗しているのがむしろそそるのかアトリは興奮した面持ちでパンツを下ろす。


「わぁ、かわいらしい、お兄ちゃんも、ちゃんと男の子だったんですね、安心しました、うふふ」


「ううう……アトリに汚された……」


 パンツを脱がされるだけならまだしも、余計な一言で心を抉られた俺は膝を抱えて部屋の隅で壁を見つめた。


「お兄ちゃん、元気出してください、小さくったって、私はちゃんと受け入れますから、だから小さくったって気にしないで下さい、私は小さいくらいが可愛げがあって丁度いいと思います」


 アトリのそんな気休めが、いちいち俺の心を抉ってくる。


 そうだ、何で俺だけがこんな目に合わないといけないんだ。

 こんな暴挙を許したままだと、アトリは助長し、更に理不尽な仕打ちをしてくるに違いない。


 やられた分はやり返さないとまたやられる。

 そんなレベルの低い不文律をアトリに適用しなくてはならないのは少し残念だけれど、普段から散々我が儘を許してきたツケが帰ってきたのなら、今日ここで清算する必要性も多少はあるだろう。

 俺はどんよりとした鬱々感を抱え込みながら、不意に沸き上がったちっぽけな怒りをそのままアトリにぶつけることにした。


「アトリってさ、男の子みたいだよね」

「……へ?」


 俺が反撃した事にアトリは面食らってみせる。


「行動が子供っぽいし、胸はぺったんこだし、何より淑女としての品性が感じられない」

「…………」


 その指摘にアトリは何も言い返せずに黙りつつも、怒りで眉を釣り上げた。


「確かめてみようか」

「……どうやって?」

「魔女裁判って知ってる?」


 アトリが女の子なのは疑うべくもない。

 確かに胸はぺったんこだけれど、その細い手足や愛らしい顔立ちだけでも九割方女の子だと断定できる。

 まぁ男の娘の可能性も二次元だったら半分以上ありそうだけど、今更アトリが実は弟だったみたいなオチは有り得ないので、それは無いだろう。

 だから、これは腹いせ。

 アトリに日頃の鬱憤を晴らすためだけの行為。


「た、確かめるなら直接見てもらった方が早い気が」

「いやいやいや、嫁入り前のお嬢さんにそんな恥ずかしい真似させられませんよ」

「だったら痛いのと怖いのも止めてください!」

「おっけー、じゃあ死にたくなるくらいきつい事にするね!」

「そんなのも嫌ですうううううううううう」


 アトリはいつもの駄々っ子モードに入った。

 でも俺もアトリの躾上よくないと、駄々っ子になった時はいつも以上に強く出るようにしている。


「大丈夫、アトリなら大丈夫だから、だって、俺の妹だろ?」

「そ、そんな言葉で懐柔しようったって」

「じゃあこうしよう、アトリが女の子だって、俺に認めさせることができたら、アトリのお願いを一つ叶えてあげる」


 これがアトリに対する懲罰では無く、対等な条件の下で行われる勝負だと、アトリに思わせるための条件である。


「……何をさせるつもりですか?」

「簡単な事だよ、子供でもできる」

「怖くないですか?」

「全然」

「痛くないですか?」

「ちっとも」

「きつくないですか?」

「普通だよ」

「・・・うぅ」

「何を迷ってるの?簡単で怖くなくて痛くなくてきつくもないことするだけで願いが一つ叶うんだよ?アトリには得しかないじゃないか!」


「お兄ちゃんはいつもいつもそうやって私を騙して私をロクでもない目に遇わせますから、もう騙されません!」


 いつもいつもって、がアトリに何かを促したのはこれが初めてなんだけれど、アトリがそういう風に言うってことはシオンがアトリを何かしらの災難に遇わせていたって事か。

まぁいい普通は押してダメなら引いてみろだけれど、アトリの嗜好から言えば押してだめならだめ押しでいくか。


「いいのかアトリ」

「……何がですか?」

「お前このままだったら一生俺から女の子だと認識されないまま生きていく事になるぞ」

「…………」

「俺が周りから見たら女の子に見えるっていうのはまぁ分かる、実際女装しても誰も気に留めない訳だしな」

「……」

「でもお前はどうだ、周りからゼロ伯爵と呼ばれ、淑女として振る舞う事も無ければ、淑女として扱われる事もない、非常に惨めで哀れな子供ガキのまま一生を過ごす事になる」

「……」

「そんなの、嫌だろ?」

「……嫌です、せめてお兄ちゃんからだけは、女の子として見てほしいです」

「でもこのチャンスを逃したら一生、淑女レディにはなれない」

「……」

「おいでアトリ、一緒に、女を磨きにいこう」


 俺の悪意百%スマイルを疑う事なく、アトリは俺の手を取った。


「痛いのと怖いのときついのだけは、勘弁して下さいね」

「うん、わかったよ」


 こうして俺のアトリへの、ささやかで手の込んだ復讐が始まるのであった。

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