第16話 君はいつか降る雪の理由を知らないけれど 4

「学院の中も活気づいていますね」


 もうすぐ創立祭、その準備とあって、休日とあっても、学院の中には多くの人がいた。

 無論その多くは、貴族である生徒が雇った労働者であり、突貫工事で創立祭を飾る数々の出店を建造している。

 この広大な学園の敷地内とあっては、どれだけ店があっても埋まりきる事はない、そして、貴族である生徒達は、自身で店を開けるだけの資金力も経営力もある。

 故に彼らは、それぞれの家格や特色に応じた出店を作る事で、創立祭に出席する国王に家名を覚えてもらおうと躍起になっている訳だ。

 調べた所によると、この学院に於いて一番の名誉とは、主席を取る事ではなく、国王に気に入られて「宮廷魔術師」として認められる事らしい。

 故に多くの貴族にとって創立祭はこの機会に名前を売る事が目的であり、貴族の威信をかけた競走となって普通では考えられない程の熱量で開催される訳である。


 まぁ貧乏貴族らしい、バルドルス家にとっては、全く関係の無い話なのだが。




 …先日、「十二の獣」にまつわる指輪が何者かに渡ったことは秘匿されたまま。

 入り口の認証で俺の侵入は当然バレていたけれど、校長は俺を呼び出し話を聞くと「いつも通り貴方に任せる」と言った。

 つまりシオンはこの学院の不始末を、「いつも」一人で片付けていたということ。

 そして、その解決を俺に一任されたという訳だ。

 天才シオンの裏の顔、それは学院に這い寄る悪を退治する正義の執行者だったのだろうか。

 そして、その役割は俺に果たせるのだろうか。

 自分に何が出来るか、そればかり考えてしまう。

 指輪を盗んだ少女の足取りも掴めぬまま。



「お兄ちゃんまた難しい顔して、悩み事があるなら隠さないで下さい」


 そんな俺の様子をアトリは心配してくれるが、説明できる話でも無いから、作り笑いで誤魔化すしかない。


「ごめんごめん、スコーンに浸けるのはクリームが王道なのかジャムが王道なのか考えていたら全然決められなくてね」


「もう、それだったら紅茶に浸けて食べるのが王道に決まっています、あんなパサパサしている訳ですから、濡らして食べるのが王道に決まっています」


 とアトリは言っているが、お行儀の良い貴族様の中で、その食べ方をしているのはアトリだけなのであった。


「そういえばウチは何か出店したりしないのかい?」


 他の生徒達が授業時間を使って何かしらの計画を立てているので、当然伯爵位のバルドルスも何もしない事はないだろうと思ったが。


「……うちは、お兄ちゃんが思っているよりもずっとずっと財政が芳しくないので…貧しい貴族はこの国に一杯いますけど、観光名所は沢山あるのに、領民が一人もいないのはきっとウチだけです」


 聞いたところによると。

 バルドルスは千年続く名門貴族であるものの、領地が国の中央にあり、武功を立てる機会も、外国と貿易をして稼ぐ機会にも恵まれず、長い間細々とその血脈を繋ぎ、始祖の墓を守る墓守としての役目を与えられていたが、三百年前、国王シンバ・アーシリスタが起こした戦争で、おびただしい数のが始祖の墓に捧げられ、彼らの無念が怨霊となってさ迷う呪われた土地ということで領民達が次第に逃げ出してしまったのだ。

 ただ、バルドルスは政治的に中立を保つ王家とも縁の深い家ということで、政治的価値の無くなった姫、例えば弟に殺された国王シンバの娘等を娶ったりする事で、王家の外戚として、貴族としては非常にささやかな暮らしが出来る程度の、国家遺産維持費を国から援助してもらい生計を立てているらしい。

 家はそれなりに大きな城であるものの手入れが行き渡らずくたびれており、メイドや執事のような従者は一人もおらず、祖父と祖母がその代わりとして自分たちの教育係で、ほぼ自給自足をして暮らすような生活だとか。

 ゼロ伯爵って、もしかしたら領民がゼロだからと何代も前から定着した物なのかもしれないな。

 でも貧しい男爵の人達もこの期に稼ごうとしているわけだし、聞くところによると、創立祭は国を挙げての盛大な祭りで、周辺国からも観光客が来るほどに賑わうらしいから、お金が無いなら尚更この期に商売を初めてもいい気もするけれど。

 異世界転生の鉄板として、現代のB級グルメや、漫才や工芸品、工業製品で稼ぐと言うのは王道の中の王道だ。

 まぁ、それらは全て「やることなすこと全部うまくいく」という非常に幸運な運命の主人公達の物語ではあるが。

 今回は俺にはやらなければならない使命があるし、もしかしたら人が集まる創立祭を狙って悪役が動くかもしれない。

 そう考えると小銭を稼ぐ暇もないし、開催中止になって徒労に変わるかもしれないからいいか。

 よくよく考えたら、祭りを楽しむお金もないのか……それはちょっと寂しいな。

 とぼやくと。


「当日はパパとママも来るので大丈夫ですよ、まぁ一緒に回れる時間は少ないでしょうけど」


 まぁ王家の外戚なら、色々面倒なしがらみがあるのかもしれない。

 だとしても俺にはどうでもいいことか。

 その後、アトリと適当に雑談しながら歩いていった。


「さぁ、つきましたよお兄ちゃん」


 俺達は学院から三キロ程離れた天文台に来ていた。

 今日の目的、それはアトリにお願いして学院から程遠いひとけの無い場所に行くこと。

 狡兎三窟こうとさんくつの故事に倣って、もしもの時に逃げる場所を決めておくために。


「ふふ、ここならどれだけ叫んでも人が来る心配はありません、いけない事をするにはうってうけですね」


 なんてアトリはこちらの気も知らずに能天気なものだけれど、こちらの心配事は隠しているのだから、むしろそんな調子なのがありがたい。


「別にいけない事をするつもりはないぞ、ただ俺達は有名人だから絡まれると面倒だと思っただけだ」


 シオンは相当の便利屋だったのか、一人でいるときに多くの生徒から、創立祭の出店の手伝いをしてくれないかと頼まれた。

 勿論全て丁寧に固辞させたもらったが。

 アトリから聞くと去年の創立祭はシオンが一人で盛り上げたと言っても過言では無いくらいに活躍したらしい。

 出店に当たっては派閥で対立して、場所の取り合いをしていた貴族達の調停役となりアドバイスをして。

 開催にあたってはシオンが道化役の案内人となり王族の人達を案内し、派閥で対立していた全ての貴族達が納得する形で王家の人々を満足させたとか。

 そして本人は他の貴族達が熱心に商売や売名に売り込む中、正体を隠して一つの得も無い仕事をやり遂げた事で便利屋として両派閥の貴族達と交流を持つことになったという。

 主には、面倒な仕事を押し付けられていただけらしいが。


「またまた~お兄ちゃんは本当にツンデレなんですから♪ちゅーしませんかちゅー、今なら誰も見てませんよ」


 アトリが目を瞑ってピンクの可愛らしい唇をつきだしてくる。

 それをそのまま拒むのも悪いかと思って。


 ちゅ


 持っていた飴玉をアトリの口に入れた。


「んもー、お兄ちゃんってば照れ屋なんですから」


 アトリはコロコロと飴玉を舌でころがしながらまた唇をつきだしてきた。


「テイクツーですお兄ちゃん、次飴玉を入れたら命令コマンドで無理やりさせます、その代わり自分でしてくれるなら好きなところでいいです、では」


 アトリは目を瞑った、期待に興奮しているのかほんのりと頬を染めて。


 逃げられないか……ならば。


 と覚悟を決める。


 ……アトリに嫌われる覚悟を。


 俺は手袋を外してアトリの口に指を強引にねじ込んだ。


「んーっ!」


 人差し指と中指で飴玉を掴もうとして、ピンクの可愛らしい舌を掴んだようだ。


「ごめん、間違えた」


 そのまま指で飴玉を求めてアトリの口の中をまさぐる。


「んんっ」


 思ったより手間取ったけれど、飴玉を見つける事ができた。

 それを指で挟もうとするものの、唾で濡れているためか、上手く挟めない。

 掴んではすり抜け、掴んではすり抜けと繰り返す。

 ようやく飴玉を挟み指を抜く頃には、指は当初の予定を遥かに上回りアトリの唾に汚れてしまい、糸を引くほどだ。

 それは淫靡で下世話なイメージを醸し出しているが、俺は気にせずその行為の戦利品である飴玉をそのまま口に入れた。

 アトリの味がした、なんて邪な考えは浮かばない。


「……これで間接キスだ、満足か」

「は、はぃ…ぁわわ、私の飴玉がお兄ちゃんの口の中で蹂躙され、なぶられています…」


 だけどアトリはそのに深い想像を働かせているのか、俺が飴玉を舐めるのを見ては悶えていた。

 もしかしたら普通にほっぺにちゅーするよりもいやらしい事をしたのかもしれないが。

 間接キスはコップの飲み回しや、口紅の使い回しなど、他人との間でも割りと頻繁に起こる行為であり特に意識することはない。

 その線引きが、俺にとって重要だった。

 ほっぺやおでこにキスしたら調子に乗って次を要求されるかもしれない、だけど間接キス程度なら、何の意味も持たないから。


「……飴玉、返そうか」


 アトリは俺が飴玉を舐めるのを見ては悶えているようなのでそう提案するが。


「い、いえ、平気です、に備えてこういう予行演習も必要ですから」


 と、息を荒くしながら俺が飴玉を舐めるのを凝視された。

 飴玉を舐めている間は無茶苦茶な要求をされることもないだろうと、じっくりと時間をかけてねぶる事にした。


「そういえばこの天文台、中に入れるのか?」


 飴玉を口に含みながら、俺はアトリに訊いた。


「いえ、年に数回しか使われないような所なので、開いて無いと思いますよ」


 言われて扉を開けようとするが、確かに鍵がかかっているようだ。

 俺は鍵穴を覗くと、近くにあった草を針金に変えてピッキングを試みる。


「相変わらず等価交換の法則を無視した物質変化、お兄ちゃんの魔法はどうなっているんですか…」


 俺は当たり前のように最初から出来きていたが、この世界における物質変化は基本的に質量数は変化しない、等価交換が原則らしい。

 錬金術も存在するが、大量の魔力と触媒を要する。

 なので明らかに質量や属性を無視した俺の魔法は色々おかしいのだとか。

 その代わり、未だに五大元素を司る魔法は使えないのだけれど。


「開かない…」


 どれだけ鍵穴に合わせて調節しようとも、全く中のシリンダーが動く気配が無い。


「そりゃ学院施設は全部魔法の錠マジックロックになってますからね、魔法の鍵じゃないと開きませんよ」


 ここ天文台も古びた施設ではあるが、学院に併設される魔術協会アカデミーの所有物だという話だし、当然の事か。

 つまり魔法で開ければいいというわけだ。

 魔法はイメージであり、イメージの具現化が魔法である。

 イメージさえしっかりしていればどんな魔法も容易く使えるそうだ。

 俺は扉を開く魔法としてはドメジャーなそれを唱えた。


開けゴマオープンセサミ


 ガチャリ


「…流石お兄ちゃん、魔法に関しては何が起こっても今さら驚きませんけど、それでも凄いです」


「別に大した事ないよ、俺は鍵の仕組みが分かってるから、じゃあ魔法の錠だったら、どの部分に魔法が掛けられてるのかを予想して、その部分の魔法を解くように働きかけただけだし」


 俺は原理が分かればなんでも解けるというイメージなんだけど、きっと他の人間は原理が分からなかったり、イメージが湧かなかったり、魔力が足りなかったりするのだろう。

 それが特別なのかは分からないけど、凄い事だとは思わない。


 天文台の中は特になにもなかったけれど、埃を被って寂れた有り様は、隠れ家としての適正は申し分なかったので、魔法で鍵を生体認証に書き換えて、俺とアトリだけが入れるようにした。


「えへへ、これでここは二人だけの愛の巣になりましたね、お兄ちゃん」


 どちらかっていうと秘密基地なんだけどまぁいいか。


「折角天文台に来たので夜は星を見ましょう、それまでお昼寝です」

「学院には帰らないのか?」


 弁当を持ってきているわけでもなし、このままだと晩御飯は抜きだ。


「うっ、だってまた帰ってから戻ってくるの面倒じゃないですか」


 確かに片道二キロの往復は、俺一人なら十分かからなくても、アトリと一緒だと一時間要するし、それなりに面倒臭い。


「だったら俺が一人で弁当取りに戻るよ、それまで昼寝してて」


 と提案するも。


「お兄ちゃんを一人にするなんて考えられません、それなら私も帰ります」


 まだまだアトリの信用は足りないようだった。

 別に知らない女子相手にフラグを立てた訳でも無いけど、シオンがそういう奴だったから警戒しているのだろう。

 結局、晩御飯を食べに俺がアトリをお姫様抱っこして帰ることになった。

 まぁこれも筋トレと思えば、全然苦では無いのだけど。

 お姫様抱っこだと密着し過ぎていてキスを迫られるから中々しんどい。

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