第8話 アリス・テレスティア魔法学院 6

「それでは、今日は確率を操る魔法の練習をします、皆さん、手持ちのコインに幸運化の魔法をかけて投げてみてください」


 今日の科目は応用魔法Ⅰ。

 平民は火や水や風等の、日常的に役立つ五大元素の魔法学ぶらしいが、ここは貴族の学校なので、そんな基礎的な魔法よりも、もっと専門的で社会で役に立つ魔法を学ぶ。


「それにしても運を操る魔法なんて珍しいな、あまり聞いたことがはい」


 俺はアトリにそう話しかけてみる。


「魔法というのは神の奇跡の再現ですからね、奇跡を操るということは、運を操ることでもあるんですけれど、根本的な事であるはずなのに、運を操る魔法は難易度が高いんですよ」


 その説明を聞いて、いくつかの仮説が思い浮かんだが、まぁ、どうせ、俺が知ったところで役に立たない知識だろうと、その意見を胸にしまっておいた。


 しかし、現世の創作物において、不幸になる「呪い」の類いは頻出科目ではあるが、幸運にする魔法というのはあまり聞かないよなぁ。

 運というステータスは天賦の物で、人為的に変動させる事をタブー視されてるような暗黙の了解がある。


「アトリはやらないのか?」


 他の生徒達は練習を始めているのに、アトリは教室の隅で動かないでいた。


「どうせ私がやっても何も変わりませんから」


 そう言ってアトリは机の上のコインを見ながら、口を尖らせる。

 ……まぁアトリとの付き合いももう三日目である、彼女が魔法を使うのが下手なのは、俺も理解していた。

 それでも、最初から諦めて何もしないのは、情けないことこの上ない。


「何も変わらないと諦めていたら、変えられる事すら変わらなくなるぞ」


 俺は初めて、アトリにお説教の様な事を言った。

 身分としては使い魔だけど、立場はお兄ちゃんだからこれくらいは言う資格はあると思ったからだ。


 彼女にとっても、俺にとっても、お互いの関係はもう、ではないのだから。


「…どうせ何も変わらないですけど、…お兄ちゃんがそういうのなら、変えられるように努力してみます」


 俺の言葉で、アトリは重い腰を上げてくれた。


 これが今の俺達の関係性。

 出会って三日だけど。

 お互いに秘密を抱えているけど。

 それでも相手に何かしらの影響を与えられる位には、俺達の関係は繋がっていた。


 ……俺は、自分勝手な同情と、使い道を無くした命の使い道と、あとは成り行き……だとロマンがないから数奇な運命を感じたから(適当)。


 アトリがどうして俺を慕っているのかは不明だ、代用品なのか、理想の再現なのか、それとも他に理由があるのか、何も知らないけれど。

 それでもいつのまにか、もしかしたら最初から、俺達は兄妹と呼んで相違ない距離感にいる。

 だからきっと、アトリが言った妹がお兄ちゃんの側にいる事に理由は無いという言葉は、本当なのかもしれない。




「大いなる始祖アルトナの導きによりて、我は其の法を司る、其は万物の運命を変えるもの、其は神の意思を示すもの、我の魔力を代償にその因果を収束せよ、ラッキー・エンチャント!」


 因みに、魔法の詠唱は自由で個性がある。

 アトリの詠唱が長く仰々しいのも個性である。

 基本的に同じ魔法なら、詠唱が短い程優秀とされる。

 なぜなら、本質を理解し、無駄を省けば詠唱はいくらでも縮められるからだ。

 だから、長い詠唱というのは、丁寧かつ慎重に、魔力を操作しているという事である。


「じゃあ投げてみるぞ」


 俺はアトリが魔法をかけたコインを掴んでみた。

 ……何も変化を感じないが、分かるものなのだろうか。

 結果は、表裏表裏表表表裏裏裏表裏表裏……。


 うーん、正直千回投げても結果が5割に収束しそうな予感がしたので止めようかと思ったけど。

間の悪いことにそのタイミングでコインを二千回投げて確率を調べるように先生が指示を出して教室から出ていった。

 それが今日の授業の課題らしい。


「因みにわたしは前回2000回投げて表が出たのは997回でした、前回よりは表が出るようにお願いします」


 聞くところによるとこの魔法、上級者でも五パーセント増やすのがせいぜいらしい。

 まぁカジノとかなら六割勝てばボロ勝ちできるから、五パーセントでも十分幸運だろう。


「なぁ、ちょっと俺も魔法試してみてもいいか?」


 アトリの練習に俺が手を出すのはズルだけど、コインを二千回普通に投げるのも面倒臭いので、ちょっと試してみくなった。

 ユーリに半殺しにされて、体がゾンビみたいにボロボロなってるし、労力は最低限に済ませたいというのもある。


「別にいいですけど、これ、超~難易度が高い魔法なので、何も知らない初心者に出来るようなものじゃないですよ」

「まぁ、物は試し、一回杖振るだけだから」


 サッと終わらせるべく、俺は杖を取り出した。

 魔法のやり方は魔力を込めて、イメージして杖を振るだけ、詠唱はイメージの映像化や記号化を助けるものに過ぎないらしい。

 だが、無詠唱だと魔力を練り上げる時間が無いので、その時間も合わせて基本的な魔法は一つの型として、詠唱しながら覚えることになる。

 だからやり方自体はシンプルで簡単なのだ。

 子供の方が魔法をうまく使えることもある。

 それが才能によるものなのか、イメージの具体性の差なのかは知らないが。

 とにかく、経験の差が実力にそのまま現れる物では無いことだけは確かだった。


「コインよ、コイン、君は生まれ変わる、不幸な俺の分まで幸運に…えー、俺の身に降りかかかる不幸の分まで、君は後2000回表をだし続けなさい」


 詠唱は適当だ、ただ自分の中のイメージははっきりと創った。

 人を不幸にする呪いの代償が幸運なら。

 幸運の対価になるのは不幸では無いかと考えた。

 つまり、これは相手を幸運にする呪い。

 まぁ見返りが怖いので回数に制限をつけておいたけれど。

 俺はコインを投げ始めた。


「そんな適当な詠唱で効果があるわけ……」


 アトリは馬鹿にしたように鼻で笑うが。


 結果は…表表表表表表表表表表表表表表表表表表表表表表表表…。


 何度投げても表しかでない。

 そんな馬鹿なとアトリもコインを投げるがどんな投げ方をしようと表しか出なかった。

 故意に裏を出そうと投げても謎の力が強制するように手元が狂って思わず表に投げるようにしてしまう。

 間違いなく表百パーのコインが出来上がっていた。


「よし!これで表二千回と提出すればいけるな!」

と俺は満足げに頷くが。

「それじゃあズルをしたって一発でバレてしまいます、……お兄ちゃん、コインの代わりになるものはありませんか」


 考えてみれば当然だ、落ちこぼれのアトリにいきなりこんな事出来る訳もないし、いきなり突出した成果を出したら、ズルがバレても仕方ない、考え無しにも程があるでしゃばりだった。


「……この世界の貴族は使用人の実力も主人の実力に含まれたりはしないのか?」


 運も実力のうちならぬ、部下の実力もそれを用いる主人の評価になる考え方は、貴族主義の基本的概念である。

 たぶん帝王学的な思考だったかな。


「……いえ、が魔法の天才なのは学園の皆が知ってることであからさますぎるのでそれは認められないと思います、……まぁお兄ちゃんはとは違いますけれど、流石お兄ちゃん、五歳で「始祖の禁断魔法」を操った才能はお兄ちゃんになっても変わらない訳ですね」


 このように、アトリはシオンについて何も教えてくれないが、全然関係ない会話から、こうやって過去の思い出を語り、口を滑らせるのである。

 アトリの兄だから大したこと無いだろう、と思ってたけれど、アトリがポンコツ過ぎるだけでシオンはそんなにスペック自体は悪くないのかもしれない。

 という仮説の現実味が今のところ上がっている。

 まぁ本物のシオンが何処にいったのかは気になるところだけれど。

 こればっかりは多分、アトリに聞かないと分からないだろうな。


「ふーん、あ、俺、コインの代わりになるようなもの何もないんだけどどうしようか?」


 俺は興味の無いフリをして、話題を変えた。

 あまりがっついて、警戒されてはマイナスだし。


「そういえばお兄ちゃん、全財産使って何か買ってましたね……どうしましょう、このままでは課題が提出出来ません」


 アトリのこの口の軽さは距離感が近づくにつれて俺をシオンと区別出来ていないからなんだろうなぁ、とか思いつつ、俺は自分のしでかしたことの後始末であるので自分で尻拭いすることにした。


 教室の中を見渡す、女生徒達が友人と会話しながらダラダラとコインをトスしている。

 獲物を発見、俺は既にコインを投げ終わったように見える、二人組の生徒に話しかけた。


「失礼、いきなりで悪いんだけど、良かったらコツを教えて貰えないだろうか、君達が一番早く終わったようだからさ」


 貴族らしく、が実践出来るとは思えないので、極力簡潔かつ丁寧に訊ねた。

 俺に話かけられたことに女生徒は緊張しているようだった。

 まぁシオンは上級生だし、他にも包帯まみれの異様な姿とか理由があるし当然か、と思ったが。


「もしかしてナンパですか?」


 全く謂れの無い警戒をされていた。


「…違う、普通に君達から幸運化の魔法についてご教授願いたいだけだよ、君達が一番早く終わってるから、練度が高いと思ったから」


 俺は腰を低くしてもう一度頼み込んだ。

 上級生のそんな様子に流石に断りにくくなったのか女生徒達は了承してくれた。


「わ、分かりましたから、顔を上げてください、シオン様程の方に頭を下げて頼まれるような身分では無いですし、それに、大したこと事も教えられませんから」


 俺は彼女が統計をメモした紙を目にする。


「だが、確率にして五十六%もあるじゃないか、これって優秀な成績なんだろう?」


 上級者の平均が五十五%と言っていたので、一年生で五十六というのは結構優秀な部類だろう。


「まぁ、そうですけれど、…たまたまです、でも天才のシオン先輩に教えられるような事があるとはとても……」


 確かに、「天才のシオン」が相手だったら、彼女が気遅れするのも仕方ないのだろう。

 だが俺の目的は幸運化のコツを聞き出すことではなくて、コインのすり替えだ。

 この、絶対表しか出ないコインという役立たずを押し付けるのが目的なので、会話を続ける。


「いやいや、幸運化については俺より絶対君の方が上手だと思うからさ、一つ詠唱するところから見せてくれないか」


 そう言って適当に彼女達から幸運化の魔法についての教授を受けていると、次第に生徒が集まってきた。

「シオン先輩、私の魔法も見てくださいよ~」「次は私!」「じゃあその次私ー!」


 皆、「天才のシオン」に魔法を教えて貰いたがっているが、立場が逆だ、正直この展開は予想外過ぎて、コインをすり替える暇がない。

 と俺が下級生に囲まれてもみくちゃにされているのを見たアトリが。


 バン


 と机を叩いて立ち上がり、こちらを睨んできたので。


「ごめん、ご主人様が呼んでるから、戻るね」


 痛む体を軽快に動かしてとするりと抜け出した。


「全くもう、お兄ちゃんはお兄ちゃんになっても変わらないですね、全くもう、おこですよ、お兄ちゃん」


 どうやら俺が他の生徒と絡んでいたことに独占欲が爆発したようだ。


「ごめんごめん、でもほら、ちゃんと成果は取って来たよ」


 そう言ってアトリにコインを渡した。


「えっ、いつの間に……コインに触る素振りなんて無かったのに……ずっと見てたのに」


「アトリが机を叩いたときだよ、皆の視線がアトリに向かった瞬間にすり替えたんだ」


 時間にして0.1秒くらいだろうか、ボクサーのジャブ並の早業だが、こんな程度の手品は、朝飯前である。


「……魔法の才能だけじゃなくて、手癖の悪さまで同じだなんて…、きっと女癖の悪さも同じです、これは今後女性に近づけないように、徹底的な調教が必要ですね」


 アトリは頷くと早速俺に「自分の半径五メートル以内からの離脱の禁止」を命令コマンドした。


 シオンがプレイボーイだったのは証拠が多すぎる為に分かっていたけど、俺は女の子への免疫ゼロの爽やかシャイボーイなのでそこまで軽快される謂れは無いんだけな。

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