第5話 アリス・テレスティア魔法学院 3
その日の授業は魔法、政治、宗教の3つだった。
貴族の学校だけあって、一般教養は既に身に付いている物とされ、魔法こそ基礎的な部分からカリキュラムが組まれているが、政治と宗教は、歴史の説明の後に生徒同士が議論をし、講師が品評を述べるというもので、この国の歴史を知らない俺にはついていけないものの、話を聞いていて興味深くはあった。
そして貴族の学校だけあって、教養を身に付ける場所というよりは、交流を深める場所といった感じだ。
授業は三コマの三時間だけ、朝は十時の重役出勤で、昼休みは二時間、二時から一時間の授業をした後に、ティータイムを挟んでまた一時間といった日程。
正直こんな教育水準で大丈夫なのかと聞いてみれば。
貴族は家庭教師にみっちり教育を受けていて最低限の教養は身に付いており、平民はバカだから貴族の、特に爵位を持つ人間を無条件に信じて疑わない。
だからこそ、貴族が多少無能だったからといって問題にはならないらしく、政治的、経済的な最低限の知識と人を疑う能力さえあれば、生活と領土の統治はなんとでもなるのだとか。
災害や飢饉なども、最悪、魔法で大概の事は解決出来るというのもあるそうだ。
確かに、魔法の発展した世界においては、既にとても便利な力が有るわけだし、科学に莫大な投資をして研究しようとする人間がいないのだから、理科や数学といった科目が無いのも当然か。
そういう科目の代わりに、占星術や古典魔術といった魔法の真髄に通ずる学問が発展しているみたいだし。
閉鎖的な貴族社会だからこそ、貴族同士の横の繋がりこそが何より優先するべき力になるのだろう。
爵位を持つ貴族は広大な領地を持ついわばその領地の代表みたいは存在だ、つまり、ここで交友を深めることは、貿易や街道の整備、領民の移動に利権の割譲など、将来的に一番必要になるものだろう。
聞くことろによればだいたいの貴族は、領地の近いもの同士で派閥を作るものらしい。
故にここでは何より、周りと協調することが大事になると思うのだけれど。
「つまり、全人口総メイジ政策の為といえど、私達の先祖である始祖アルトナを崇拝する、長らく国教とされてきたアルカ教を廃立し、ラー=ウル教を国教に立てることは、これ以上無い愚策であると言えます」
アトリはこの場にいるクラスメートどころか、下手をすれば国王や宰相など、やんごと無い方にまで喧嘩を売るような持論を主張した。
話の発端はこうだ、今から三百年前、俺達がいる国の国王であるシンバ・アーシリスタが熱烈なアルカ教徒で、周辺諸国の異教徒を血祭りに上げた上、穢れたメイジの血を始祖に浄化してもらうという思想の元、殺したメイジの亡骸を生け贄として、バルドルスの領地にある始祖アルトナの墓のある聖地にて、魔術的な儀式に使った事や。
異教徒を徹底的に弾圧したあげく、子供まで生け贄の道具とし、また財産を全て奪って王室の蓄えとした悪行や。
結果的に領土は増えるも以後百年に及ぶ凄惨な戦争の火種になったことから。
現代の常識や価値観から「狂っている」、「アルカ教は悪魔の教え」と生徒達が口々に漏らしたのをきき。
自称、始祖アルトナの生まれ変わりであるアトリの堪忍袋の緒が切れたという訳だ。
まぁ結局国王シンバは弟に殺され、黒歴史として歴史に名を残してしまったわけだし、そんな暴君が崇拝した宗教なんて邪教と捉えられても仕方ないとは思うけれど。
チラッと聞こえた部分だけでもアルカ教はやばい、血の気が引くほどに過激な宗教だ。
始祖は神の代行者であり、人は神の創りし獣である。
獣である人を人足らしめるのが、神の奇跡であり、始祖の血族のみに与えられた魔法を操るメイジの導きによるものである。
よってメイジは人の導き手として、過ちを正し、人が獣に還らぬように導かなければならない。
というのがアルカ教の原理。
まず神話ベースの時点でもう今時流行らない。
人類も二千年続けばいい加減神が都合のいいまやかしだって気づいてくる頃合いだ(この世界の歴史が何年続いているのかは知らないけれど)。
それに科学の発展してないこの世界では知られてないだろうけれど、人の先祖は猿であり、もっと遡ればトカゲだといわれている。
つまり魔法の才能の有無も突然変異と自然淘汰によって継承された性質と俺は考えている。
そして一番ダメなのがメイジとしての特権階級を強調し過ぎていて平和な現代の、おそらく食料問題を満たすための全人口総メイジ政策に思い切り足かせになっているということ。
まぁ俺の視点からみればどれだけ勧誘されようと絶対入らない怪しい宗教でしかないわけで。
「やれやれ、相変わらず整合性を無視した狂信者ぶりね、兄君を使い魔にするような人間に常識を説いても仕方の無いことだけれど、授業中であるから一つの意見として反論して上げるわ」
そう言って、宰相の娘らしい、公爵位の、理知的なおでこの広い顔に意思の強そうな瞳を乗せた、アトリに負けないくらいの美少女である彼女は語った。
まずアルカ教の狂信者は好戦的な人物が多く、平和な現代にそぐわないこと。
メイジの特権意識を植え付けるのは生産力を高めたい国の方針に障害となること。
アルカ教の教会は全く慈善事業を行わず平民から搾取だけを行う腐敗集団であり、そのせいでそもそも今となっては平民の信徒が一人もおらず、そんな宗教を国教にしていては、宗教戦争が起こるのも時間の問題であるということ。
そして、外典ではあるが始祖アルトナが書いたとされる聖書の1つである目次録の内容が終末戦争の予言であり、その内容が支離滅裂過ぎる上に現在に近い時期にアルトナと十二使徒の復活が書かれていて、どうせなにも起こらないのに信者を騒がせて、国内の混乱を招くのは非常に迷惑だという理由から、アルカ教は廃立されたと彼女は言った。
要点4つ、全て反論の余地ナシ、単純明快、なるほど納得。
流石宰相の娘、将来いい宰相になりそうだな。
いや娘だからといって宰相になれる訳ではないんだろうけど。
正直俺もアルカ教は無くなっていいんじゃないかと思っていたが、その一分の隙もない意見で完全に確信した。
アルカ教滅ぶべし、と。
ド正論を聞いたアトリは涙目で俯きながら、俺にだけ聞こえる声で
「それでも聖書に書いてあるのは真実なのに、始祖アルトナは復活したのに……」
さながらそれでも地球は回っているといったガリレオのように愚痴をこぼしていた。
ここで感情論をぶつけるほどお子様では無いことにちょっとだけ感心したが、敵わない負け戦を挑んだ時点でまだまだ子供か。
……なるほどな、アルトナの生まれ変わりっていうのは、予言されていた事だったのか。
そして、多分、幼い頃に呼んだ聖書の設定にハマっていつしか自分をアルトナの生まれ変わりだと思うようになったと。
うーん、捻りが無い、順当で、安直で、愚直な顛末。
これじゃあごく普通の見た目はかわいいけど中身が残念な女の子でしかない。
厨二病という記号に紐付けされただけの美少女だ。
俺が日常的に心がけているものがある。
それは安易な属性付けの回避だ。
俺の属性を表すなら、不幸、無口、そして最近追加されたお兄ちゃんと使い魔。
ここに病弱が付与されれば俺の余命は一年以内、いや、もしかすると半年持たなくなるかもしれないし、正義漢が付与された場合は、きっとこの世のあらゆる悪役とのエンカウント確率がストップ高になるに違いない。
要は、元から属性を持っている人間に安易な属性付けをすると寿命が縮むのだ。
故に俺は、安易な属性付けというものを嫌う。
例えば、妹、美少女、厨二病、孤立、貴族、(自称)始祖の生まれ変わり、落ちこぼれ、(あとついでに)貧乳みたいな個性のハッピーセットみたいな妹の使い魔だったなら、きっと何かめんどくさい事が起きるに決まっているし。
その予感は現実になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます