第4話 アリス・テレスティア魔法学院 2

「今日は皆さんが召喚した使い魔を使って調教の授業をしたいと思います」


 昼前に差し掛かるような、遅めの授業1時限目に、出席もまばらな生徒を見て、ああ確かにこの学院はお貴族の学院だな、と実感を得た朝。

 俺は、猛烈に居場所の悪さを感じていた。


 理由は三つ。


 一つ、他の生徒の使い魔は皆動物だったこと、猫やらフクロウやら蛇の使い魔を皆連れているが、人間なのは俺だけだった。


 二つ目、この学院基本的に授業の半分くらいは男女別で行われている、俺が昨日泊まった場所も当然女子寮であり、なんとなくハーレム物ラブコメの予感を感じずにはいられないが、特に女子に興味があるわけでもないので、女子だらけの場所は居心地が悪すぎた。


 そして三つ目


「ミスバルドルス、使い魔を連れて来なさいと言った筈ですが、貴方の使い魔はどこですか」


 見るからにドSっぽい、女王様風な低い声に生徒を威圧する美人教師が、顰めっ面でアトリを睨んだ。


「先生!私の使い魔はお兄ちゃんです!」


 アトリは大声で、きっとこの場の誰もが信じないであろうとんちきな回答をする。


「悪ふざけはやめなさいミスバルドルス、一週間も使い魔を召喚できずにいたかと思えば兄君を連れて来るなど、性質が悪いにも程かあります」


 一週間といえば、そう言えば一週間前から謎の声は聞こえてたな、しかし何言ってるかわからんし、声も小さいからただの耳鳴りだと思って聞き流してた。

 そんなこんなでアトリは先生と言い争いをし、俺は好奇の視線にさらされ続けた。

 先生がアトリの授業態度や交遊関係の悪さなどのアトリの日頃の行いの悪さを糾弾してるところを見ると相当前からアトリに思うところがあったようだ。

 まぁアトリが残念な劣等生なのは分かっていた事だが。


「悪ふざけじゃありません!!、昨日召喚しました!その証拠にお兄ちゃんの右手にはルーンがあります」


 アトリがそう言った所で全員の視線が俺を向いた。

 俺は無言で手袋を外し、右手を掲げ、甲を見せる。

 それを見た先生がこちらに近づいて来た。


「……確かに偽物ではないですね、ミスターバルドルス、これは悪ふざけではないのですか」


 威圧感のある目付きでの先生の問いに、俺は無言で首を縦に振って答えた。

 ちなみに、口は災いの元だからと、アトリから言葉を話すのは禁止されている。

 まぁ、確かにその方がいろいろ説明する手間も省けて楽そうだから、こういう知恵は回るんだなと感心した。


 俺の肯定を受けて先生はふぅーと頭を押さえると、何事も無かったかのように授業を始めた。




「さて、今日の授業は本能の抑制の調教についてです、食事やトイレや夜行性の使い魔のら睡眠などが本能として現れると思いますが、それらを抑制する調教です、まぁミスバルドルスを除いて皆さん最低一回は履修済みなので今さら説明は不要ですね、それでは初め」


 先生の合図で生徒達はそれぞれの使い魔達と格闘を始めた。

 あるものは眠ろうとするフクロウに不眠の魔法をかけて対抗し。

 あるものは猫じゃらしで猫を誘惑しつつ、我慢我慢と抑制を促し。

 あるものはよだれを垂らして餌を求める犬が「くぅ~ん」とつぶらな瞳で餌をねだるのを、断腸の思いで堪えていた。


 俺は食欲も眠気も尿意もないんだけど、何に耐えればいいんだ?

 そもそも人間は元から理性が強いので、今さら訓練する必要も無いと思うけれど。

 手持ち無沙汰にぼーっと突っ立っていたら、先生がこっちにやって来た。


「ミスバルドルス、貴方の使い魔の調教はなんだと思います?」


 嫌な予感がするな、逃げたい。


「お兄ちゃんが他の女に目移りしないようにすることです」


 アトリは(多分)わざと、他の生徒に聞こえるくらいのボリュームで返答した。


「exactly《そのとおり》、今日は貴方の兄君が他の女性に不埒な真似をしないように調教、してもらいます」


 んー、ぬるい展開だと、ラッキースケベでエロい目にあって、きつい展開だと女性恐怖症になるレベルでボコボコにされそうだな……。

 まぁ美人教師に虐められるならそれもご褒美には違いないんだけど。


「具体的には……」


 先生が俺の前に立つ。

 そして鞭を取り出して言った。


「今から私の胸を見るたびにこの鞭で叩きます、叩かれなくなかったら私の顔以外を見ないことね」


 そう言ってたわわな胸を張ってふんぞり返る。

 ……なるほど、こういうパターンか。

 確かに雄の本能としては自然と胸に視線が誘導されてしまうのだろう。

 その上きつい表情を浮かべている美人の先生に睨まれていたら、普通は直視するのは難しい。

 自然な本能に抗う訓練、確かにこれは調教といって相違ない。

 ……だが、先生は一つ、重大なミスをしている。


 俺は、(どちらかといえば)巨乳よりも貧乳の方が好き。


 そして、性欲なんてものを、俺は最初から持ち合わせていない。

 理由は簡単、俺みたいな超、劣等遺伝子を後世に残そうとする行為を、鋼の理性が許さないから。

 そして自分が人間である為の人間性の取得条件が、「私欲の放棄」であるから。

 俺の哲学だけれど、この世界にいる人間の全てが自己犠牲が出来るようになれば、世界はもっと早いスピードで発展する。

 それは私利私欲を貪る行為自体が、動物的行いであり、人間性の否定であると考えるから。

 これは「例えば」の話だけど、仮に百億円持っていたとしよう、私利私欲しか持たない人はその百億を自分の為に浪費し、自己犠牲ができる人間はそれを橋をかけたり、井戸を掘ったり、もしくは科学的発明の資金にしたりする。

 自分が利益を得られなかったとしても、目先の利益に囚われず、その先のもっと大きな利益に貢献する道を選べる、それが人間性だと俺は定義しているからだ。

 だから俺は惑わされない。

 この命の使い道を決めるまで、一途にいると決めたから。


 先生はその後、シャツの第三ボタンの解放という、独身(推定)教師にしてはかなり攻めたアプローチをしてきたけれど、一向に動じることの無い俺の剣幕に折れて、敗残兵のような足取りで引き下がっていった。

 多分女としてのプライドを木っ端微塵に粉砕したと思うから、非常に申し訳なかった。


「やりましたお兄ちゃん!流石お兄ちゃんです、あの小生意気な先生に一泡吹かせて流石私のお兄ちゃんです!」


 アトリはさっきのお説教で鬱憤がたまっていたのか上機嫌だ。

 しかし、先生に対しての嫌味に貴族のプライドみたいなのが見え隠れしてて嫌だなぁ。

 性根の腐った堕落した貴族の匂いみたいなのが出ている。


「…じゃあ次は、私がやりますねお兄ちゃん、勿論、えっちな目で見たらお仕置きですけど、まぁ多少なら目を瞑りますから、好きなだけ見てくださいね」


 そう言ってアトリが木曾馬が駆け抜ける草原を思い起こさせるような平らな胸を強調しながら言った。

 アトリはパンチラ(モロ)やシャツのボタン全解放という暴挙でもって挑んできたが、俺の視線は一ミリも動かなかった。


「もー!なんで私の事も見てくれないんですかぁー!お兄ちゃんのバカー!」


 そう言ってアトリも女としてのプライドを四分五裂に破砕されて泣きながら逃げていった。


 ……ごめんなアトリ、巨乳は好きじゃないけど貧乳も好きじゃないんだ……。

 何事もほどほどが一番、って言ったら、デリカシーが無いと殴られるだろうか、流石にそれくらいの配慮はできた。




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