第2話 終わる日に始まるいつものやつ 2

「がっ」


 しゅう~、っと肉が焼ける音を響かせながら、俺の右手の甲は煙を発した。

 まるで、焼きごてで烙印を押されてるかのような感触に、脳の深いところで防衛反応の対策が想起されるが、振り回そうと、床に押し付けようと、その痛みが和らぐことは無かった。

 だが、苦痛に音をあげる前に、その痛みはまるで夢のように消えた。

 後遺症や余韻もなく、まるで痛みが嘘だったかのように、完全に。

 ただ、右手の甲に刻まれた月を模したかの様な丸い形の刻印が、その出来事を嘘にしなかった。


(なるほど、さっきのキスは使い魔サーヴァントとの契約コントラクトのキスか)


 こういう話にはそれなりに知識を持っていた為に理解は早かった。

 であれば、さっきのキスはいやらしい意味でもないし、妄想の中でもギリギリ許容範囲内だったのかもしれない。

 しかし、誰もが憧れる異世界転生を実現しているという現実を簡単に放棄するのも、中々に口惜しいので、この都合のよさそうな妄想を、現実と受け入れることにした。


 とりあえず、よくある話なら、使い魔の契約が済んだのなら、都合よく会話が出来たりするものだけれど。

 こちらをニコニコと見つめる友好的な彼女に言葉を見繕って質問した。


「君が俺を呼んだの?」

「はい」


 おお、やっぱ言葉が通じるようになってる、やっぱこれテンプレ異世界転生の奴だ。


「名前を教えて貰える?」

「エレナ、だけど本当の名前はアトリリーアだから、二人きりの時はアトリって呼んでねお兄ちゃん」


 んん?、今よく分からない情報が混入していたような。


「エアトリリィヤ?」

「アトリリーアだよお兄ちゃん、発音難しいならアトリでいいよ」


 ……違う、こっちじゃない。


「お兄ちゃん?」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ、これはお兄ちゃんが生まれて私が生まれた時から決まっている絶対の法則だからね」


 ……正直理解が追い付かなくて、は?って感じだ。

 俺に妹なんていない、天涯孤独、そもそも髪の毛の色も瞳の色も違うのに、どこに血の繋がりがあるのだろう、そして初対面、お兄ちゃんと呼ばれる筋合いが針の穴程も見つからなくて困惑中。

 これはあれか、妄想の中でいたお兄ちゃんを召喚して現実のお兄ちゃんだと思い込んでるとか。

 あー痛い痛い痛い、痛すぎる、そしてそんな妹も嫌すぎる、顔は可愛いのに残念過ぎだろこの妹。

 あ、でも妹じゃないから慕われてて下心を持ってもいいのか、まぁ顔は地球に住む誰にも負けないだろうってくらいの無敵感あるし、悪くはないのか?

とりあえず、お兄ちゃんの疑問についてまずは払拭しよう。


「なんで俺がお兄ちゃんなんだ?俺と君は他人の筈だろう?」

「クスクス、お兄ちゃんにはこの血の繋がりよりも濃い始祖の交わりがわかんないかぁ、でも使い魔としての契約も結ばれたのに他人ってのは傷つくなぁ」


 またよく分からない単語が出てきた、ここに来てからの情報量がハイパーインフレしていてどこまで理解できるか自信が無いぞ。


「始祖の交わり?」

「んー、今は知らなくていいことだから簡単に説明するけど、私達のご先祖様は兄妹婚をして子孫を増やしていたって事だよ」


 兄妹婚、きょうだいこん、今日大根?


 ち が う。


 兄妹婚と抜かしおったか。

 神話の世界じゃ日常茶飯事ではあるものの、現実では俺も忌避観を抱かずには入られない単語だ。

 少し前にそれに忌避観を抱く理由が植え付けられたモラルに過ぎず、別段間違った価値観ではないと、オタク文化に啓蒙されるまでは、妹萌えや妹との恋愛を題材にした創作物に対して、キモいという感情を持っていた。

 なお、現在も、特に妹という存在に興味を引かれたことはない。

 そういったわけで、その不穏過ぎるキーワードに、それ以上詮索するのを辞めた。

 どうせ中2病の空想の設定だろ、喋り方からこの妹を名乗る少女がかなり痛い奴なのはほぼ確定しるしな。


「……アトリ、君が俺を呼んだ理由はなんだ」


 もうこれ以上アトリのお兄ちゃんについて考えても、メンタルが磨り減らされるだけで答えは得られないだろうと悟った俺は本題を尋ねた。

 アトリは、冬将軍も逃げ出すくらいの春の麗らかな日差しような笑顔で答えた。


「妹がお兄ちゃんといたいと思うのに理由なんてないよ」


 そして俺はもう疲れたので、諦めた。

 はいはい、やりますよ、茶番のお兄ちゃんごっこ。


 ……どうせ元の世界に俺の居場所なんて無いしな。

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