1章78話 明るい未来が欲しいから
「遅いよ!」
「ごめんな」
唯が怒った素振りだけ見せてくる。
どうせ、許して欲しければとか条件をつけてくるんだろうと思ったので、おざなりに謝っておいた。すぐに謝られたせいか、拍子抜けした様子だったけど知らない。全員が集まっている中で無駄に時間を使う気は無いんだ。……今は唯の事よりも莉子への説教、ハデスとアレスとの模擬戦に関して考えておきたいからな。唯を愛でるのはその後だ。愛でないなんて選択肢は元よりない。
まぁ、ただ一つだけ……。
「莉子、遅れて悪かった」
「体調は悪くないから大丈夫だよ」
「それでも、だ」
これに関しては譲れないな。
例え調子が良くても今だけの可能性はある。それに優しい莉子のことだ。隠しているかもしれないというのに安直な考えはしたくない。遅れてしまったことは事実だからな。元気になったら他のことで賄うことにしよう。廃れた街だからな……拠点を活かしてデートとかもアリかもな。莉子の家を作れたくらいだから俺の考えている以上に活用方法が多いみたいだし。……ああ、それって凄くいいな。
こんな世界だからこそ、俺の力はかなり重宝されるものだろう。特にリサ達に日本の文化を味合わせるってことも出来るからな。ダンジョン攻略を終えてしまえばやることもなくなってしまう。そうなれば今いるドワーフの村を改造して……街にするのもアリかもしれないな。……ここに来てキテンの話が美味しく思えてしまうのか。まぁ、そういうのは後回しだな。
「全員集まった事だし話をしよう。無駄話は終わってからでも構わないからな」
「あ、話を逸らされました」
やっぱり目敏いな、莉子め。
別に否定することでもないしな。早めに、巻きでこれからの行動と方針、そして莉子への話を済ませれば良いだけのこと。模擬戦をしてから多少は仮眠を取って……今日中にやりたいことは沢山あるからな。
「さて、莉子」
「……あい……」
「何で皆を集めたか分かるかな」
さっきの俺の真意が分かるなら簡単だろう。
まぁ、分かっているから沈黙しているんだろうし。意地悪したいわけでもないからな。暗い雰囲気を長引かせるのはやめておこう。
「莉子の暴挙について話をしたかったからだ」
「うん……知っているよ」
「それならゲームをしていた時の俺が全員に話していたことも覚えているはずだ。何度も教えたはずだよな。死にそうならば戦う判断をせずに逃げる判断をしろって」
命を賭ければ倒せる。
それじゃあ、駄目だ。俺が言えたことではないが誰かを守るために死なれても困る。というか、泣くとかのレベルで済むとは到底、思えない。それに俺の場合はまだ逃げる手段もあるからな。とっておきがない莉子の行動はただの無謀だ。
「あの状況であれば戦うための何かより、逃げるための何かを探る方が良かっただろ。ナイフを投げるだけでもヘイトは稼げただろうし、手段一つで敵から他の仲間達を逃がすことは出来た」
「……ごめんね、言い訳になると思うけど怒りに身を任せてしまったんだ」
「分かっている、だからこそ、冷静になれって言いたいだけだ」
あの状況で怒るなという方が難しい。
無茶をするところは俺そっくりか。そして本当に仲間のことを思っているところも変わらず……もしこの思いがなかったらって考えると莉子ではないように感じられるんだよな。もちろん、簡単に許せることではないとは思っている。だけど、全部一気に変わって欲しいとは少しも思えない。
「この際だから全員に言わせてもらう。いや、そのために集まって貰ったと言っても過言ではない。皆が大切にしなければいけないのは勝利ではなく生存だ」
何も莉子に限った話ではない。
仲間になりたてとは言ってもハデスだって大切な存在だし、アレスやアテナだって欠けてはいけない大切なものだ。当たり前だが唯も菜沙もリサも、な。その誰かでも欠けさせてはいけない。
「少し無理をすれば、そんな考えは捨てろ。ボロボロになってもいいから生きることを第一にして欲しい。死にさえしなければ俺が何とかしてやるから。だから確実に倒せると踏んだ時か、無理をしなければ守れないものが無い限りは逃げろ。よく言うだろ、命があれば幾らでもやり直せるってさ」
恥や外聞なんて俺からしたら要らない。
死んでまで守るプライドなんて必要だと思わないからな。騎士道や武士道が俺からしたら邪魔くさく感じてしまう。恥のためなら死ぬとか糞みたいな生活をしてきた俺には納得が出来ない。死ななければ負けた相手を倒すチャンスなんて作れるわけだし。
事実、俺は糞親を殺すために生きてきた。
間接的でも直接的でもどちらでもいい。大切なもののためなら無理をしてもいいと言ったのはそのためだ。アレスからすれば無理をしてでもアテナは守りたいだろうからな。その気持ちは遵守したい。
日本みたいな法律はない。
となれば、重要なのは身を守るための物資と支配する土地、そして纏められる程の力だ。例え最初は弱くても生き残るために努力すれば間違いなく強くはなれるはずだからな。俺に関して言えば、いや、俺達に関して言えば紛うことなきチートがあるわけだし。常人よりは強いだろう、それでも……。
「当然のことを当たり前で済ませるな。何かしらで逃げられるような道具は手に入れるつもりだけど、今直ぐにとはいかない。戦う時はこの考えを忘れないようにしてもらう。もし次に忘れた者が現れれば戦闘自体を禁止にするからな」
そういう風に釘は刺しておく。
これで困るのはひたすらに強さを求めるアレスくらいだからな。ハデスは生きていければいいとしか思っていなさそうだし。……というか、二人の表情の差を比べれば一目瞭然か。ハデスは何が悪い考えをしているように見えるし、アレスは泣きそうになっているからな。後でハデスにも他の釘を刺しておかないといけないか。
「お兄さん、本当にごめんね」
「ん?」
小さな声で莉子がそう口にした。
小さな時からそうだったな。莉子は真面目で素直な子なんだ。きっとこれ以上、責めてしまえば気を病んでしまう。この程度で改善されるか分からないけど……。
「俺の方こそ助けに行くのが遅くてごめんな」
「……そんな、こと……」
「今度はお前に無理なんてさせないよ、絶対だ」
軽く抱き締めてやる。
あの時の行動は咎められはしても全否定されるべきものではないはずだ。そんなことをしてしまえば自分の言うことを聞く道具を作ろうとしていた
「だけど、お前の勝手な行動で菜沙が一番に悔やんでいたんだからな。謝るのならば俺以前に菜沙にしないといけないよ」
「そっ、か……」
菜沙が怒りたそうにプルプルしている。
恥ずかしさから来ているんだろうな。だけど、莉子との会話の手前、言い出せなさそうだ。莉子にバレないようにサムズアップして煽っておく。後で色々と言われそうだが……それでも莉子には気がついて欲しいんだよ。莉子が抱く皆への感情と同等以上のものを菜沙だって持っているって。
俺の場合は強くならなければいけなかった。
でも、この子達に関して言えば限定する必要性はまずもってない。俺が強くなりさえすれば解決出来る案件だからな。それは昔も今も多少の違いはあれど変わりはしない。
「思ったことがあるのなら口に出さなくていい。次からは行動に移せ。莉子の体調が回復するまではパーティでのダンジョン攻略はお休みにするからな」
「……迷惑かけてごめんね」
「無理をするよりはマシだろ」
それに最悪は俺一人で……。
そんな言葉は喉元で飲み込んでおく。本当に何とかしなければいけなくなるまではしたくない。出来ることならばリサの手で母親の病を治させたいからな。何も出来ないと思わせてしまえば……昔の俺と何も変わらなくなってしまう。それだけはダメだ。
「俺からの説教と指針はこれまで。莉子に関してはまぁ、アレだ。一言だけ褒めるとすれば……強くなったな」
悪い考えをすればズルズルと引き摺ってしまう。
だから、わざと他の話題を出して頭からダンジョン攻略のことを消し去った。暗い未来を一人で抱え込むっていうのはすごく辛いしな。あまり長くはないとはいえ、リサ達は大好きだ。なら、救えるように尽力すればいい。今はそれだけにしておこう。
「どんなカラクリがあるのかは分からないけどすごかった」
「うん、それはね……自分の嫌いな姿を多少は認められたからだと思うよ」
「道化師、か?」
莉子が首を縦に振った。
まぁ、予想はしていたけど……それでもアレを見てしまうと固有ジョブがどれだけ壊れているのかが分かるな。同じことをして欲しいとは思えないけど明らかに異質だったし。
「認識阻害」
「それと配置交換だね。自分の魔力が付いている存在との位置を入れ替われる」
「なるほど」
となると、菜沙には魔力をつけていたのか。
何も無い空間との入れ替えも……気がついていないだけで何かと配置交換をしていた。一番に思いつくのはナイフとかかな。自分の魔力が付いている存在ってだけで人や物の断定は無いようだし。
「他には痛覚が鈍くなったりリロード速度の上昇、威力の増加があったかな。全部、あの時に無意識に頭の中に流れてきた情報だったから」
「だから、話した時には教えられなかった、と」
首肯してきた。
ううん、やっぱり難しいな。話を聞く限りだと確かに強いが……莉子の性格同様に癖がある。全部あって困らないものだけど使い勝手がいいかと言われると悩むな。ステータスの上昇幅が俺の持つ勇者よりも低いところからして……能力がメインのジョブっぽいし。
尚更、面白いな。
固有ジョブがその人の姿を移すとすれば俺が好むような能力だろうし、何よりも莉子ならばそれらを上手く組み合わせることが出来る度量がある。願望じゃなくて確実に出来ると言えるな。まぁ、無茶をしないっていう前提があってこそだろうけど。
「もっと聞きたいことはあるが」
「そうだね……ラスボスがいるみたい」
話したいことに関しては俺よりも……。
莉子の後ろにいる三人の方が多いよなぁ。
「まぁ……頑張れ。俺以上に話したいことがあるだろうからな」
「うん、頑張るよ」
頭を撫でても喜べないのは緊張からか。
頑張ってくれよ、じゃないと俺にまで飛び火してしまう。軽く背中を押して俺は莉子を三人の方向へ進ませた。
「アレス、ハデス」
「行くのか」
「ああ、壊れてもいいようにダンジョンでやる。着いてこい」
二人と模擬戦をしてから一度だけ眠ろうか。
それにしても睡眠不足程度では戦闘意欲には勝てないなんてな。本当に俺は戦闘狂の類なのかもしれない。まぁ、これっぽっちも認めるつもりなんてないが。
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お久しぶりです。長い期間、投稿をせず申し訳ありません。多忙な期間とスランプが重なってしまい二つの作品を考えて書くということが出来ずにいました。今度からは少なくとも一月に一話は出せるように頑張りますので是非とも応援や評価などなど宜しくお願いします! また要望などがございましたら感想にてお送りして頂けると助かります!
次回は模擬戦の様子のつもりですが……気分次第でカットするかもしれません! それでも戦闘シーンは入れると思いますので楽しみにして頂けるとありがたいです!
ではでは、次回をお楽しみに!
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