1章77話 準備をしようか
「何で……って、聞ききたいけど、それは後だな。莉子、どうせ、起きたばかりだから腹減っているだろ」
話をそのまま聞くのもいいが、起きたての莉子には苦だろうしな。虐めてやってもいい、だが、一応は病人みたいなものだ。それなら少しは優しくしてやろう。
俺の質問に莉子は首を縦に振った。
だが、その後に少し悩んだ素振りを見せて……首を横に振る。よく分からんが笑顔を浮かべている時点で変なことを考えていることは察せるな。俺の気遣いを無視しやがって……もう一発、額に攻撃を加えてやろうか?
「お兄さんのキスでお腹いっぱいです!」
「嘘つけ、腹鳴ったぞ」
キスの時点で腹が鳴ったが?
それでも自信満々に敬礼をしたままでいるのはなんなんだ。もういっかいしてくれってことか? しないぞ? 少なくとも気が向いた時か精神的に辛い時しかしないように自制しているからな。甘えてばかりだと離れてしまった時に耐えられなくなってしまう。
莉子の隣に座って笑ってみせる。
何かを期待した顔を浮かべた莉子に……そのままチョップして抱きしめておいた。これが飴と鞭というやつか、知らんが。……いや、痛いはずなのに満面の笑みを浮かべられると怖いぞ。何だ? 痛めつけられて喜ぶのか? ……それはそれでありだが、その歳で変な性癖に目覚められても困るな……。
「ほれ」
「へ……ま、まさかこれは!?」
「食わないならあげないぞ」
そんなに喜ぶものか……?
スプーンで掬って口元に運んだだけだというのに心底、嬉しそうにして……まるで餌を待つ雛鳥みたいだな。少しだけ驚いた表情を浮かべていたけど、そこから数秒とかからずに口に頬張っている。美味しいのと嬉しいのとで噛む回数が少なかったのは見逃さなかった。だから、軽くデコピンをしておく。
「いひゃい……」
「早く食べ過ぎだ、もう少しゆっくりと淑やかに食べてくれ」
ちょっとだけ不服そうだが縦に首を振ってきた。
また食べたそうに目を閉じて口を開けてきたので二口目を運ぶ。……これでも不服そうな顔をしている意味が分からん。なんだ、変なことでも求めてきていたのか。目を閉じるってだけで脳内ピンク色の莉子には変な考えが思いつくだろうし。
まぁ、決してやらないけどな。
やるのも面白そうだが今はその時じゃない。満を持すのを待つのみ……ってことにしておこう。三角食べの要領でおかずとご飯を交互に渡す。本当に美味そうに食べるな……お腹がいっぱいのはずなのに俺まで食べたくなってしまう。さすがに食べないけどな。
ゆっくり食べさせたから十数分はかかった。
お腹が減りやすい莉子とはいえ、食べるペースはかなり早い。結構、女子の割には多めの量だったはずなのに簡単に食べきった。途中からは箸を要求されて俺の「あーん」と自分でおかずを食べてで食事していたし。
「美味しかったぜ!」
「カッコつけんな」
グッと親指を立てて笑顔を見せる莉子。
ムカついたのでまたデコピンして黙らせておいた。「あうち」とか声をあげて額を押える莉子は当然ながらに可愛い。そういう性癖がなくても虐めたくなるような愛嬌があるな。……いや、愛嬌と言っていいのかは分からんが。
「もう、本当にドSなんだから」
「莉子にだけな、唯にはしないぞ」
「え……」
なんだコイツ……。
すごく喜んでいるだが? 俺はただ単に唯は可愛いからそんなことしないだけであって……でも、これはこれで楽しいんだよな。特別扱いが嬉しいってことなんだろうが……まぁ、そういうことをされて喜ぶ莉子なら別にいいか。俺も楽しいしでウィン・ウィンの関係だし。でも……。
「……痛かったら悪い」
「えっ? 別に? 痛みが数秒しか残らないから、お兄さんが加減してくれているのを知っているし。それに好きだから虐めたくなるって考えがあるのも分かっているからね! 嫌な気持ちは少しも無いよ! というか! ドンと来い!」
「あっそう……」
うん、この馬鹿さ加減は何とかしないと。
ただ、そういう馬鹿なところも可愛いから無くなって欲しいとは思えないし。こういう事が惚れた弱みって奴なのかもな。頭自体は良いから俺が言えることは無い。ってか、性癖に関してはとやかく言う筋合いは無いだろう。俺が頑張って何とかすればいいだけだ。
だが、ムカつくからもう一度だけデコピンする。
今度は加減を変えて少し強めに、だ。勝手に倒れた恨みも込めて、ね。それでも涙目で喜んでいるのはさすがにどうかとは思うけど。
「それで、どうする?」
「ん?」
「分かっているだろ、聞きたいことが一つや二つどころの話じゃないくらいにあるんだよ。それは多分だけど唯や菜沙、リサにだってあるはずだ」
少しだけ表情が曇ったか。
そりゃそうか、これから行わられるのは小さな説教なわけだし。唯や菜沙、リサは兎も角として俺からは怒られるのは目に見えているはず。俺だって怒りたくはないけど言っておかなければいけないことは口にしなきゃいけないだろう。言って回避出来るのなら損は無いからな。
「話したくないのなら今じゃなくても」
「ううん、話すよ」
「そっか……分かった」
嫌な気持ちはあるだろう。
だが、それで隠し事をしていいという話では決してない。話さなければ分からないこともあるし、その逆も同じことだ。今回の件に関してはさすがに目に余る……と言えばいいか。ここまで心配させた癖に説明無しではこれからに関わるだろう。特にそういう関係になりたいのであれば俺と話をせずに、何てことは俺が許せない。
「ほら」
「ん……?」
「歩かせるのは少し違うだろ。足がおぼつかないとかで転んで怪我しても何だし。背負ってやるからリビングに行くぞ。友達とはいえ、他の人に自室に入られるのは嬉しくないだろうしな」
全員が入ったことがあるかは分からない。
それでも俺がやられて嫌なことは莉子だって嫌なことかもしれないしな。嫌じゃなかろうとリビングならば横になれるだろうし、動く時に具合が悪くなったとしても運びやすい。莉子の部屋よりはリビングの方がトイレにも近いし。
背を向けて感触があるのを待つ。
そして……後悔した。背中に当たる感触がどうしても変だ。匂いを嗅いでくる……のは別に平常運転だから良い。でも、背中に当たる柔らかい何かに関しては少しだけ……毒だ。莉子は同じ歳の女子に比べて大きめだしな……揉むならば貧乳が良いとは言っても大きいのは嫌いじゃない。というか、そっちの方がロマンがあるから……。
少しだけトリップしてしまったみたいだ。
これがアレの魔力か……無論、悪い気は一切しないな。またやりたいと思うくらいに良かった。名残惜しいが大きめのソファに置いて横にさせる。莉子の近くから離れようとはしたが……最後に触らせてもらうのも、なんて悪い考えが浮かんで苦しませてきた。それだと莉子のような変態と変わらない、と思って無理やり押し込んだが消え去ってはくれない。
マップを確認して皆の居る場所を頭に入れる。
唯や菜沙は台所、リサは自室、アテナはポーションでも作っているのか庭、アレスとハデスは戦闘しているのだろうダンジョンの中……と言った感じで皆が皆、思い思いの場所に居る。少しだけ手間取りはするだろうが仕方が無い。誰も飯で起きるような人だとは……いや、唯や菜沙ならば想定のうちかもしれないか。
とりあえずは全員いないと始まらない。
説教にしてもクランの基本概念みたいなのは話さないといけないからな。それは何も俺と一緒に行動するだけの唯達に限ったことではない。勝手に命を捨てられるのなんて嫌だ。全てを生かすなんて大それたことは言えないだろう。でも、生きられる可能性が少しでもあるのなら……。
いや、この話を一人で考えても意味は無いか。
雑多な考えでグチャグチャになりかけた脳内を一度、深呼吸でリセットさせた。考え込んでも全てを伝え切れるわけではないからな。焦ることは少しもないんだ、誰かが死んだという悲しいニュースじゃなくて莉子が起きた嬉しいニュースを俺は知らせればいい。まずは……近い唯達から先に向かおうか。
「やっぱりね」
「ん?」
顔を合わせた瞬間に唯が笑った。
何を言いたいのかは分からないが……まぁ、十中八九、莉子が目覚めたことを理解しているんだろう。唯との関係もかなりの長さだからな。話さずとも俺の考えはバレバレなのかもしれない。別にやましいことを考えているわけじゃないからバレても何も思わないし。……ただ変なことを考えている時にバレるのは嫌だな、さすがに。
「あの……すいません、話が見えてきません」
「莉子が目覚めたんだよ。どうせ、ご飯の匂いで目が覚めたとかかな。莉子なら全然、有り得そうだしね」
「ご名答」
俺の言葉に胸を張る唯。
兄の目から見ても可愛いな。いや、兄の目だからこそ、尚更なのかもしれないが。……って、それが話したくて来たわけではないよな。危うく路線が変な方向へ行くところだった。
「リビングで待っているから先に行っていて欲しい。二人だって話したいことがあるだろ。もちろん、莉子もあるだろうけど」
「……急な話ですね」
「俺の考えや話で急じゃないことの方が少ないと思うんだが?」
菜沙の言葉に茶化して答える。
少しだけ悩んだ素振りを見せたが、すぐに「確かにそうでした」と笑って見せてきた。勝手に行動することは申し訳ないと思うが辞められる自信はない。昨日だって一人でダンジョンに行っているのを黙っているしな。これだって皆を守るためなんだ、仕方が無いことだろう。
「これからリサ達にも伝えに行くつもりなんだ」
「あ、それならリサの所には唯が行くよ。早めに集まって話を終わらせた方が莉子の負担が少ないからね」
そう言われて確かにと思った。
俺が全員の所へ行こうとしていたけど、それは莉子の負担になりかねない。ただでさえ、起きたての莉子に話をするつもりなんだしな。考えてみれば俺はかなり嫌な奴かもしれない。
「……やっぱり、話は今度にしようか」
「いや、今でいいと思うよ。勝手なことをしたんだから少しの苦しさは罰になるだろうし。さすがに許せない部分もあるからね」
「そ、そっか」
怖ぇ……我が妹ながらに恐怖を抱くよ。
まぁ、確かに許せない部分はあるだろうな。唯からすれば命を勝手に捨てようとしたようにも見えるだろうし。結果がどうであれ、罰として多少の苦しみは我慢してもらいたいって言うのは分からなくはない。
「……私はやめた方がいいと思います」
「でも、伝えられることは早めに伝えたいよね。これで話す機会が無くなったら意味が無いし。莉子がまた眠りについた後で伝えたいことの気持ちが薄らいでいったら価値が無くなっていくでしょ?」
「……まぁ、そうですが……」
唯の言葉に菜沙は何も返せなさそうだ。
これは……勝負あったか。このままだと唯の話した通り時間の無駄になりかねないから二人の間に手を入れる。
「それなら早く終わらせよう。俺の考えも少し足りなかったからな。悩んだり考えている暇があるのなら行動して終わらせればいいだけだ。いきなり体調が悪くなったりしたら中断すればいい」
「……そうですね」
「悩んでも仕方ないだろ? もし悩む時間があるのなら終わるかもしれない話し合いを済ませて元の団欒を楽しめばいいだけだ。反対しないのであれば庭にアテナがいるからこの話をしてきて欲しい。俺はアレス達を呼びに行ってくるからさ」
数秒間の沈黙。
長くは感じられたけど返答はいいものだった。首を大きく縦に振って笑みを浮かべる。莉子と話をしたくないのは何も体調だけでは無いだろう。あの時、菜沙が一番に後悔してそうだったしな。それを口にするのは何も得が無いからしないが……さすがに菜沙自身も話をしたくない理由には勘づいているだろう。
唯と菜沙に二人を呼ぶのを任せてダンジョンに向かう。ダンジョンと言っても最上階だからな、魔物と戦うといった本当の戦闘では無いから話しかけても大丈夫だろう。
結果、二人は戦ってはいた。
だが、魔物との戦いではなく模擬戦だ。本気でぶつかり合っている。まぁ、村だったら本気で戦うことは出来ないだろうしな。その判断は分かるんだが、ぶつかり方が凄すぎる。一度だけ見た模擬戦、それとは大きく違う本気と本気のぶつかり合いだ。
ダンジョンの回復速度が速いというのに一部分は大きな衝撃からか大穴が空いているし、影で近づいていた雑魚は拳と拳のぶつかった時の衝撃波だけで素材へと変化している。さすがは両方とも変異種といったところか。ハデスは足りないステータスを体に魔力をまとうという荒業で補っているし、対してアレスも浅めの呼吸を何度も繰り返して一定のペースを守っていた。
三分ほど見守ってみたが……まぁ、気づく様子はなさそうだ。仕方が無いので間に入れそうな場面を見つけて戦闘を止めるしかない。片方だけ止めるのは無しだ。それでもう片方が攻撃を加えたらフェアではない。となると……。
「悪いが一回とまってね」
「なッ!?」
「ッ!?」
拳と拳がぶつかる瞬間。
そこならば両方を止めることが出来るだろう。それにこっちの方が主としての強さを見せられるだろうしな。さすがにダメージを負いそうなので水魔法を手に張って衝撃は弱めておいた。……それでも少しだけヒリつきはするが。
「二人に話があって来たんだ」
「あ、ああ、大丈夫だ」
「……聴きましょう」
「すまないね」
未だ驚いた顔のままの二人に軽く頭を下げる。
どうせ、自分達の本気を簡単に止められたことに驚いているんだろう。少しシュンとしているのは簡単に受け止められたことが悔しいからか。俺としては威厳を見せれたみたいで良かったが……まぁ、それでも一筋縄ではいかないから水魔法という小細工をしたわけだし。悔しがる理由はないとは思うんだけどな。
二人に莉子が起きたことを話す。
反応は特に無かったが一緒に帰ることは了承してくれた。終わってからまた戦ってもいいと言ったから納得しやすかったのかもしれない。アレスは少しだけ物足りなさそうにしていたが、
「終わったら俺が少しだけ戦ってやる」
と言ってやると嬉しそうに着いてくることを即決していたよ。ハデスもそれに便乗して模擬戦を望んでいたので肯定しておいた。軽く、では無理だろうが少しだけ力を出して二人の相手をしないと。やることが増えてしまったが、まぁ、良いだろう。強くなることへの執着が見えて俺からすれば嬉しい限りだしな。
戦闘狂ではないが少しだけ楽しみではある。
アレスとハデスの成長を肌で感じられる良い機会だ、楽しまないでどうするか。高鳴った胸の鼓動を押し込んで莉子のいるリビングへと移動した。
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少しだけ時間が取れたので書きました。
話し合いなどについては次回、模擬戦も書けそうなら次回に回そうかなと思います。体調が芳しくないので「なろう」も「カクヨム」も投稿が遅くなると思います。治り次第、頑張って書くので良ければブックマークや評価など宜しくお願いします。
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