1章76話 戻りつつある日常
「……眠いな」
目覚めは最悪、とまではいかないがあまりよろしくはない。一言にまとめると単純にすごく眠い。それだけの事だが……やはり辛いな。
とはいえ、二度寝をしようと体がしないのは買ったスキルのおかげだろう。横になってはいるが寝ないと考えていれば瞼が勝手に落ちてくる、なんて休日の不思議な現象が起こらない。
まだ重さは感じるが体を起こす。
唯は……もう起きているみたいだ。隣にいたはずなのにもぬけの殻になっている。時計は……まだ七時を指したばかり。予定通りの時間に起きたのだが、この虚しさはなんだ……少しだけ遅く起きて申し訳ない気持ちになる。
「はぁ……」
とはいえ、グダグダしていても時間の無駄か。
ベットの布団などを整えてから部屋を出る。これに関しては日課だから、していないと気持ちが悪いんだよな。ただ、具合は全然、良い。眠気を感じていたが……それも徐々に薄れていっているな。
大きく伸びをする。
バキバキと鳴りはしないし痛みも無い。さすがに一徹に近いだけでは体へのダメージは少ないみたいだな。……とはいえ、これが長引けば話は変わってきそうだが。まぁ、その時はその時だ。ポーションとかで治せる可能性もあるし今、悩む必要は無いだろう。その時になるまでは俺もどうすればいいのか、なんて分かりはしないんだしな。
部屋を出て居間へと向かう。
拠点内には……いないようだ、となると、皆はリサの家にいるってことか。もしくは外のどこかへ行った可能性があるが……まぁ、それは薄いよな。莉子が目覚めていない今、勝手な行動は出来ないだろうし。未だにお寝坊さんがいることも確認済みだ。そんな予測を立ててリサの家の居間へと行き先を変更する。
莉子が起きないのは仕方が無い。
生きていることが分かっているだけマシだ。早く起きていつもの馬鹿な声を聞かせて欲しいが……悩んでも意味は無い。後は時に任せて俺は俺の出来ることをしておこう。
「おはようございます」
「おはよう」
居間へ行く途中で菜沙に声をかけられた。
昨日のような普段通りらしくない菜沙はおらずニコやかに笑っている。頭を撫でたい衝動に駆られたが理性に任せて我慢した。危うく了承も得ずに頭を撫でるところだったな、そうなっていたらセクハラになっていただろう。それで出ていかれて困るのは間違いなく俺だ、自制しよう。
「昨日はよく寝れたかな」
「はい。ゆっくりと眠れましたよ」
嬉しそうな菜沙を見ると俺も嬉しくなる。
普通のことなんだろうが生憎と今の生活になる前には非日常に近かったからな。昔は同じく笑ってくれたら嬉しかった相手が死ぬほど憎くなる事なんて学生生活じゃザラだ。一回でも間違えればその時点でゲームオーバー、スクールカースト最下層に真っ逆さまだからな。
青春? そんな物は偶像だ。
顔が良ければモテ、金があればモテ、運動が出来ればモテ、話が面白ければモテ、頭が良ければモテ、なら、全てを持たない俺がモテる要素なんてあるんだろうか。いや、ないな。良くも悪くも一人の女の子を好きになり過ぎた。アイツがいるならと、どうにかしようって努力すらしなかったんだ。
そして真正面から切り付けられてしまった。
女々しく泣いて死ぬか生きるかをメンヘラのように右往左往していた。死ぬよりも見られたくない醜態を知りながらも唯はそんな俺を愛してくれたんだ。そして多分だがこれからも変わらないだろう。そんな存在がいながらも大切だと言って何人も仲間を増やそうとするのは、その反動なのかもしれない。まぁ、今の俺にはどうでもいい考察でしかないが。
「唯ちゃんが呼んでましたよ。ご飯が出来たから洋平先輩を連れてきてって言われてしまいました」
「遅かったら寝顔を見られていたってことか。起きれてよかったよ。ヨダレを垂らしている姿なんて見せられないしな」
冗談交じりに笑いかける。
菜沙は……少しだけ嫌な顔をしているな。飯前に汚い話をされたら誰だって嫌か。俺の顔は良くて凡人並だしな。これがイケメンならまだ……いや、そんな起こることのない話はやめよう。
「見たかったです」
「寝顔を?」
「はい、ヨダレを垂らしている洋平先輩を想像したら可愛いなって思えてしまって……って、それは先輩に対して失礼でしたね! 普段はカッコイイ先輩だから可愛い姿を……って! そうじゃなくて!」
手をアワアワと振って頬を赤くしている。
そうか、嫌だったわけではないのか。単純に見られなかった後悔でもあったのか……まぁ、それはどうでもいいとして。今の菜沙の姿は……うん、紛うことなき可愛さだな。後世にまで語り継ぎたいほどの光を秘めている。
カッコイイね……それは強さ故かな。
学生生活での運動の出来る人が今の俺みたいな人だろうし。それに元から持つ才能じゃない分だけ俺は誇れることじゃないからな。カッコイイは嬉しいはずなんだが心が少しも喜ばない。まぁ、可愛いの方は普通に嬉しいけどな。褒められて嬉しくない人はいないだろ。
「今度、一緒に寝る?」
「それは……」
「嘘だよ」
からかって軽くデコピンをする。
少し衝撃があるくらいのもの。でも、そんな事をされた菜沙はちょっとだけ怒ったみたいで俺の胸を何度か叩いてきた。本気では無いにしても痛みはあるな。強くなったってことだろう。
「可愛い後輩を弄るのは楽しいな」
「弄られる方の気持ちにもなってください!」
「うーん……断る!」
プクーっと頬を膨らませる菜沙。
そのフグみたいな頬をツンツン突っついて笑って見せた。怒るかな、なんて思ったが菜沙は菜沙で面白かったみたいで満面の笑みを浮かべていた。「行くよ」とだけ言って歩き始めると菜沙も首を縦に振って横を歩き始める。
歩道なら邪魔がられているんだろうな。
だが、今の俺にならあんなにも嫌っていたリア充共の気持ちが分かる。これは何とも言えない幸福感を得られるな。自転車で後ろに着く度に速度を落として何度もチリンチリンと鳴らしていた自分を恥じよう。謝りはしないけどな、交通の邪魔であることには変わりない。
そんな馬鹿なことを考えながら部屋に入るとそこには食事を出している唯とリサがいた。お手製のものなのだろうか、何故かは知らないがキテンとアレスの胸に紙エプロン……とは材質が違いそうだが、可愛らしい胸掛けみたいなのがあって笑えてしまう。
クスクスと横から聞こえたから菜沙も知らなかったんだろうな。いつもは男らしい二人だからこそ、お子様が付けるようなものがあって面白いというか何というか。
「あ、起きていたんですね」
「おはよう、アテナ」
「おはようございます」
入れ替わりで来たアテナに見つかってしまった。
食事を置いた後とはいえ、そんなに深々と頭を下げられるのは良い気がしないな。別に上の立場として敬っているんだろうが挨拶如きでそこまでされるのは……クソ教師達を思い出すから好きじゃない。
「朝からご苦労さま、でも、今度からは会釈する程度でいいよ。やっていることを中断させるのは本意じゃないからね。そこまでされたくはないかな」
「了解しました」
今度は軽い会釈。
そのまま厨房に戻っていくのを見てから椅子に座った。俺達が来たことで机の数も椅子の数も倍増したからな。例え莉子が起きたとしても座れるだけの数と場所はある。さすがは族長の家と言ったところだな。面倒臭いが甲斐性のある男、俺もそうなりたいものだ。
「朝から優男を決めるな」
「別にそんなことは無い。いちいち格式ばっても楽しくないってだけだ」
からかおうとしてきたキテンに適当に返しておく。
別に優男を決めたいわけではない、どちらかというと俺のワガママだ。上下の立場はあっても普段からそこまでされる理由が無いってだけ。敬語を使われることでさえも心の距離を感じるのに挨拶如きで深く頭を下げられるのは……以ての外だ。
「やっぱり珍しいな」
「そうか? 対等な関係を築きたいだけだぞ、俺は」
「それは当たり前の考えじゃねぇよ」
何が楽しいんだかな、大きい笑い声をあげられた。
対等な関係ってそんなにおかしなことか? まだ学生という立場しか経験していないからこその甘い考えなのかもしれないが……トップだけで何かをやろうとしたって無理だろ、限度がある。もちろん、トップが全てを仕切ることのメリットがあるのは分かるが、悪いが俺にはそんなカリスマ性も度胸も無い。
「やっぱり俺は族長に向かないな」
「いや、逆に面白そうだが。少なくとも俺は立場を利用したやり方が好きじゃねぇからな。対等な関係を築こうとするだけアイツらよりは数段とマシだ」
元から族長になる気は無い。
これを機に継がせるのをやめるかと思ったが、そんなことは一切無かったようだ。冗談で言ったとはいえ、そこまで俺を見初める理由が分からん。良くて凡人より秀でているくらいの俺に何で族長なんてものを任せたがるんだか。
リサだけのためなら逃げるだけで済むしな。
リーネさんもキテンも別に一緒に拠点に入れば死ぬことは無い。わざわざ、そこまでさせる必要性が感じられないんだよな。俺もなりたくないって言っているんだから諦めればいいものを。自由を自分から捨てるほどに愚かではない。
「まぁ、朝から話すことではなかったな。そこは謝る……が、俺はお前以外を族長にしたいとは思っていないぞ。それだけの存在だと俺は睨んでいる」
「……買い被りすぎだ」
面倒臭いから手を払って見せ話をやめる。
これ以上はその話をしたいとは思わない。確かに守るものを増やしてはいるが、それでも守れる数が限られていて少ないことも俺は知っている。族長になったとしてドワーフ達を数として見ることは俺には出来ないだろう。そんなんでは守れるものも見捨てざるを得ないだろうからな。なる気も無いが、それ以前にやはり、生半可な優しさを持つ俺には向いていない。
「そんな真面目な話は胸に当てている可愛いものを取ってからするんだな」
「お、いいだろ、これ。リサが見た目を考えてくれたんだぜ」
からかったつもりが余計に喜ばせる結果になってしまった。リサのデザインか、それならキテンが喜んで付けている理由も分かるが……いや、変に考えるのはやめよう。笑ってしまっては失礼だ。
「はい、これ」
「ありがと」
唯から朝食を受け取って他の皆が揃うのを待つ。
先に食べてもいい、なんて言われたがどうせなら一緒に食べたいから断っておいた。マナーがどうこう以前に皆の前で一人で食べ始めるのは寂しいだろ。
少しして全員の分が出揃った。
……うっかりしていたのか、莉子の分まであったのでそっと空間の中に仕舞っておく。後で匂いだけでも嗅がせて……口移しもありかもしれない。無駄にならない程度に莉子に試してみよう。あのオナペコのことだ、ひょっこり起き上がるかもしれない。
「頂きます」
小さくいつもの挨拶をして箸を手に取る。
もう、この言葉は慣れたみたいでキテンもリサも、他の面々も同様に口に出してから食べていた。ハデスだけは分からなさそうにしていたが流れで言っていたよ。後で意味とかを教えておこう。
今日の朝食は豪華だ。
簡易的な焼魚と大根卸、そして納豆と味噌汁と浅漬けという日本の昔ながらの朝食を話をすることなく黙々と食べ続けた。魚は……しっかり骨抜きまでされているようで喉に刺さることが少ない。抜ききれなかったものもあるようだが、それも数えられる程度というのがすごいな。
キテンとリサもハデスも見慣れない食べ物のせいで箸が進まなかったようだが、一口食べた瞬間に逆に止まらなくなっていた。美味いよな、もうそろそろで旬だった秋刀魚なんだから。箸ではなくフォークというのがまた面白いな。このままでもいいが、少しずつ箸の使い方は覚えて貰おう。覚えておいて損は無いだろうし。
美味しい食事だった。
特に味噌汁は塩梅のいい味付けで具も豆腐とワカメという最高のツートップだったからな。これに関してはオカワリもさせて貰った。作ったのは唯なんだろう、オカワリする時にすごく喜んでいたからな。ハデスも恥ずかしそうに魚をオカワリしている姿はとても良かった。自分の欲求を伝えてくれるっていうことは信頼してきてくれているってことだ。仲間に近付いてきたような感じがして嬉しい。
「ご馳走様」
最後に手を合わせて食器を片付けておいた。
そのまま部屋を出て莉子の場所まで向かう。マップを確認したら未だにベットから動いていない。それだけ回復に時間がかかっているってことだろう。これは起きた時にガッツリ言っておかないと。ここまで皆を心配させてどうするんだってさ。
ノックはしない、寝ているのを起こす気はないからな。眠る姿を見ながら口元に手を翳す。大丈夫だ、小さな不安感が消え去った。とりあえず朝食を出してみて匂いを仰いでみる。……さすがに起きないか。この程度では微動だにしない。まぁ、眉が動いていたのは見逃さなかったけど……いや、待てよ……。
「起きなきゃ俺が食うぞ」
「……酷くない?」
小さな返答が聞こえた。
寝言か……とは思ったけど明らかな俺の独り言を聞いての返しだからそうとは思えない。冗談だったんだが……まさか、ここまでオナペコだったとは。薄らと目を開け始めた莉子がいる。未だに目を開けきらない莉子がいる。
「目覚めているなら起きろよ……馬鹿」
「莉子は眠ってまーす、グゥ」
笑ってしまった。
朝食の匂いのせいで鳴ったお腹と眠っていると誤魔化す言葉が被ったんだ。それも同時に。可愛いとしか言えないが……それでも目覚めているのなら体を起こしてもらわないと……。
「ご飯は要らないのか?」
「……チューしてくれたら起きるかも」
「起きてくれたら考える」
うおっ……いきなり体を起こしてきたんだが。
そんなにチューして欲しかったのか……いや、それは素直に嬉しいんだけどな。それでも突然、起こしてきた驚きで朝食を零しかけた。だから、軽くチョップしておく。犬みたいにハッハッと言いながら正座していたから叩きやすかった。痛そうにしているのを見ると申し訳ないと思うが後悔はない。
「……おはよう」
「はい! おはようです!」
額にキスだけしておいて頭を撫でる。
とりあえず……起きてくれたから良いだろう。まさか……こんなにひもじい思いをさせていたとはな。もっとご飯を食べさせて太らせてあげないといけなさそうだ。……太り過ぎはさすがに嫌だが食事で起きるような人のままではいて欲しくないしな。
_______________________
今日はいつもと違う時間に投稿です!
次からは莉子の話を軽く書いて、その後は少しだけ日常回を書こうかなと思っています。それが終わり次第、1章の終わりへ突き進んでいきます。そうなれば2章……新キャラや話だけ出てきたあの人達が登場する予定です! 楽しみにして貰えると嬉しい限りです!
面白いなどと思っていただければブックマークや評価よろしくお願いします! 分からない点など何か御座いましたら感想もお願いします! 両方とも貰えると嬉しいので是非是非!
_______________________
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます