1章75話 迷いと幸せ

すごい威張りようだな。

そう思えるくらいに高レベルのオークジェネラルは胸を張って、いや、ふんぞり返っているって言った方が正しいくらいに堂々と歩いている。この階層でも二体ほどになれば天敵はいないのかもしれない。二体のレベルは三十五、十分脅威に値するだけのレベルだしステータスも物理攻撃は二千越えと馬鹿げている。まぁ、その分だけ自身の力を愚直に信じているのか、六体の時よりも周囲の警戒は疎かみたいだ。主に前衛や後衛のような役割が無く横並びに歩いている。


ここでは口を開いたりしない。

さっきとは違って声を出した瞬間に攻撃を受けそうだからな。まずは先制攻撃を与えることが最優先だと思う。バインドと雷扇の準備のために魔力を手元へ集め始める。……だが、それがいけなかったかもしれない。


「ブルゥ……?」


違和感を覚えたのだろう。

二体のうちの片方が首を傾げて周囲を見回し始めた。気配遮断のおかげもあってか、バレはしていないがここでの攻撃は得策ではなさそうに思える。俺がいる場所自体が草むらの中だからな。というか、草むらの高さもギリギリしゃがんだ俺が隠れるくらいなのに、よくバレないと思うよ。気配遮断様々といったところか。


それにしても……気配遮断を使っていて俺の魔法の準備を察知するとは……。その後は勘違いだと踏んでくれたようでそっぽ向いてくれたのが幸いだったが、もしも姿を見られていたら準備を整える前に戦う羽目になっていたな。あのステータスを見て勝てると即答することは出来ないし……やっぱり日陰者の俺にはこういう卑怯な戦い方がピッタリだ。


同じ種族だと思ってはいけない。

レベルが違うだけで人のステータスや察知能力が違うように、アイツらにもくぐってきた修羅場っていうものがあるんだろう。俺達のような生半可な平和を味わうだけの世界とは違う、この世界では少しの油断が死へと直結する。


そして戦えば戦うほどに強くなる。

だからこそ、俺も強くなりたいと思って戦ってはいるが……あの時のように死にたければ死ねばいいっていうことが今は出来ないからな。強くなれた反面、守りたいものが出来てしまって生にしがみつく意地汚い部分が露骨に表に出てきた。幸せになってしまったせいで死にたいという思いが少しも湧いてこないんだ。


どちらにせよ、世界が変わったのなら俺も変わる必要があるということだけは変わらない。魔物という存在はそれを叶えるための糧だ。だから、アイツらに恨みはなくとも殺させてもらう。先にバインドを撃ち込んで片方を完全に拘束する。だが、問題はもう片方だ。そちらにはギリギリで躱されてしまったせいで完全に俺を視認している。


別に焦ることは無い。

ここで冷静さを欠くのが戦闘で一番やってはいけないことだ。そうアニメやテレビで言っていた。実際そうなのかは分からないが、冷静に考えられなければ人の一番の利点を捨てることになる。真偽はどうでもいいことだ。


俺はアイツよりも強い。

早い、武器のグレードも高いんだ。


それでーー


どうして負けるというのか?


「雷扇」

「ブルゥ!」


片方は動けないからクリーンヒット。

もう片方には……まぁ、躱されるよな。それでも完全に避け切ることは不可能だろう。ジャンプで飛べる距離も限られているだろうし、俺の雷扇は威力が低い分だけ広範囲に麻痺効果をバラ撒ける魔法だからな。俺からすれば少し痺れてくれるだけで丁度いい。


これをしたくはなかったが……。

まぁ、怪我を負うよりはマシだろう。安全第一、目的を達成することを優先しないと。


転移でオークジェネラルの背後を取る。

正確に言えば少しだけ距離を取ってあるが別に問題は無い。ここからならグングニールが届くからな。そこまで考えて飛んである。そして、届くのならば後は簡単だ。


「破裂しろ」

「ブ」


何かを言いたかったみたいだがそれもままならなかったようだ。グングニールの能力は破裂させることだからな。魔力さえあるのならばどんな相手でも風船のように爆散させられる。ただ、これをやると起こる問題が……。


「……さすがに素材は手に入らないよなぁ」


お金稼ぎが一切、出来ない。

別に困っているわけではないけども……貧乏性のせいか、勿体ない精神が働くんだよ。これだけのレベルなら二十や三十は簡単に超える。……それでも、それだけの価値がある素材を一つは確保出来ただけ良しとするか。


動けないままのオークジェネラルに向き直して首をストンと落としておく。後は倉庫にまとめてポイだな。すごく簡単な仕事だよ。


これでまぁ、少しだけ安心だな。

とりあえずは強い敵であっても同じ戦法は通じるようだし、二体から得られた経験値もさっきのオークジェネラル達とは比べ物にならない量が手に入ったわけだからな。


レベルは……ギリギリ上がっていないか。

それでもオークジェネラル八体いる分の大半を二体で賄えるのなら、これほどまでに楽なことは無いだろう。勿体ないっていうのを無視すればかなりの経験値を手に入れられそうだしな。


ちなみに高レベルのオークジェネラルは売ればいくらになるんだろうか。


えっと……待て、七十万とちょっとだと……。これはアレだな……本当に失敗した。雑魚のオークジェネラルと同価値だと思っては絶対にいけないみたいだ。七十万が十個なら……七百万だろ。それだけあればきっと……。


『菜沙、頑張っている君にプレゼントだ』

『洋平先輩……カッコイイです。好きです』


こんなことになるに決まっている。

あの可愛い菜沙から褒め言葉をたくさん貰えるチャンスがあるんだ。怪我してもいいから狙いに行ってもいいな、これ。いや……待てよ……。


この妄想は……バレたらヤバい事になりそうだ。

主な問題は相手が菜沙だったってところだ。きっと唯や莉子にバレたら……「まぁ、菜沙ちゃんならいいけどさ。私のことキライになったの」とか泣きながら言われそうだ。断じてそんなことはない。今でも変わらず妹LOVE……だが……。


少し気持ちが揺らぐな……。

それに泣いた唯は誰よりも手がつけられなくなるしな……。まぁ、変に意識しては駄目だってことだ。菜沙が俺を見る目はあくまでも慕う先輩として、好きな異性としてでは決して無い。だから、今でも男が得意じゃないのに付いてきてくれるんだ。それを勘違いしてはいけない。


それでもアレだ、菜沙に武器を買うのは確定事項。

今の双剣でも戦えはするだろうが、この先が思いやられてしまう。それに双剣だけでは聖騎士とかいうジョブの恩恵を上手く受けきれないだろうしな。グレードアップは必死だろう。そのうちは俺が立てるクランの幹部になってもらうつもりだし、弱くても別にいいが強いに越したことはない。


莉子にも……まぁ、強化石とかいう素材があるようだから今の武器に愛着があるのなら、これをあげてもよさそうだ。銃のグレードを上げたところで狙撃銃になるだけだろうし、そこまでいけば拳銃とは使い勝手が変わりすぎるしな。そっちの方が戦力アップには丁度いい。ただ、一つで一回の強化しか出来ないくせに値段が張るんだよなぁ……一個百五十万円とか結婚指輪かよって思えてしまう……。


ああ、でも、そのうち結婚するわけだしな。

遅かれ早かれ金はかかるだろうし、この世界ならば稼ぐ手段はいくらでもある。日本の円は今ではただの紙切れでしかないわけだし、それを報酬に用心棒とかもありだしな。誰かの傘下に入る気は無いが金稼ぎならそれくらいはする。


とにかく次の獲物だ、マンティス以外で考えよう。

時刻は……七時起きだとして三時間寝られればいいから後二時間の猶予がある。リポップは……これはまだ後か。なら少し足を伸ばして遠目のオークジェネラルを狩ろう。最悪は少しだけポイントを使って経験値へ変換するか。それならまだ使ったとしても許せる。


そのまま残った二時間、俺はオークジェネラルを狩り続けた。同じ戦法ばかりで途中から飽きかけてきたが、莉子のことを考えて安全策を通し続けたよ。何とか十一階層の森の全体マップは手に入ったし、レベルも四十八までは上げることが出来たから帰っても問題は無さそうだ。それでも……。


「レベルは上げ切れなかったか」


それだけは心残りだ。

途中でオークジェネラルのリポップ場所は数箇所把握したから、残れば経験値稼ぎは出来るだろうけど体が先に壊れてしまいそうだからやりたくない。マンティスとも戦っていないからな……安全策を取った弊害がここに来て出てきてしまった。


まぁ、莉子が目を覚ますまではダンジョンどころじゃないし、今日、起きたとしても行かない言い訳はいくらでも思いつく。二レベ分は今日の夜中に持ち越すことにしよう。……不眠のレベルが一上がっていたから今日よりは楽になるはずだし。


収支から言って合計七百万程は稼げた。これは全部の素材を売った場合だから、実際は二百五十万くらいのお金が手に入ったわけだけど。


本当に一石二鳥だ、お金を稼げて経験値も稼げてしまう。夜活最高としか言えないな。四人には申し訳ないが夜活を止めるっていうのは恐らくダンジョン攻略までは難しいと思う。


それも仕方の無いことか。

収まらないニヤニヤを何とか我慢しながら拠点へと戻る。部屋に入った時に物音で唯が目を覚ましてしまったが「トイレに行っていたんだ」と言ったら笑って抱きついてきた。「汗臭いよ」とか言いながら心地良さそうな唯を見ると……どうしても心の奥が痛むが顔には出さない。


これでいいはずなんだ。

守りたいものを傷付けさせないためには俺がどうにかならないといけない。アイツのように全てを同時に終わらせられるほどに俺は完璧ではないんだ。完璧ではない、なら、完璧に近付くための努力をしなければいけないだけのこと。


「唯」

「うん……?」

「大好きだよ」


再度、眠りにつく唯の額に唇を付ける。

抱き締める力が強くなったので俺も強く抱き締め返した。壊れないように、壊さないように優しく、強く……。



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今回も少しだけ短めでした。

次回はやりたい事ややらなければいけない事があるので終わり次第、また書くかなと思っています。いつ書くかは分かりません。ただ最近はこちらの作品を書くのが楽しいので長い間、書かないといったことはありませんので楽しみにして貰えると嬉しいです。


いつもの事ですが良ければフォローや評価、感想など宜しくお願いします! 増えると嬉しいですし、もっと書いて読んでもらおうという気持ちになりますので、是非ともお願いします!

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