1章72話 小さな弱気
「あ……洋平先輩……」
「元気が無さそうだな」
リビングに入ってすぐに見えたのはソファでクッションを抱きしめながら座る菜沙だった。俯いていたが俺が入った音で顔をあげたようだが、その顔は涙目でどこか儚さを感じる。リサは……今は部屋にいないみたいだ。どこに行ったのか……は、別に後でもいいか。莉子を見ていた時間からして遠くまでは行っていないだろうし、あの傷からして行けそうもないだろう。……ただ、まぁ……。
「ああ、リサは休んでいますよ。洋平先輩の部屋で寝ると言っていましたから」
「なるほど……異世界の人ならベットは心地よく寝れる場所だろうな」
視線でバレていたのか……本当に察しがいい。
だが、わざわざ聞かなくて済んだ。それに菜沙の可愛らしい笑顔も見れたしな。ただし聞いた答えは少しだけ恥ずかしいものだった、リサ相手ならば別に嫌な気持ちは湧かないが……変なことされないかだけ不安だな。とりあえず菜沙の隣に座っておく。
「……少しだけ羨ましいです」
ボソッと聞こえた言葉。
少しだけ反応するか躊躇ったが顔に出てしまったのは分かっている。そうでなければ一瞬の表情の変化は起こさないだろう。変化させたままなら勘繰りはしなかったが……とりあえず、こっちを見た菜沙に笑いかけてみせる。まずはマイナスな捉え方をしていない事だけ言わないといけない。表情からして菜沙の心も少し病んでいそうだからな。
「リサが、かな?」
「……そうですね、自分の気持ちに真っ直ぐなところが凄く……私には無いものだったので」
……まぁ、そっちの意味でだよな。
少しだけ菜沙にも変態の素質があるのかと思ってしまったよ。それならそれで良いんだが……そういう系統のイメージが無いからな。って、重要なのはそこじゃないか。
無いもの、ねぇ……。
まぁ、その気持ちはよく分かる。俺も兄貴の自分を比べられて無い物ねだりをしていたっけか。仲の良い男友達がいなかった分だけ兄にべったりだったし、あの女とも仲良くしていた。それこそ……最大の間違いを犯していたと今なら言えるが、あの時の俺が聞いていたら怒るだろうな。それだけ二人が大好きだったんだから……。
と、そうじゃないな。
慰めようとして俺が沈んでどうするんだ。
「菜沙は今の自分が嫌いなのか?」
「……まぁ、少しだけ」
「そっか……」
簡単に自分を好きになどなれやしない。
鏡を見て毎日カッコイイと思う、そんなやり方とかがネットで見つかったが上手くは行かなかった。カッコイイ……そう本気で思えないからか、自分の嫌なところだけが目立ってしまうからか。どうでもいいが隣の芝生は青いって言うように人の持っているものほど良く見えるものだ。それは菜沙を間近で見ている俺にも……。
「あ、あの! 顔が近いです!」
「うん? ……ああ、ごめん」
危な……もう少しでキスするまで近付いていた。
……いや、気付いていない振りをして付けてしまうのもアリだったか……いや、無論、無しだ。一時の快楽のために後の関係に響いてしまうのは俺の望むことじゃない。
「べ、別に嫌ではありませんが……その……順序くらいは……」
「違うよ、菜沙の言葉を聞いたらどうしても思うことがあったんだ。それで間近で見てしまっていただけだよ」
順序を守れば良いのか……なら……。
……うん、また話が脱線しそうになったな。今、自分が何を言ったかさえ頭から離れてしまった。ここまで魅力的な話をされてしまうとどうしても菜沙を一人の女性として見てしまうよ。本心が知れない以上、自分を慕う後輩として見るのが正しいはずだから変な考えを持つのはやめておきたい。とりあえずはアレだな、まずは俺の本心を伝えよう。
「可愛いなって、それに今のだって本当に女の子らしくてさ。先輩の立ち位置からしても可愛がりたくなる存在だよ、菜沙は」
「えっ……と……」
考え始めればやっぱり菜沙は良いところばかりだ。
例えば……そうだな、まずは外見かな。
「綺麗な髪でさ、フワッと香る匂いも人を穏やかにさせるものだね。時々、見せてくれる笑顔も負の感情を減らしてくれるし。それに目鼻立ちも整っていて近付かれた時には意識していなくてもドキッとしてしまうよ」
「あの……」
「俺も先輩である前に一人の男だからさ。少しでも気がある発言をされると、唯に怒られてしまいそうな恐れはあっても体が勝手に反応するんだ」
菜沙と知り合うのがもっと早かったら。
そんなのは本当に仮定の話だ。それこそ、この現実味のない状況だからこそ、俺は菜沙と仲良くなれたと思っている。引きこもりの俺なんて見ていて不快感しか覚えないだろうからな。髭は伸ばしっぱで常時、携帯を弄るだけの俺……思い出すだけでも戻りたいとは思えない。それに見せたくもないな、アレは消し去った最大の汚点なんだから。
「後は優しいところとかも好きだよ。変な意味じゃなくてさ、嫌なことを知っているからこそ、誰よりも優しくて対等に扱っているところ。お寝坊の莉子とか、我儘な唯と仲良くやっていけるのは本当に難しいと思うからね」
「……いえ、そんなことは」
「あるんだよ、仲のいい俺だから分かる」
あの二人は二人で傷がある。
一番に大切にしてくれる人から裏切られること、そして耐え難い苦痛の日々を送ってきたことを教える体の傷……体の傷は消えるって言うけど、それだって完全に消え去るわけじゃない。心の傷も当然、簡単には無くなりやしないんだ。
だから、二人は警戒心が強い。
その二人と心から仲良くなれている菜沙を見て、評価するなっていうのも難しい話だよ。唯は自分の表情を気にする癖があるからな、菜沙と話していて口角が上がりきるってことは無意識に見せてもいい相手だと思えているってこと。莉子はそもそも嫌いな人には近寄らない、ボディータッチをするなんて以ての外だ。
「二人ってさ、勉強は出来るんだよね。だけど、馬鹿なんだよ。隠していても隠しきれない。菜沙には分からなくて当然かもしれないけど、長い間、近くにいた俺ならば話は別だ」
勝手な解釈になってしまうが……菜沙は自分の価値を強く悩んでいるように見える。あの時に俺達に過去を少し話したのもきっとそうだ。過去を語る俺達と同じようにしなければ、居場所がなくなるかもしれないって心のどこかで思っていたんだろう。そう考えると割と菜沙の行動に頷ける点が多く見つからな。そんな弱いところが友達の大怪我というキッカケで漏れてしまったんだろう。
とはいえ、良さ悪さ……それに関しては気にしたら負けだと思うが、それでは菜沙の心を癒すことは出来ないよな。ぶっちゃけて言えば菜沙一人が欠けるだけで戦力的にも、クオリティ・オブ・ライフ的にも大きなダメージを負うことになるし。小さなことで今の場所から菜沙が消えるくらいなら……無い頭を絞れ、菜沙が要るのならもっと良い言葉で表すんだ。
「中学生にもなれば悩むのは当然だよ。それこそ海に溺れるみたいに終わりが見えない悩みを抱えるようになる。自分の良さが分からなくなって、悪いところが目立つのもそうだろうな」
「……そうですね」
見た目や行動は大人っぽい。
今だって莉子のことを聞かずにリサの話にしようとしたのは俺を気遣ってだろう。少なくとも俺にはそう感じられてしまった。ただ、そのせいで弱いところが表へ出てしまったわけだけどな。
強くて優しい少女。
だけど、勘違いしてはいけないのは。その内面はガラスに近いんだ。菜沙は大人のように振る舞っているだけで内心は子供に近い。誰かに認めて貰いたくて、優しくされたくて悲しんでしまうんだ。その姿は年頃の、中学生の少女として何もおかしな点はない。
「菜沙はリサのことが嫌い?」
「そんなわけありません。種族や年齢に違いがあっても優しく接してくれるリサを嫌いになるわけがありません」
「そっか、良かったよ」
少し赤らむ菜沙の頬に手を当てる。
グイッと小さな菜沙の顔を上へと向けさせた。目と目が合う、少しだけ恥ずかしさを覚えるが菜沙のためと頑張って飲み込む。左手で軽く頭を撫でて瞳を閉じて震える菜沙を安心させる。
「……キス、されるのかと思いました」
「しないよ、この状況では」
そう言うと菜沙の頬が変な感じになった。
一回緩んで、再度、強ばった感じ。ただまぁ、震えていたのは十中八九、キスされると思ったからだろうな。やっぱり乙女じゃないか。本当に可愛らしい少女、悪いところの方が見当たらないな。
「菜沙はさ」
「はい」
「俺のこと嫌いか?」
別に変な意味はない。
単純に知りたいことだった。だが、それが菜沙の何かに触れてしまったのかもしれない。
「そんなわけないじゃないですか!? 嫌いなら過去のことなんて話しませんし! こうやって触れられて安心したりしません!」
「……そっか、そうだよな」
「そうです! 洋平先輩がいなければ戦うことすらもしていませんでした! ダンジョンに入る気する湧きません! 何ですか!? 先輩は私のこと!」
「要るよ」
話している途中だとは分かっている。
だが、知ったこっちゃないな。傷を掘り起こしてしまったことには申し訳なさがあるが、それで勝手に俺の考えを決め付けられてはたまったもんじゃないよ。要るか要らないかの二極化じゃ無かったとしても菜沙は捨てられない。それぐらいに大切だ。
「嫌いじゃないなら本気で嬉しいんだよ。それに聞きたかった理由はそこじゃないんだ。もし嫌いじゃないならって続けたい言葉があってな」
「はい、何ですか」
少し怒っているようで目を合わせてくれない。
こんな生意気な部分があるんだなって思いはしたが、こんな姿はそれはそれで可愛い。軽く抱きしめてあげて耳元に口を近づけてやる。暴れる様子はないようで小さな呼吸音だけが聞こえた。悪いな、さすがに普通に話すのには抵抗があるから小声で言われせもらうよ。
「何回でも同じ悩みを抱いていい。ただ、もし俺のことが嫌いじゃなければ、その時には俺に悩みを打ち明けて欲しい。その度に俺は何回でも菜沙の良さを語ってあげるからさ」
「……え、それって……」
菜沙の反応を待たずに腕を解く。
俺でも恥ずかしいものは恥ずかしいんだ。一応は人間……ヒキニートだが人ではあるからな。解いた時に菜沙と目が合ったので笑って見せる。頬が一気に赤くなったのを見て内心、「ざまぁみろ」とは思ったのは内緒にしよう。
一つ深呼吸をする。
少しだけ頬の熱が取れたかな。
「な? こんなの嫌いですって菜沙から言われたら口に出せない言葉だろ?」
おどけたように菜沙にもう一回、笑みを見せた。
「そうですね……そんな愛の告白は好きじゃなければ言えないでしょうね」
「愛の告白……?」
何を言っているんだ、俺は告白なんて……。
いや、待てよ……同じ悩みを抱く度に俺に話して欲しいだと、俺が隣にいることが前提の話になってしまうよな。それは確かに……告白とも取れなくはないか。
「まぁ、好きだしな」
「へ……?」
「女としては見ないようにしているけど、女の子としては見ているし」
可愛らしい女の子、それは認める。
だが、ここで菜沙に手を出すのは間違いなくアウトだろう。それこそ話してくれた元カレの傷が癒え切っていないというのに、男の俺が深く関わりあいを持てば広げるキッカケになりかねない。だから、俺は菜沙を女ではなく後輩のような女の子として扱うようにはしている。……少し揺らぐことは有るけどな。
「なんなんですか……それ」
ちょっと怒らせてしまったようだ。
何度も俺の胸をポコポコと叩いてくる。軽く……とは言っても少し力は入っているようで痛いが、本当にこういうところが可愛らしい。菜沙は頭が良いから俺の言いたいことは分かるんだろう。もっと力を入れてくれても良いんだけどな。
十秒くらいは叩かれたか。
ようやく最終的には満足したのか、鼻をフンッと鳴らしてから俺の顔を見て笑い始めた。それを見ると……どうしてもおかしくなって笑みがこぼれてしまうよ。本当に可愛い子だ。
ただ……まだ暗いように感じるな。
さすがにこの程度で払い切れはしないか。元より簡単に闇の部分は払えるとは思っていなかったが……いや、一緒に居てくれるなら何とかなるだろう。今は……頭の後ろに手を絡めてそっと頭に手を置いた。今だけは菜沙を誰よりも安心させなければ、そう思って大胆なことをした。
その時だった。
「何やっているの?」
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以下、作者からです。
少しだけプロットを纏めてみたのですが1章はまだ続きそうです。ですが、ダンジョン攻略を含めてより面白いイベントが入るので楽しんで読んでもらえると嬉しい限りです。
異世界の人々の話や他の元クランメンバーなどの話は恐らく二章に入ってから出ます。どういう性格なのか、どういう立ち回りなのか、予想しながら読んでみてください!
次回は……のような期限は付けないようにします。コチラの作品に関しては気楽に書ければ出すと言う形にした方が、楽しんで考えながら書けるのでそうすることに決めました。ご了承よろしくお願いします。またフォローや評価なども励みになりますので、良ければ宜しくお願いします!
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