1章71話 変わらぬ覚悟
「莉子!」
「あ、お兄さん!」
見たところ体中は傷だらけだ。
それでも関係なさそうに俺のところまで来るあたり痛みは感じていないのかもしれない。抱きしめようと少しずつ近づく。前までとは違って莉子には好きだって感情は伝えていたから躊躇いは欠片もない。
でも、すぐに後悔した。
軽く触れた瞬間にふっと体から力が抜けたように俺に寄りかかってきた。もしかしたらランナーズハイに近かったのかもしれない。焦る心を一度、深呼吸をして落ち着かせる。すぐにポーションを取り出して口に近づけてみた。
「ダメか……」
体が言う事を聞かないようで喉元を動かしはするものの何度か口から漏らしていた。一気に顔が強ばっていき唇も青くなり始めてくる。どうしようか悩んだが……手段が思い浮かばない。無理やり口を抑えてみたが一気に吐き出してしまった。
手元がベタつく。
真っ赤なポーションがすごく嫌だ。心配させまいと笑みを浮かべている莉子を見るのはもっと嫌だ。そして……死なれるのはそれ以上に嫌だ。口の中にポーションを含んでから唇を合わせる。
キスした回数とかは少ないからどうすれば無理やり飲ませられるのかは分からない。だから、吐き出しそうになる時に何度も自分の口内に入れてから、またそれを飲ませるために莉子に戻す。
少しだけ鉄の味がする。だけど、その味すらも俺の大好きな莉子の一部なんだ。俺は莉子が大好きなんだ。だから、それすらも愛してみせる。それを繰り返してようやく少しずつ飲み込んでくれた。正解は分からないけれど少なくとも飲んでくれたことにはかわりない。
もう一本、あけてから同じようにして無理やりにでも飲ませる。同じことの繰り返しだったけど回復はし始めたのだろう。先ほどよりも早く飲み込んでくれるようになった。本当に無理のし過ぎだ。それで心労を負うコチラの気にもなって欲しい。
「バカ」
「……眠っている莉子に言うのは悪いかもしれないけど何も言えないね。それに……」
唯は唯で後悔があるんだろうな。
あそこまで為す術が無い状況は初めてだっただろう。口から血を流す菜沙も、大槌を構えたままのリサも何も言わない。初めての本格的な無力感だったんだろう。そして身近に感じた死、仲間がこの世から消えるという感覚。静かに菜沙にポーションを投げて飲むように指示を出す。
「莉子は莉子なりに頑張ったんだよ。そして生き残ってくれた。それだけだ……それだけでいい」
誰も何も言えない静かな空間。
現れた宝箱をそのまま回収しておく。今は早く休むことを考えたい。本気で莉子には怒っておかないといけないな。愛しているって伝えたのに死んでもいいから倒そうとするのは身勝手すぎる。あの時は俺も行動出来た。助けを呼ぶことだって簡単に出来ただろう。
小さく寝息を立てる莉子の額に思いっきりデコピンしてやる。痛そうに顔を歪めたけどすぐに気持ちよさそうな顔をされて不思議な気分になった。好きな人に言うのはどうかと思うけど、ちょっとだけ気持ち悪いと思ってしまう。……でも、めちゃくちゃ可愛いんだよなぁ。これが惚れた弱みか。
「一旦、休もうか」
全員、思うところがある戦いだっただろう。
少なくとも何も得られない戦いだったとは到底、思えやしない。俺も俺で考えなければいけないことがまた増えた。得物だったりステータスだったりが俺と四人だったら違うからな。俺がオークジェネラルを圧倒出来たのは武器の力とチート級の職業の力でゴリ押したからで、四人と同じような、仮に武器だけでも違っていたならもっと苦戦していただろう。……裏を返せば、俺よりも圧倒的にグレードの低い武器でオークジェネラルを圧倒した莉子の力は、もしかしたら俺以上かもしれない。
莉子を背負って階段の前で八階層に飛べる拠点を作っておいた。必要性は薄いだろうがあって困りはしないだろう。数自体の制限とかはよく分からないけど消そうと思えば消せるからな。早めに拠点で休んで莉子の面倒をみたい。
拠点の中なら普通の家と大差なく休めるだろうし皆の意見を聞ける。帰りたいとか、まだ戦えるって言うのだって傷を負った莉子次第だろう。というか、話次第では莉子を連れていくかどうかも悩むかもしれない。……本当に手間のかかる嫁だ。
階段のすぐ側で拠点を展開。
これ自体は何度もやってきたから時間はかからない。そもそも別の階で全員の登録はしてあるから何も不自由なく莉子の家を模した拠点に入れた。すぐに莉子の部屋へ向かってベットの上に寝かしつけてやる。抱きしめたまま離そうとしないから少し手間取ったけど、抱き枕で何とかなった。後は回復を見てって感じだ。
「おやすみ」
返事はない……それでも代わりに寝息を聞かせてくれたので安心は出来る。今なら誰も見ていないからと、もう一度だけキスをした。人前でやるのは心がもたないだろうけど今の状況なら少しも恥ずかしくなんてない。……こんな小さなことでより安心出来て、幸せを感じられる俺は少しだけ弱くなってしまったのかもしれないな。
本当はもう一度……そんな気持ちを抑える。
またしてしまえば永遠に、それこそ俺が眠りにつくまでずっと続けてしまうだろう。起きてからも飯も食わずに続けてしまいそうだ。それくらいには莉子の姿はとても愛らしい。
「何やっているの?」
「……気にするな」
少し時間がかかりすぎたみたいだ。
酷く冷静に後ろから唯に声をかけられた。一応は周囲に気を配っていたからキスする場面までは見られていないはずだ。見られていたのならば何と言われていたか分かりやしない。キスを咎められると言うよりは俺が莉子を襲うみたいに勘違いされてしまいそうだな。
「綺麗な……寝顔だね……」
「ああ、ギリギリ……この寝顔を残せたって感じだったしな……」
眠る莉子を見ると本当に良かったと思える。
さっきキスしたからか、満面の笑みを浮かべて眠る莉子。本当に愛らしく思えるこの子は……確実に守りたいものだ。それが一歩間違えれば死んでいたかもしれない。……あの時に無理にでも助けに行っていれば怪我だって……。
「本当に……好きなんだね……」
「……何が?」
何を言いたいかは分かりはする。
それでも知らないフリをしておいた。この部屋にいるのは得策じゃない。どうしても無限に時間を費やしてしまいそうになる。身を翻して先に部屋を出る。違うことを頑張って考えるようにしないといけないよな……はぁ、この後はどうしようか……。
やらなければいけないことは多いのに、全部がやりたくないときた。悪い癖だな、一つのことに熱中してしまうと他のことがてんでダメになる。それを良いことと捉えさせる教育をしているみたいだが、俺には長所には思えやしない。……苦しいことを忘れるために得たものだしな。
「……ああ、菜沙とリサから話を聞かないといけないか。今回の件で莉子には莉子の、二人には二人の抱えてしまった何かがあるだろうし」
唯は……さすがは俺の妹だよな。
辛さなんて微塵も見せずに元気付けようとして俺達の部屋に入ってきたんだ。邪魔したかったからじゃないことは兄の俺がよく知っている。アイツにはアイツの思うことがあるだろうに……無視して……。
「はぁ、俺ってやっぱり駄目だな……」
漏れた言葉に立ち止まってしまう。
弱音ばかりなのは変わらない、か。大きくなって成長したと思ったんだけどな……俺も弱いままだ。そんな奴が莉子を導けるのか……分からない、弱い者同士ではなくて強い者に助けてもらう方が莉子には幸せなのかも……。
「……いや、違うか」
変なことを考えてしまった。
きっとそれは莉子が望まない、そして俺も。悪いが今の俺には莉子が他の男とイチャつくだけで吐き気がする。逆は莉子が認めてくれているのに本当に面倒な存在だな……だが、だからこそ、莉子を他の奴に与えたくないという気持ちを自覚出来た。屑なのは元から承知だ。
それなら……ああ、簡単なことだ。
今も昔も目指す場所は変わらないんだ。
「……もっと強くならないといけないな。全体での強さもそうだが……俺個人も……」
悪い考えだろう、それでも守れないよりはマシだ。
俺が全てを凌駕出来る存在になればいいという簡単な答え、幼い時に感じた全てを排除すればいいという考えと同じだ。殺して殺して、強くなる。生憎とそんな考えを否定する馬鹿達はこの世界にいない。平和平和と叫ぶのならば戦わずに死んでいるだろうからな。
皆が強くなる前に俺がそれを超える速度で強くなれば危ない時に俺がいればいいだけになる。となればだ、それを叶えるためのスキルがいるな。本当に使い勝手の良いチートだよ。俺に利益だけを与えて害を消してくれる。もしも人としての姿形を成していたのならば綺麗な結婚相手に困らない存在なんだろうな。……俺とは大違いだ。
自分の倒したオークジェネラルを売ってスキルの欄を閲覧する。わざわざ高いものを買う必要は無い。それこそ自己回復速度を上げ、寝なくても疲れを感じないスキルがあればいいだけだからな。前者は後回しでいい……ならば……。
俺は一つのスキルをタッチした。
無感情なアナウンスの声だけが頭に響く。もう少しだけ頑張ってみようか。別に今まで家に籠って休んでいた分だけ働くだけの話、何も俺自体が歪む形で変化しているわけではないんだ。求めている物や世界は何一つとして前と同じ。そう考えれば悪い選択では無いと思える。守りたいんだろ……それなら相応の覚悟や気持ちが必要なはずだ。
深呼吸を一つして扉をギイと開ける。
不思議と軽く感じられた。
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長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした、作者です。とても忙しく、また「なろう」にてメインで書いている「テンプレ」が4章の佳境に入り視点や書きたいことが散ってしまうため、この作品を書くのを止めていました。未だに続いていますが4章はまだ終わらないので投稿頻度がある程度、増えるのは後になると思います。ですが、この作品を書くのを辞めるつもりは一切、ありません。変わらず不定期投稿のままでマイペースに書いていきますが、これからも読んでもらえるととても嬉しいです。
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