1章70話 嘘つき

「さぁて、皆、気合い入れろよ」


十階層の扉の前、その先はもう俺でさえ油断出来ない未知の世界だろう。前に見た地図の通りならばダンジョンの最下層は二十階だ。そしてその周囲になればリサのお母さんを助けられる薬の原材料が手に入るんだ。


「莉子は無理をするなよ」

「するわけないよ! ただ出来ることをするだけだから安心して!」


そうやって笑われると安心出来ないな。

莉子の笑いは二つだけだ。幸せから来るものと、自分を安心させるために笑うもの。莉子のことはそれなりに分かっているつもりだけど、この笑みはどちらなのか何て詳しいことまでは分からない。前者であることを願うだけなんだけどな。


「ここを超えればもっと強くなれるからな。後、唯と莉子の二人に負担を強いるだろうからヘイト管理はしっかりすること。それだけ覚えて戦って欲しいな」


四人の大きな返事がきたので安心しよう。

莉子から今朝、提示された戦い方は確かにいいものだから了解したが、その分だけ莉子の負担は今までよりも大きい。もしもセカンドジョブがないままで戦うことになっていれば逃げていた。この案も強くなったからこその案だろう。


「死ぬことを望んではいないからな。一番に楽なやり方で敵を倒す。最悪は無理やり転移すればいいだけだからマイナス方面での考え方は無し。それが最低条件だからな」

「心配症なんだからー。やらないって」


だとしても、だよな。

何かあってから後悔するくらいなら何も無いとしても言っておいた方がいい。誰かに死なれたり意識が戻らない状況になったら意味が無い。失うって言うのはもう体験したくないからな。最悪を考えて自制を促すほうがいい。あの時のように何も出来ない俺ではないのだから。


「開けるから準備をしておけよ」

「おっけー!」

「やりましょう!」

「やる!」


思い思いの準備をしたのを確認してから扉を開いて中へと入り込む。何もいない、そして黒いモヤが集まって魔物へと変わる。オークナイトやゴブリンナイトなどの強そうな敵ばかりだ。でもな、そういう奴らは階層を超えてから何度も倒した。


『鳥獣戯画』


同じ声、同じ顔なのだから仕方がない。

同じだけの数の魔物が現れ戦い始める。誰が敵で誰が仲間か俺でも分からない。だけど、それは俺だけではない。目の前の敵も同じなようで同士討ちなんて当たり前だ。代わりにこちらでの同士討ちは一切ない。


それはそうだ、莉子の変化はただ同じ能力に変わるわけではない。魔力の質も同じになるのだから二人共、同じ存在を殺さないように命令するだけで済むのだから。これは莉子ならではの戦い方だが魔力の消費は少ないわけがないだろう。ここまで上手くやってくれたんだ。後で褒めないとな。


莉子の頼みは簡単なものだった。

莉子ならではの能力で敵を殲滅する。予定外なことが起きた時のために俺や菜沙、リサの戦力を残すってやり方だった。確かに俺が一切、力を使っていなければ莉子からすれば心強いだろう。俺も余裕が出来るからな。拒否する理由がなかった。


そして……想像以上に上手くいってくれた。

最初に現れた敵は全滅、またモヤが現れて集結し始めた。それもさっきとは濃さが違う。これが本陣だろうな。三体の魔物へと変わっていく。俺も記憶に深い敵だ。そいつが十階層の敵なら余計に負けるわけにはいかない。


「……二体をやる。皆で一体をやってくれ」

「もっと戦力を割いた方が」

「そうすれば負けるよ。鳥獣戯画で作り出すにしても維持が難しそうだしな」


ゆっくりと菜沙が頷く。

認めたくなくても俺の言うことが分かるから否定出来ないんだろう。まぁ、二体くらいなら何とか出来ると思うしな。忘れがちだがグングニールは魔槍に相応しい能力があるしな。早く終わってくれれば助けに来てもらえるだろう。これでも勇者でレベルが皆よりも高いんだ。追いつかれそうでも差はまだまだある。


これは余裕ぶって言っているわけじゃない。俺でも三体は無理だと分かっているから一体は任せるって言っているわけだしな。敵はオークジェネラル、それもレベルが高くて進化したてとかのディスアドバンテージは相手側にない。


「心してかかれよ」


それだけを言って走り出す。


「雷壁!」


雷で作り出した壁で一体と二体で分ける。

俺が戦うのは二体の方だ。今は唯と莉子がポーションで回復中だろうから二人で一体を止める必要がある。とはいえ、そんなに長い時間ではないから心配はしなくていいだろう。左手に雷を貯めて横に薙いで放出する。


「目くらましだ」

「ピギィ!」


背後へと飛んで片方の首元へとグングニールを差し込む。攻撃値はさすがに高いからな。それに武器のスペックからしてこの程度は出来る。そこで俺がやるのは簡単だ。


「爆ぜろ」

「ギイ!」


チッ、魔力を流そうとした瞬間に手で抜きやがった。それでも無傷ではいられないよな。小さな爆発を腕で受けることになるんだ。それなりに代償はあったはずだ。相手からすれば最低限の代償を、な。


大きく振られた腕を転移で飛んで躱す。

ここで持っている斧をわざわざ左に移してから殴ってきた当たり、仲間意識はあるんだろう。躱された時のことを考えて殴りにかかってきたか。これがダンジョンの意志による統制ならばかなりウザイ。雑魚は同士討ちが可能でも、コイツらには効かなさそうだ。


「時間はかけねぇよ」


皆が心配してしまう。

そして強がる俺が無意識に心配してしまう。皆がやられているのではないか、と。こんな状況で遠くの音を聞いてなどいられるか。左手に残したままの電撃のせいで目の前の音くらいしか聞き取りづらい。コイツらを早く殺して皆を助ける。ただ、それだけだ。


明らかに俺に警戒してくれている。

二体からすれば俺が一番に恐怖を抱く対象ということだろう。もっと恐怖を抱け、それが俺の付け入る隙へと変わる。雷を貯めて一直線に撃ち込む。物理的な攻撃はあまり効かないけど魔法に耐性はないだろ。


雷の一撃は普通に躱された。

でも、第二の矢が本当に与えたかった攻撃。


「俺を認めろ、グングニール」

「ギャアァァァ!」

「ギ、ギィ……!」


片方は直撃、もう片方は余波を受けた感じか。

グングニールに付与出来た小さな雷、それが爆発と相まってかなりの大爆発へと変えてくれたようだ。グングニールに魔法の付与は出来ない。それはグングニールが表側に張った俺の魔力を異分子として外へ排出してしまうからだ。だけど、今は多めに魔力を出すことで無理やり流している。少し前なら持続させることも行うための最初の魔力導入も行えなかった。それだけのことを無理やり行えたんだ。その分の火力は俺から見ても申し分ない。


「恐れろ、そして、死ね」


糧にして何も失うことなくダンジョンを終える。

そしてリサの笑顔を見る。そこまですればドワーフの街で俺を否定する人はいないだろう。あんな助けてくれるドワーフがいるのに仲が悪くなりたいなんて思えない。そこまで根性は曲がっていない。


リサが努力して俺が出来ないと内心、思っていたことを終えてしまったんだ。俺もそれに応えるだけ、リサの武器を貰うために戦う。そして俺が本当に乗り越えたい壁もその時には越えられているだろう。その時のための途中経過でしかない。


「じゃあな」


頭に差し込んで頭を破裂させた。

まだ少しだけ動いているが……俺を殺せるわけではない。グングニールで切りつけてそのまま煙へと変えさせた。すぐに雷の壁を破壊する。危なければすぐに飛び込めばいい。グングニールを構えた俺が見たのはオークジェネラルに首を掴まれた菜沙だった。


走り出そう、そう思ったのに明らかに様子がおかしい。菜沙は苦しそうな顔だと言うのに口から軽く血を流す莉子が思いっきり笑っているんだ。見た感じでは唯や莉子のいる後衛まで攻め込まれていると言うのに、莉子は本気で笑っている。唯やリサは思い思いの攻撃をしているけど効いている様子はない。唯に関してはMP不足だろう。


その瞬間、菜沙の体がドロドロと溶けていく。

空になった手を見て驚くオークジェネラルに対して笑うだけの莉子。この姿を見て昨日の莉子を思い出せる人なんていないだろう。それでも劣勢なのだからと助けに入ろうと思っても行けない。見てしまったんだ、俺の視線に気がついて笑いかけてくる莉子が。まるで、任せてくれと言わんばかりの顔を見て動くに動けない。


そう思うと莉子のいた場所に菜沙が現れた。

他に表現がない、本当に瞬きをしただけで菜沙が莉子のいた場所にいたんだ。代わりに莉子が見えなくなる。銃声、そしてオークジェネラルの額から血が流れる。貫通はしていなくても抉っているようでダメージも大きい。


莉子がオークジェネラルが手を離したとすれば菜沙がいたであろう場所にいるのだ。それも本当に瞬間移動をしたんだろうとしか思えない速度だった。そしてまだ撃ち込んでいる。何発も撃って空になるまでオークジェネラルの顔にダメージを与えていた。


オークジェネラルの顔が迫っても莉子は逃げない。

そしてオークジェネラルに顔を見せた。


「これで思う存分、当てられるよ」

「ギィアアア!」


大きな爆発、それは莉子の撃った銃弾がオークジェネラルの顔に当たった瞬間に起こったものだ。もちろん、腕で捕まったままの莉子にもダメージはあるはず。それでも笑みを崩そうとはしない。


「私には効かないんですよ。慣れているので」


二発目、三発目と何度も撃った。

明らかにただの弾ではないだろう。それに加えて莉子の豹変ぶり……これが莉子の秘めていた固有ジョブだとすれば就けさせてよかったのか疑問になってきてしまうな。


「皆を痛めつけた分だよ。しっかりと味わって死んで」


そう言われているオークジェネラルに反応はない。ただ煙になっていない当たり気絶しているんだろうな。そして……リロード音の後にオークジェネラルの体が煙に変わった。莉子の体は少しだけ焦げていてあまり見せられない姿だ。これは……話を聞かないといけないな。俺の中での無理をするなを無視したんだから。


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少し重要な話です。


次回の投稿予定ですが、すいません、なろうでも書いた通り一月中での小説を書くということが難しいほどに予定が立て込んでいます。そのため投稿が無くなると思いますが遅くても三月、早ければ二月の初めにはまた投稿を開始するつもりです。本当に申し訳ありませんが面白いと思ってくれている方がいれば、待っていてもらえると助かります。どうか、これからもよろしくお願いします。

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