1章69話 本心と本性
「話?」
「うん、話だよ」
かなり重苦しい表情でそんなことを言ってくる。
何を話すのかは言わずもがな、分かるけど話す必要があったのかな。俺は莉子の話を聞いて莉子を見る目が変わらないかな。莉子の話を聞いてもいいほどに俺は人としてすごいのかな。いくつもの考えが頭を巡る。
「俺に話していいことか?」
「逆に誰に話すの? 警察? でも、警察はもう機能していないんだよ?」
「……そうだね」
そう言われると何とも言えない。
確かに話すとすれば俺くらいか。莉子の中で一番に強くて頼れるのが俺なんだろうし。俺が俺をどう評価しようと莉子の俺への評価に直結してくるわけではない。俺がどうとかっていうのは今、考えるべきではなかったか。
「教えて欲しい」
「うん、教える代わりにいっぱい甘えるけどね」
「どんな対価交換だよ」
笑顔でそんなことを言ってくる莉子を見ると思い悩んでいるわけでは無さそうに思える。本当に俺に知ってもらいたいって思ったのかもしれない。俺が知っている莉子のことは、あの時から新しい情報をセーブされてはいないから。
「私の親ね、警察なんだ」
「知っているよ。それで殴られていたんだろ」
「そう、お兄さんと一緒だね」
そんなことで喜べるようになったあたり、どこか吹っ切れているんだろう。もしかしたら、こんな世界の終わりのようになったことが莉子には良い転機だったのかもしれない。それでも手を繋いでくる。拒否はせずに強く握り返しておいた。
「誰も助けてくれなかったんだ。お母さんは病弱だったし、クソ親父は外面だけは良かったから」
親を馬鹿にしてはいけない。
幼い時に俺達はそう教えられていた。何度も泣きそうな莉子の気持ちは無視して大人達は親の機嫌取りだけをするんだ。役職で相手のことを勝手に定めて子供の戯言だと無視をする。酷なことだと思いやしないんだろう。親を愛せない子供はどうすればいいと言うんだろうか。
「お母さんね、中学に上がる時に死んじゃったんだよ。もっと早く病気だって分かっていれば助かっていたかもしれないんだって」
「……それは知らなかったな」
「うん、病気だって分かっていても病院に行かせてもらえてなかったんだ。倒れた時にお母さんが何をさせられていたと思う?」
何をさせられていた……そう聞く当たり優しさなんてなかったんだろう。悪いけど想像出来ないし、したくもないな。初めて見た時の莉子の父親だって良いイメージはなかったし。
「クソ親父の実家で介護を差せられていたんだ。散々、馬鹿にされて不出来だって言われて……倒れた後も泥を塗ったって言われていたんだよ。本当に馬鹿らしいよね」
「……ああ、そうだね」
「私ね、リサの母親を知って同じだって思ったの。でも、良いお父さんだよね。母親を助けようと頑張っている」
泣きそうになっているのが見えたからティッシュを渡してあげると俯きながら拭いていた。顔は見ないように前だけを見ておく。俺なら涙を見られたくないからな。
「……父親なんて嫌い。男を贔屓して私だけを殴ってきて……弟達も嫌い! 一緒に殴ってきて! 都合のいい時だけお姉さん扱い!」
「分かっているよ。大丈夫、莉子を咎めたりなんてしないから」
優しく抱きしめてあげる。
昔からこうだったな。唯と仲がいいからって遊んであげていた時もこうやって甘えてきていた。苦しいから俺に甘えてきていたんだろう。助けたくても俺だって苦しんでいたんだ。助けられなかった。もしも、俺も自己中心的に動いていなければ莉子のことだって……。
「……弟達が唯ちゃんを狙っていたんだ。一緒に遊んでいる時に顔を見たみたい」
「ほう」
「殺してやりたいって思った。初めて大好きな親友が出来たのに私と同じように扱われるって思ったら我慢出来なかった。……もしも、こんなことにならなかったら家族を殺していたかな」
唯を狙っていたのか。
それだけで死に値する行為だと言うのに莉子の話し方からして付き合ってもいい事は無いな。そもそも莉子を殴っていた時点で顔を見たのならばぶん殴っている。人にやられてもいいことを普通はやるからな。殴られても文句はないだろ。
「弟ね、彼女のことを殴っていたんだ。それで問題になったこともあった。変わっていない、そんなクソみたいな奴らに親友なんて渡せない。姉なのに何度も体を狙われて……それで……」
「演じていたんだろ。辛いのがバレないように自分なりに頑張りながら」
小さく首を縦に振る。
分かるよ、すごく分かる。大切なものを守るために動くのなら俺だってどんなことでも頑張れた。勉強だって交友関係だって……その人と一緒にいられることが唯一の安らぎだったから。
「私の初めてだったんですよ。お兄さんにしたキスだって。ずっと逃げて逃げて、それで本当に渡せる人に渡せたんです。アイツらに渡すものなんて何もない」
「……それを言えば俺だって初めてだったんだぞ。唯以外とのキスなんて……」
本当はアイツに渡すはずだった。
高校に進んで俺なりの幸せを掴むはずだった。
今では何もない。代わりにあるのは本当に大切だったものたち。あの時には見ることが出来なかったかけがえのない宝物達だ。こうやって喜ぶ莉子が俺のように落ちぶれていなくて本当によかった。遅かったかもしれないけど助けられたんだ。
「お兄さんはヒーローなんです。嫌いだった唯ちゃんを本気で好きになれるキッカケをくれて、こんなに幸せにしてくれて……あの時のように空腹で悶えなくて済むから……だから!」
「莉子、俺がお前を苦しませるなんてないから。吐き出したいことは全部、吐き出しておけ」
返答はない。小さく震える莉子。
このまま抱きしめたままでいいのかな。よく分からない。このまま押し倒してしまおうか。それでも莉子の苦しみを紛らわせるかもしれない。迷走する思考が、頭が割れてしまいそうな感覚。本当はこんな目で見てはいけないんだ。莉子は妹だと思うしかないのに……唯のことだって……。
「唯のことを嫌いだったのか?」
そんな中で出てきた言葉がこれだった。
もっと親切な言葉を出せればいいのに。なのに頭の中では莉子を一人の女性として見てしまっている。ただの猿でしかないのかもしれない。可愛くて俺のことが大好きな莉子が愛らしくて抱かないと決めた気持ちが芽生えている。
「恋敵を嫌いになるのは当然です。だから、唯ちゃんになる努力をしました」
「……そうか」
顔を撫でて莉子が唯に変わる。
本当にそのままの意味だ。莉子の顔も体も唯に変わってしまっている。もしも唯だと言って近づいてきたのなら俺は不信感すら抱いていないだろう。
「覚えていないと思うけどね、お兄さんに言われたことがあるんだよ。莉子は莉子だからって、結んでいたゴムを外しながら」
「ああ、あの時か」
ツインテールにしていた時が確かにあった。
その時に可愛くないって思ってしまったんだ。唯と莉子の可愛さのベクトルは違うからな。あまり大きくない俺でもそう思った時があったんだ。確かにあの時は公民館で頭を撫でながら解いてあげたっけ。完全に忘れていた。
「だからね、唯ちゃんと約束したんだ。私が表上、お兄さんと結婚して、唯ちゃんも含めて三人で暮らそうって。お兄さんの大切な人だったから、私も一人の女の子としてお兄さんに愛されたかったから」
「……愛しているよ」
唯の顔をした莉子にキスをしてあげる。
一気に変身が解けていた。それだけ衝撃的だったんだろう。すぐに唇を離して、もう一回キスをする。代わりに短時間じゃない、数分は唇を付けたままでベッドに押し倒した。
手は出さない、でも、それ以外ならいいだろ。
右手を絡めさせながら左手で肘をつく。左手を遊ばせるつもりもないので頭を撫でながら、そのままキスを続けた。あいにくと襲うってことは俺には出来ないんだ。申し訳ないけどね。
「……私は唯ちゃんじゃないよ?」
少し話した瞬間に小声で聞いてきた。
ダメだ、抑えなければいけない。少なくともアイツに渡すよりは莉子に初めてをあげたい。俺のために自分を演じて逃げ続けてくれた莉子を。俺のために強くなってくれた優しいこの子を。でも、返答はしない。代わりに再度、唇を合わせた。
「莉子は莉子だ。だから、莉子のことを好きだって言っているんだよ」
「……嬉しいよ……」
泣かせるつもりなんてない。
だけど……本当にこの子を助けてあげられてよかったって思える。もしも、あの時に見捨てていたら俺はこんな気持ちを味わえやしなかった。悲しみを抱えている莉子の逃げ場に俺がならないと。
「どんな莉子でも俺は愛するよ。だから、莉子も偽物なんかじゃない、本当の愛を俺に捧げて欲しい」
告白でしかない、あまり大きくない莉子には重すぎた話かもしれないけれど、この温かさは離したくはないんだ。目の前で、それも俺を離そうとはせずに右手で抱きしめてくる愛らしい女の子。
「こんなに……幸せでいいのかな……」
「不幸だった分だけ幸せになっていいんだよ」
第三者の評価なんてどうでもいい。終わった世界で法を掲げるのならば勝手にしてくれ。俺は俺の好きなようにやる。だから、大切な皆を俺が助けるだけだ。手を繋いだままで莉子の横に寝転がる。唇を付けたままで莉子が瞳をとじていくのを見届けた。
親に感謝をするのならばこれだけだろう。莉子を産んでくれたことや、俺や唯を産んでくれたこと。他には一切ない。寝息と共に寝返りをうつ莉子を後ろから抱きしめて俺も眠りについた。
_______________________
あけましておめでとうございます。
それと同時に少しだけ重い話だったかと思います。割と仲間全員が何かしらの暗い過去があるので、そこも考慮して読んでもらえると嬉しいです。
次回は来週のいずれかには出せるように頑張ります。よろしければ評価や感想など、よろしくお願いします。
_______________________
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます